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百二個目

 ……足がぽかぽかしている。

 でも全体的に暑い……あちぃ!

 俺は朝から汗だくで飛び起きた。ベッドを確認すると、セトトル、キューン、フーさんと揃い踏みだ。

 自分の部屋で寝るように言うべきなのか悩みもするが、寂しいのかもしれない。そう思ってしまい悩ましい。

 後、足が妙にぽかぽかする。最近寒かったからありがたい。

 ありがたいと思いつつも、布団をそっと持ち上げる。

 足元には、湯たんぽガブちゃんがセットされていた。


「もしかして、人が増えるたんびに熱くなるんじゃ……」


 俺は誰知れず、一人溜息をついた。



 朝、みんなを起こし身支度を整える。

 今日の朝食はどうしようかな? そんなことを一階で考えていると、店の扉がノックされた。

 こんな朝早くからお客様? それとも急用かな? そんなことを思いつつ開けると、そこには小包を持ったアグドラさんと親方、見知らぬ人たちがいた。


「おはようナガレさん。朝食を持ってきたぞ。後はお土産に混ざっていた荷物もな。皆のもの、荷物を運んでもらって悪かったな。先に商人組合へ戻っていていいぞ」

「儂は倉庫のことを説明しにきたぞ!」

「おはようございます。本日伺おうかと思っていたのですが、届けて頂きありがとうございます」

「おはよぉ……」


 セトトルは寝ぼけたままふらふらと飛び、俺の頭へと着陸する。

 まだ開店前だから、いいけどね。開店していたって、眠いときは眠いもの。しょうがないことだ。

 ところで、うちのニューフェイスはというとだ。


『我が背に乗れることを、感謝するがいいぞスライム』

「キュー、キューン(いやー、移動が楽ッスね)」

「私も! 私も乗りたいわぁ!」

『フレイリス殿が乗るのは、少し無理があるのではないだろうか……』


 キューンを背に乗せ、とことこと歩いている。

 フーさんはへこんでいたが、概ね平和だった。しいて言うならば、だ。


「今度は喋る犬か……」

「もうこのくらいじゃ驚きゃせんわな」


 という、アグドラさんの親方の言葉が少しがっかりしたくらいだ。



 朝食を済ませ、俺たちは新倉庫へと親方に案内されて入った。

 魔紋の認証なども当然やっておいた。開けられるのは、セトトル、キューン、フーさん、ガブちゃんの四人。

 えぇ、言うまでもなく俺だけハブられています。ちくしょう……。


 そして新しい倉庫はというとだ……おぉ! ……おぉ? なにも変わっていない。

 いや、よく考えたらそうか。ここは別に壊れてもいないんだった。

 しかしよく見ると、棚のようなものが増えている。なにかを立て掛けるような棚だ。


「それはサービスで作っておいたぞ。武器を立て掛けて保管できる。いつまでも樽に入れておくのもあれじゃと思ってな」

「なるほど、それは助かります。ありがとうございます」


 これはいいね。今までは箱に入らない長物は、樽に入れて保管をしていた。

 一本ずつ出して毎日キューンに綺麗にしてもらっていたのだが、これなら同じやつを引っ張り出さないで済む。

 武器の保管なんてしたことがなかったから、思いつきもしなかったよ。


 後は……車輪に棒がついた不思議なものがあった。なんじゃこりゃ。

 俺たちが不思議そうに見ていると、親方が凄く自慢気な顔でそれを持った。


「これが台車じゃ! 見ておれ?」


 親方がそれを持つと、ぶくぶくと中心の青い棒が膨れ、台車となった。

 おぉ、ちゃんと台車になっている。すごい!


「どうじゃ? 置き場を取らぬよう、重ねられるようにしておいたぞ。大きさも自由自在じゃ! とはいえ、限度はあるがの」

「耐久性はどうですか?」

「そちらも問題ない! 人が数人乗ってもビクともせんぞ!」


 素晴らしい。これを持って元の世界に帰れば、飛ぶように売れそうだ。

 大きさが変えられる台車! 場所も通常の1/3程度しかとりません! ……これは売れる(確信)。

 にやにやとしながら、俺は台車を手に取る。

 軽いな。本当に便利そうだ。茶色の宝石のようなものがついていることから、これが魔石なのだろうか?

 きっとこれに魔力を通して大きさを変えるのだろう。俺にはできないけど。


「後は気になることはあるか?」

「倉庫の扉が、両開きで広いのがありがたいですね」

「その案は他の倉庫でも採用したいと言われてな。他の三倉庫も、扉は両開きに改良を施した」


 なるほど、みんな便利になったのか。

 他の人も助かっているのだとしたら、とても嬉しい。些細なことでも、やっぱり違うよね。


「おぉ、そうじゃった。これを渡しておかんとな」

「はい? 鍵かなにかですか?」


 俺は親方から受け取った箱を開いた。……金だ。

 金額は100万Z。開業資金的なあれだろうか? でもそれなら、アグドラさんから渡されるはずだ。

 なら、今後のための改造費用? うーん……もしかして、今晩付き合え的な!?


