百五個目
次の日、お腹の上のキューンをフーさんの抱き枕にし、足元の湯たんぽガブちゃんを動かして起きた。
今日は時間を見つけて、親方のところに顔を出そう。
なーに、親方なら透明なケースくらい簡単に箱へつけてくれるはずだ。
「硝子じゃだめか?」
「硝子は割れてしまうかもしれませんので、厳しいですね」
「なら普通に袋をつけてはどうじゃ?」
「袋だと、見ただけでどの割符が入っているかが分かりません」
「ふむ……透明な袋、か」
全然簡単にいかなかったです。
俺は足元のガブちゃんを撫でつつ、頭を抱えていた。まさかこんなに難航することになるとは……。
「硬いものや、出っ張ってしまうのは良くないのじゃろ?」
「はい。箱を持つ時に危ないかもしれませんし、柔らかいもので、なるべく邪魔にならないものがいいです」
「難しいな……」
親方も頭を抱えていた。中々いい素材が無いらしい。
透明なもの透明なもの……そうだ、スライムゼリーはどうだろうか?
「親方、スライムゼリーはどうですか?」
「確かに、スライムゼリーでなら作れるかもしれん」
「なら、それでいきましょう!」
「研究が進めばな……」
現段階では無理、か。
これは困った。打つ手が浮かばない。ビニールのようなものがほしい……。いや、プラスチックでもいいんだ。
だが、そんな都合の良い物が浮かぶことはなかった。
「すまんな……。他に何か作りたい物はあるか?」
「他ですか? そうだ、パレットを作ってもらえますか?」
「パレット? 絵でも描くのか。そんな趣味があったとはのぉ」
「いえいえ、違います。直に荷物を置かないでそこの上へ積みます。すのこの様な物です」
「すのこ?」
文化というか世界というか、こうも説明とは難しいものだったのか。
えーっと、どう伝えればいいものか……。
「木で出来ている物なのですが、風通しが良くなっており、木板と木板の間に隙間を作ってですね……」
「ふむふむ。なんとなくは分かったぞ。だが耐久性がかなり必要じゃな」
「はい。荷物を大量に積んでも壊れない物でないと困ります。後、できるだけ軽い物でお願いします」
「木の素材と、組み合わせ方次第じゃな……。分かった、これはなんとかなるじゃろ」
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
「うむ。箱につける透明なやつのことじゃが、こちらでも色々試してみることにするぞ。なーに、金は車輪の件でガッポガッポじゃからな。安心せい。じゃがまぁ、あまり期待はするな」
「分かりました」
親方が調べて取り寄せたりしてみてくれるらしいが、どうやら難しいみたいだ。
となると、こちらでも何か対策を練りたいところだが……。
頭には、スライムゼリーを採りに行ったときや、魔茸を採りに行ったときのことが浮かんだ。
スライムゼリーはともかく、魔茸は大変だった。できればもう冒険はしたくない。
……よし、親方に任せよう。必要に迫られれば仕方ないかもしれないが、できれば積極的に行きたくはない。
そうだよ。現状のままでも、なんとかできるはずだ。
俺はそう判断し、ガブちゃんと西通りへと向かった。
西通りの靴屋へと入る。
この胡散臭い感じと、薄暗い雰囲気。あまり人もいないところが、とても好感がもてる。
すごく落ち着きます……。そしていつも通り、骸骨が出迎えてくれた。
「いらっしゃい……」
「どうも、ちょっと靴を拝見させてもらいにきました」
「どんな、靴……?」
『人はよくこんな窮屈そうな物を履くな。我ならば頼まれてもお断りだ」
「犬用の靴ってありますか?」
『我は犬ではない!』
誰のとは言っていないのに、犬という単語だけで反応した。
足の大きさは、犬も狼も変わらないと思うのだが、言い換えておこう。
「すみません、狼用の靴はありますか?」
「ない……。あの、犬が……狼が喋って……」
「ですよね。ふむ……」
ガブちゃんは足元で、ざまぁみやがれと言わんばかりの顔をしていた。
でも足をちゃんと拭かないで店を歩くから、店の中に犬の足跡がすごいんだよ。ちょっと可愛いけど、そういう模様をつけたいわけじゃないんだ。
「では作って頂くことはできますか?」
「ばっちこーい……。それで、狼が喋って……」
『待て! 待て待て待て! それはもしかして、我のか? 絶対に履かないぞ!』
とてつもない勢いで、ガブちゃんが反発をしている。
普段履いていないのに、履けと言われたら嫌なものなのは分かる。だが、それ以上に店を綺麗に俺は保ちたいんだ!
