百四個目
午後は少し落ち着きを取り戻していたので、倉庫内の掃除を始めた。
俺は箱をゴシゴシと磨く。……うん、ピカピカだ。
満足気な顔をしていると、横で同じように箱を磨いていたキューンと目が合う。
キューンは「ふっ」という擬音が聞こえてきそうな感じでぷるぷるしていた。
……カチンときたよね。負けられない戦いというのがあるんだよ!
「……うおおおおおおおおお!」
「!? ……キュウウウウウン!(!? ……おおおおおおおッス!)」
全力で、箱を磨く。磨く磨く磨く磨く!
キューンも同じように、磨いている! 負けられん!
そして……お互いの箱がピカピカになった。俺たちはその健闘を讃え合い、熱い握手を……。
「ボスとキューン? 一箱だけじゃなくて、他のも磨いてねぇ?」
「はい……」
「キュン……(はいッス……)」
フーさんに注意されました。
倉庫内は、少し汚れていた。
物凄く汚れていたわけではないのだが、新築となった店部分と見比べてしまうせいだろうか?
普段なら、今後楽をするためにもちゃんと掃除をしよう! と、自分を鼓舞する。掃除するのは大変だからね。
だが久しぶりに東倉庫で掃除をしていることは、凄く楽しかった。
「ボスー。この箱たちはもうすぐ南倉庫に戻すから、扉に近いところへ移動しちゃっていいかな?」
「うん、セトトルに任せるよ。でも移動した記録はしっかり残してね」
「了解! ほらガブちゃん! オレと一緒に運ぶよ!」
『我にお任せあれ』
牙が抜かれたかのように従順になったガブちゃんと、セトトルは荷物を入口近くへ寄せている。
カウンターを覗くと、フーさんは書類のチェックをしているようだ。
「フーさん、何か手伝おうか?」
「大丈夫よぉ、預かった物とかを確認しているだけだからねぇ」
フーさんも成長したものだ。とても頼りになる。
俺はキューンと倉庫へ戻り、掃除を続けた。
武器専用の棚もできているので、武器を磨き、書類を確認して、誰からの預かり物かをしっかりチェック。
そして紐を通した紙をタグの様に武器へつける。タグには色もつけてあるので、誰からの預かり物かがすぐにわかる。
でも箱と武器は置場が違うので、なにか紐付けできるようなシステムがほしい。
うーん……。書類を見ないと分からないのは、忘れる可能性もあるし問題がある。
なにか良い手はないだろうか? こういうときこそ、バーコードでの一括管理とかがしたい。
いや、バーコードもPCもないからできないけどね。
さて、となるとどうしたものか……。
今ある物で使える物、もしくはなにか新しい物で対応をしなければいけない。
ふむ……。二つを一致させられる物、か。
「キューン、もし二つの物がバラバラなんだけど、すぐに分かるようにしておきたいとしたらどうする?」
「キュン?(直すッス?)」
「いやいや、一つにするんじゃなくて別々にしておきたいんだ」
「キューン……(謎解きみたいッスね……)」
確かに謎解きのようだ。でも、仕事とは大体こんなものだろう。
色を塗っておくだけじゃ管理的に弱い。……そうだ、両方にタグをつけておこう。
これで少しだけミスが減るはずだ。でも、もう一つくらいなにかほしいな……。
俺は眼鏡をクイッと持ち上げて考える。
二つで一つのものか……。
『ボスはどうしたのだ? いつもの少しなよっとした雰囲気とは違うぞ?』
「ボスはね、考え事をしているときはあぁなんだよ! でも、いっつもなにか思いついちゃうんだ。オレはずっと見てきたから知ってるよ!」
『ほう……面白い人間だ』
ふっ……何も思いつかないぞ。こいつは困った。
何か使えそうな物がないか、探してみようかな。とりあえずは……カウンターかな? 小物とかがあるし。
俺はそう思い立ち、カウンターへと向かった。
カウンターでは、フーさんがテキパキと書類を分けている。
なんだこの、バリバリのキャリアウーマン。かっこいいじゃないか。
俺はフーさんの邪魔をしないよう、カウンターの中を探ったり、カウンターの周囲を見て周った。
うーん、マジックペンくらいしか無い。でも色をつけるだけじゃ少し管理的に弱いんだよね……。困った。
うろうろとしている俺を見て、フーさんが話しかけてくる。
「ボス? なにを探しているのかしらぁ?」
「うん、なにか使えない物がないかと思ってね」
「どんなものかしらぁ?」
「二つで一つだけど、別々に管理するもの?」
「なぞなぞみたいね……。あっ、割符はそんな感じよねぇ」
「ビンゴ!」
「え?」
それだ! そうか、うちには親方に作ってもらった大量の割符があるじゃないか!