「すみません! 無理です!」

「無理? 取り分を増やせということか? それでもかなり奮発したんじゃ。それ以上は厳しいぞ」

「取り分? なんのですか?」

「新型車輪のじゃが? 今、王都も含めてバカバカ注文が入っておる。作れるのはうちの工房だけじゃし、ボロ儲けじゃわい! これでまた新しい実験ができるぞ」


 そんなに儲かったの!? 俺は驚いた。思わぬところから大金が降って湧いてきた感じだ。

 でも、お金があって困ることはない。今後のために貯蓄しておこう……。そういえば、退職金とかってどうなるんだろう?

 そういうことも考えて貯めておかないといけないな……。


「それと、王都から商人組合へ手紙が届いた。改築費用は全額本部が払ってくれるらしい。良かったな、ナガレさん」

「はい、後は今の状態を維持していけるよう頑張ります」

「……む? もっと稼げるようにじゃなくてか?」


 俺はアグドラさんの台詞に、笑った。

 そんなそんな、もう十二分に稼いでいますよ。今後はぼちぼちやっていくに決まっているじゃないですか。

 従業員に給料を払えるくらいには、稼いでいるはずですからね。


「まずは足場をしっかりと固めないといけませんからね」

「いや、だが……稼ぐのをやめたら、お金とは逃げていくものだぞ?」

「……そうなんですか?」

「うむ。そういうものだ」


 正直、俺は経営者でもなんでもない。倉庫管理しかしたことがないのだ。

 これ以上稼ぐ理由はなかったのだが、そういうものなのかな? でも今後を考えれば、稼げるときに稼いでおいたほうがいいのだろうか。

 うーむ……アドバイザーとかがほしい。というか、経営を変わってほしい。よく分からない。


「ですが、自分如きではこれくらいが限界ですよ。後はぼちぼちと……」

「ナガレさん、その自分への評価が低いことだが」

「その如きというのを辞めなさい」


 俺の言葉を、ピシャリと副会長に止められた。

 この人、いつも音もなく現れるんだよね……。というか、なにか怒っている気がする。なにかしてしまっただろうか?


「ナガレさん、あなたはアキの町でもトップクラスの知名度を誇っています。そして管理人としても、一流です。王都でも、この界隈であなたの名前を知らないものはいません。己を卑下するような言い方が、もう許される立場ではないのです」

「……で、ですが、評価というものは」

「周囲があなたを一流と認めているのです。あなたの発言一つで、影響する人が多くいます。そのことを改めなさい」


 俺は真剣な副会長の顔に、黙って俯いてしまった。

 なにを答えればいいのかが、分からない。俺は今まで、周囲に評価をしてもらえないのは、自分が悪いと思って生きてきた。

 一種の慰めや誤魔化しでもあったのかもしれない。そんな俺には、この様な状況で何を言えばいいかが分からない。


「ナガレさん、あなたはなぜ自分のこととなると、評価が低いのだ? 私が知る限りでも、あなたのような逸材はいないぞ?」

「いえ、そのようなことは……」

「この際です。我々商人組合としても、はっきり教えて頂きたいです」


 俺は困った。

 そしてそれ以上に、セトトルたちが困っているのが目に映ったのだ。

 この空気は、みんな嬉しくないだろう。


 少し悩んだ後、俺は正直に打ち明けることにした。


「……俺は、良い評価をもらったことがありません。口で認められても、それがしっかりとした形になったことがないんです」

「名誉という意味か? いや、役職という意味だろうか?」

全て・・です。役職どころか、給料にすら反映されたことがありません。いくら頑張っても、いつも罵倒や余計な仕事ばかりを受けました。自分は、だから……なにをしても自信がありません。どうすればいいかも分からず、ただ必死なんです」


 元の世界を思い出す。胸が痛い。動悸が早くなる。正直……辛い。

 だがそんな俺の周りに、みんなが寄り添った。

 ただ言葉も無く、笑顔で俺を支えてくれたのだ。


「……良い仲間を持ったな、ナガレさん」

「……はい」

「ですが、今後はその様な発言は控えてくれますね? あなたが自分を貶めれば貶めるほど、従業員の立場も低くなります。分かりますね?」


 ……考えたこともなかった。

 確かに、俺が自分のことを下っ端だと思い続ければ、みんなはそれより下になってしまうのか。……それは嫌だな。

 俺はみんなを見ながら、両手でバシンと自分の頬を叩いた。痛い。

 でもその痛みが、今の俺には必要だったと思う。


「すみませんでした、今後は控えます。すぐには直せないかもしれませんが、必ず直します」


 俺の言葉に、みんなもアグドラさんも副会長も親方も、嬉しそうに笑ってくれた。

 そうだ。この人たちみんなが俺を評価してくれているんだ。

 その気持ちを裏切ってはいけない。いつまでも卑屈になっていてどうするんだ。

 頑張ろう……。俺はやっと認められるようになったんだ。頑張ろう!



 三人を見送り、店の開店準備を始めた。

 準備をしながら、俺は誓った。

 自分を低くみないように頑張ろうと、新しい倉庫と仲間たちにそれを誓ったのだった。

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