百六個目
数日後、俺はまだ悩んでいた。
箱の外側に透明なケースをつけるのはいい。とても便利だ。
でも、割符をハメれるだけでもいいのではないか? 分かればいいのだから、それでいいじゃないか。
しかし透明なら一目見れば分かるし、紙とかを入れることだってできる。利便性では確実に上だ。
そもそも画鋲を刺して引っかけるだけでも……。
なら革や布の袋をつける? いや、それでは見てすぐに分からない。
うぐぐ……。妥協点が見つからない。フックをつければいいじゃないか!
……いや、服などを引っかけて箱が落ちたりしたら危険だ。
完全に、思考がぐるぐるとループしている。
そんなとき、心配そうな顔をしたセトトルが俺の肩を叩いた。
「ボス、どうしたの? 悩み事? オレで良ければ聞くよ!」
眩しい、後光が差しているようだ……。
考えすぎて弱っていた俺は、思わずセトトルを拝みかけた。というか、拝んだ。
「ボス!? なんで手を合わせてオレに頭を下げてるの!?」
「ありがたや……ありがたや……」
「フーさん! ボスが壊れちゃったよぉ!」
「ずっと考え事をしていたみたいだし、ちょっと気が滅入っちゃってるんじゃないかしらぁ。外の空気でも吸ったほうがいいわねぇ」
俺がセトトルを拝んでいると、フーさんに掴まれて立たせられる。
逆らうこともなく、俺は立ち上がった。ありがたやありがたや……。
「ちょっと、ボスと外の空気でも吸ってくるわぁ」
「うん、フーさんお願いね!」
「キュンキューン(仕事はこっちでやっておくッス)」
『散歩か? 我も行こうではないか』
「はーい、ガブちゃんはオレと一緒にお仕事があるからねー」
『世知辛いな……』
次に気づいたとき、俺は町中を歩いていた。
「あれ? 外?」
「気付いていたなかったのねぇ……」
「外へ出る仕事があったっけ?」
「違うわぁ。なにか頭を抱えていたから、気分転換に外へ連れ出したのよぉ」
ふむ。どうやら考えすぎていて、外へ連れ出されたことに気づかなかったのだろう。
いかんいかん、しっかりしないといけない。
どうにも考えすぎて、ぼんやりしていたようだ。なにかセトトルに妙なことを口走った気もする。気をつけよう。
でも気分転換というのは大事かもしれない。
フーさんと歩いているだけで、気持ちが晴れ晴れとしてきていた。
あまり考えすぎたらいけないね……。
「外に出て、少し顔が穏やかになったわぁ」
「……そんなにひどい顔をしていたかな?」
「そりゃもう眉間に皺を寄せて、むーっとした顔をしていたわぁ」
「それは良くないね。気をつけないと」
「あんまり考えすぎないでねぇ?」
フーさんは、にこやかに笑っていた。なんか落ち着くなぁ……。
一人で考えすぎていた気がする。もっとみんなを頼ろう。そしてそれ以上に、今考えてもどうにもならない問題だということを、しっかり認識しないといけない。
親方に頼んだ以上、連絡がくるまでは待つのが筋だ。悩むのはやめだ!
俺はそう決めて、フーさんへにっこり笑う。
彼女も、俺に笑顔を返してくれた。それが、とても嬉しかった。
落ち着いた気持ちで倉庫に戻る。
みんなは心配そうな顔をしていたが、俺が少しだけ気まずそうに笑うとみんなも笑ってくれた。
心配ばかりかけて、未熟な自分が嫌になる。でもそれ以上に嬉しいんだから困ったものだ。
その後、倉庫の整理を始めた。
俺がフーさんと散歩をしている間に、親方の工房からパレットが一つ届いたからだ。
でき次第もう一つ持ってきてくれるらしいが、どうせならもう一つか二つほしいな。でもパレットは置き場もとるし、ありすぎると邪魔になるかな?
とりあえずは二つで運用して考えていこう。
「それでこれはどうするの? 棚にはならないよね?」
「パレットと台車の上に、荷物を載せるんだよ」
「床に置いたらだめなのぉ?」
「荷物はできる限り、直置きしない方がいいんだ。床にあると汚れちゃったりするからね」
セトトルはしっかりとメモをとり、フーさんはふむふむと頷いた。
キューンはパレットを綺麗にしている。新品だからピカピカなのだが、綺麗にすることはいいことだ。
ガブちゃんはというと……足元で欠伸をしていた。動物って本能のままに生きるものだし、昼寝時間とかが必要なのだろうか?