となれば、説得するしかない。俺vsガブちゃんだ。
「その狼喋って……」
「ガブちゃん! 外から戻ったときは、ちゃんと足を綺麗に拭くよう言ったよね? でも拭かなかったよね!」
『た、確かに我は足を拭かなかった。だが、今までそのようなことはしてこなかったのだ! 靴は履きたくない!』
「……なるほど。確かにガブちゃんの言う通りだね。今までやっていなかったのだし、慣れるまでに時間がかかるのは分かるよ。でも店が汚れるのは困るんだ! だから、ここは二つ選択肢を出そうじゃないか」
『ほう、妥協案ということか。聞こうではないか』
「もふもふ……」
一度否定をした後に、妥協案を出す。
こうされれば、どうしても話を聞いてしまうものだ。よしよし、こちらの予定通りにことが進んでいるぞ。
「足をちゃんと拭くか。靴を履くか。ガブちゃんが選んでいいよ? 本当は無理矢理靴を履かせたいところだけど、ここは折れておくよ」
『我に判断を任せてくれるのか。その気遣いを無碍にはできぬな。分かった、これからはちゃんと足を拭こうではないか』
「ありがとうガブちゃん。嫌がることをさせて、ごめんね」
『店のためであろう。それに妥協案を出してくれたのだ、我も妥協せねばなるまい』
ガブちゃんは、とってもちょろかった。うまく丸めこめて俺からすると、嬉しい限りだ。
最後にお礼を言い、謝罪をしたことも効果が高かっただろう。目論見通りにことが進んでなによりだね。
「じゃあ、ガブちゃん専用の足拭き用の布を買いに行こうか。プレゼントさせてもらうよ」
『なんと、それは嬉しい心遣いではないか! ボスよ、感謝しよう』
「気にしないでいいよ。俺たちは仲間じゃないか」
「あの……靴は……?」
「すみません。必要なくなりました。今度別の靴を買いにきますね」
俺がそう言った瞬間、お姉さんが骸骨をそっとカウンターに置いた。
そして髪の間から、俺を睨んでいるのが分かる。怖い。
「冷やかし……?」
「いえ、その……最初は靴を買うつもりで」
「冷やかしだよね……?」
恐ろしい。室内の温度が下がったように、全身に鳥肌が立っている。いや、本当に寒い。
ガブちゃんを見ると、退路を確保したと言わんばかりに、扉の近くへ逃げている。あいつ、俺を見捨てるつもりだ!
そこで、俺は気付いた。どうにも寒すぎる。おかしい。
暗がりから冷たい風が流れてきていないか?
俺がじっとそこを見ると……。
「あ、待って。そっちは見たら駄目……」
靴屋のお姉さんの静止を無視し、近づいてよく見る。
そこには……氷が置いてあった。
「これは……?」
「演出用に魔法で……」
「「……」」
『我は気付いていたぞ』
お前、逃げてたろ。
怒っていたように見えたお姉さんは、てへっと笑っていた。どうやらからかわれていたらしい。
でも言い分はご尤もだった。このまま帰れば冷やかしと変わらない。
俺は棚に置いてある黒の靴下を、何着か手に取った。
「これで手打ちということで」
「お買い上げ、ありがとうございます……」
お姉さんは、骸骨を持ち上げて嬉しそうに会計を済ませた。
まぁ靴下は消耗品だし、冷やかしだと思われるよりはいいだろう。
そして帰り道、逃げようとしたガブちゃんへの仕返しに、雑貨屋でピンクの花柄の足拭きを買って店へと帰ったのだった。