余っている割符に色をつけて、タグと一緒につけておこう。これなら分かりやすいし、
管理として十分だろう。
思い立てば、行動はすぐだ。
俺は少し手が空き始めた全員を集めた。
「はい、それではこれから割符に色を塗ります。そして武器と箱に割符をつけておきます! ……それなら箱に、割符を引っかける場所がほしいな。危なくないものがいい」
いくら木箱とはいえ、釘じゃ危ないだろう。だとすると、フック? もしくは割符をハメておけるケースを外側につける?
うーん、駄目だ。すぐには思いつかない。
みんなも黙って俺に注目している。話してみると色々思いついてしまう。悪いことをしてしまった。
「ごめん、ちょっと考えこんじゃったよ。とりあえず、武器と箱に割符をつけます。それで箱を戻すときに、お客様に武器だけ返し忘れたりするのを減らそうと思います」
「箱にはどうやって引っかけるの?」
「そこなんだよね。みんな何かいい案はあるかな?」
困ったときは、みんなの意見を聞こう。
俺一人で全部答えを出すことはできない。それに良い案が出るかもしれない。
「うーん、釘とか画鋲を刺しておいて、そこに通しておくのは? 画鋲くらいならオレでも刺せるし」
「なるほど。確かに、釘より画鋲の方が短いしいいね」
「箱に割符を入れる場所をつけるのはどうかしらぁ?」
「うんうん、それもいいね。でもパッと見て分かるようにできれば……」
あれ? そういえば、元の世界でそんな箱があったな。
そう……透明なビニールのケースに、紙を差しこめるようにしてあったやつだ。
ということは、透明なケースを作って割符を薄くしたら……いける、かな?
問題は透明なケースか。これは親方に相談するしかない!
「うーん、画鋲を箱に刺して割符を引っかけておくのが一番早いかな? 俺は明日親方のところへ行って、なにか作れないか聞いてみるよ」
「キューンキューン?(箱に画鋲を刺しちゃっていいッスか?)」
『箱が傷つくのではないか?』
むむ……。俺もそこは気になっていた。確かに、箱に傷がついてしまう。
木箱だし、画鋲の穴くらいはいいだろうという気持ちもある。この辺の判断は、俺がしないといけない。
そこで、丁度いい二人組が目に入った。
「ヴァーマ、セレネナルさん。ちょっと聞きたいことがあるんですがいいですか?」
「お? どうした?」
「私たちに分かることかい?」
「はい。冒険者用の箱に、画鋲が刺してあったり、小さい穴が開いていたらどう思いますか?」
「「どうでもいいな(ね)」」
……駄目だこいつら!
冒険者というのは、大雑把すぎる。この二人だけでなく、ほとんどの冒険者が同じ反応をすることが目に浮かぶ。
冒険者たちとも長い付き合いにもなってきているので、予想がついてしまった。
とりあえずその日は、長い紐で箱に割符をつけるだけにしてもらった。
一応落ちないように、蓋で紐を押さえるように指示をしたので大丈夫だろう。
だけどこのやり方は手間がかかり過ぎる。やっぱり箱の外側にすぐ分かるように入れたいところだ。
手っ取り早さで言えば画鋲だが、箱に傷も付いてしまうので良く考えよう。
違う場所への分割保管についても、しっかり考えなければいけないね……。