俺はガブちゃんの扱いを、まだ掴み切れていない気がする。
だが、ガブちゃんはとても聞き分けが良くなっているので、荷物の移動に関しては一番活躍してくれた。
セトトルたちの指示に合わせ、ゴーレムを動かしてテキパキと荷物を移動させてくれる。
俺はそれが少し心配になり、ガブちゃんに話しかけた。
「ガブちゃん、疲れていないかな? 大丈夫?」
『ゴーレムに単純な作業をさせているだけだ。このくらいで疲れはしない』
「そっか。でも疲れたら言ってね?」
『心遣いに感謝をしよう』
そして、あっという間に荷物の移動が完了した。
長く動かない物をパレットの上へ移動し、すぐに出る物を台車の上へ。
いやいや、整理したりもしているから、もっと時間がかかるかと思ったのだが……。
「みんなありがとう。次のパレットが届いたら、またパレットの上へ他の箱を移動させよう」
「キュンキューン(パレットの数が足りていないッスね)」
「確かにキューンの言う通りだね。オレが親方のところへ行って、頼んでこようか?」
「いや、まだいいよ。できた分から載せていき、少しずつ注文して増やしていこう。無駄に増やしても意味がないからね」
「無駄に増やしたらいけないのねぇ」
『あればあるだけ良いと思うのだがな』
確かにガブちゃんの言う通りだ。置き場さえ許せば、俺だってあればあるだけいいと思う。
でも置き場が限られている今は、そうはいかないんだよね。
改めて思ったが、ガブちゃんは誰かと一緒じゃなければ不安がある。でもそれ以上に、他の三人の成長がすごい。
俺は今後もう少し先を考えないといけない。
王都からの荷物が来ることについてだ。始まったら凄く忙しくなる可能性が高い。
そして、忙しくなれば体調を崩す人だっているだろう。
俺無しでも回る職場。それが理想だ。寂しいけど。
そうすれば、誰かが体調を崩したら俺がそこのサポートに入れる。
……なんか、管理職っぽい感じだ。
最終的には、あまり現場に出ることなく書類仕事を主に行うことになるのだろうか。
それはみんなと働いている感じが減って寂しい……。そんなことを考えていると、珍しいお客様がいらっしゃった。
「管理人さん! 管理人さんいるかい!?」
俺は慌てた声に反応し、倉庫を出て入口へと向かった。
そこにいたのは、雑貨屋のおかみさんだ。お店に来るのは初めてじゃないだろうか?
「どうかしましたか?」
「管理人さんがいて良かったよ。お願いがあってね……」
「お願い、ですか? なにかありましたか?」
「荷物を預かってほしいんだよ。ちょっとその……多く注文しちゃったというか」
誤発注というやつか。0を一つ多くつけてしまった、などというのはよく聞く話だ。
まぁ恐らく3箱頼むつもりが、30箱頼んでしまった、といったところかな? こちらとしては仕事が増えるしありがたいことだ。
倉庫業務として困ることはなにもない。俺は笑顔で答えた。
「もちろんですよ。何箱くらいですかね?」
「本当かい! いや、助かったよ……。月に3~5箱くらい捌ける品物なんだけどね? 旦那が間違っちゃって……」
「分かりました。品物はどちらに?」
「実は、もう荷馬車で東倉庫の前に持ってきているんだよ」
「なるほど。セトトル、ガブちゃん手伝ってくれるかい? フーさんは預かり証などの用意を。キューンはそのサポートをお願いするよ」
「任せてよ!」
みんな仕事と聞いて、嬉しそうに倉庫から出てきた。
仕事で嬉しそうというのは、この世界に娯楽が少ないからだろうか? 休みを増やしてあげたほうがいいかな……。
まぁそれも今後の課題だ。とりあえず荷物を下ろそう。
外履きへ履き替えて、荷馬車を見て俺は驚愕した。
「この200箱なんだけど……大丈夫かい?」
「……200?」
「200箱」
みんなもさすがに少し唖然としているが、俺は震え声を隠しつつ平静なフリをして答えた。
「大丈夫です、お任せください」
「ありがとう管理人さん!」
……パレット、三つか四つ追加注文しようかな。