表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/175

百一個目

 久しぶりにおやっさんの店の前へ立つ。

 なにも変わっていないはずなのに、妙に懐かしい。

 俺は懐かしき店の扉を感慨深い気持ちで、ゆっくりと開いた。


「父ちゃん! 料理ガンガン作って!」

「おう! 任せろ!」

「カーマシル! 皿が足りていないぞ!」

「こちらにまだ残っております。そちらへお持ちします」

「……机の配置を、少し動かしますか?」

「そうじゃな。もう少し寄せるか?」


 ……俺は静かに扉を閉じた。

 少し早く来すぎてしまったらしい。なんてこったい、サプライズを見てしまった。


「ボス、今のって……」

「いいかいセトトル? 俺たちはなにも見ていない。倉庫に戻って、少し休憩してからこよう」

「ふふふっ、そうねぇ。私たちはなにも見ていないわぁ」

「キューンキューン……?(でもガブちゃんが入っちゃったッスよ……?)」

「「「……」」」


 俺は先ほどまで足元にいたガブちゃんを探す。

 だが、どこにもいない! 本当に入ったのか!

 ……まぁいいか。幸いなことに、ガブちゃんのことはまだ知られていない。

 うん、店の中にいるなら所在も分かっているから大丈夫だ。

 ガブちゃんは利口だし、外に出されたら東倉庫へ戻ってくるだろう。

 一人で勝手に納得し、一度戻ろうとしたときだった。店の扉が開いた。……いや、開いてしまった。


「ほら、今は忙しいから外に出ててねー。ごめんね、ワンちゃん……あっ」

「あっ」


 ウルマーさんと、目が合ってしまう。完全にやらかした。

 セトトルとフーさんは、首が回るような勢いで目を逸らしている。俺も慌てて目を逸らしたのだが……。


「……もしかして、中を見た?」

「いえ! 見ていないです! ちょっと用事があったので、一度倉庫に戻ろうかと思っていました!」

『どうした? 入らないのか?』

「空気読めよ!」


 ガブちゃんのせいで、一発でバレてしまった。お前、なにやらかしてくれてんだ。

 それ以上、言い訳のしようもなく、俺たちは気まずそうなウルマーさんに続いて店へと入ることになった。


「ウルマー! なにしてんだ! 料理を……」

「ごめん、ボスきちゃった」

「なんか、すみません……。本日、帰ってきました」


 言うまでもなく、店内は静寂に包まれていた。

 俺が悪いわけではないのだが、さすがに気まずい。セトトルとフーさんとキューンは、一言も発さない。良い判断だ。俺の後ろにいるところも、グッドだろう。


『良い匂いがするな。宴か?』

「うん……。ガブちゃんがどういうやつなのか、少し分かってきたよ」

『ほう。崇高なる我を理解するとは、さすがボスだな』


 俺は無言で、ガブちゃんの尻尾を少し強めに握る。

 ガブちゃんが『キャインッ!』と、とても犬っぽい声を上げたのが印象的だった。



 俺たちは俯いて座っている。

 みんな作業をしているが、どことなく気まずい空気のままで誰も話しかけてこない。


「オ、オレも手伝ってこようかな」

「な、なら私もそうしようかしらぁ」

「二人とも、いいから黙って座っていよう」

「「はい……」」

『宴はまだか? 我は食事を所望するぞ』

「キュン、キューンキュン(僕は今、ガブちゃんを初めて尊敬したッス)」

『ふっ、我の凄さがスライム如きにも伝わってしまったか』


 そういうことじゃないのだが、ガブちゃんは誇らしげに鼻をフンスッと鳴らした。

 少し経ち……宴の準備が終わる。お帰りなさいの横断幕が、胸に痛い。

 気まずい空気の中、アグドラさんが前に……あ、カーマシルさんに押し付けている。

 カーマシルさんもカーマシルさんで、他に押し付けていた。もうぐだぐだっぷりがすごい。

 しかしそこへ、主役登場とばかりに扉を開いて参入してきた人物がいた。


「ほーっほっほっほ! 私が参上いたしましたわ!」

「ハーデトリ、いいところに来た! 挨拶をお願いね!」

「え? 私が挨拶をするまで待っていてくださったの? 何か悪いですわね!」


 いえ、最後に押し付けられたウルマーさんが、ハーデトリさんに押し付けただけですよ。

 だが彼女はそんなことを気にせず、みんなの前へ進み出た。


「皆様! 私のために集まって頂きありがとうございますわ!」


 普段ならここで「お前のためじゃねぇよ!」というツッコミが出る。

 今日は出ない。押し付けたから。


「王都での日々は、中々に素晴らしいものでしたわ! アキの町では味わえない華やかな生活! こちらも良いですが、あの生活も素晴らしい物だと再認識いたしましたわ!」


 ハーデトリさんの挨拶は長かった。もう数分経っている。この人いつまで話すんだろう?

 グラスを持ったり離したりしている人が、何人かいるんですが……。


「そう、特に素晴らしかったことと言えば!」

「はい! それじゃあ、ボスたちが無事に帰ってきたことを祝って! 乾杯!」

「ウルマー!? まだ私が」

「「「乾杯!!」」」

「……乾杯」


 ハーデトリさんは、渋々と引き下がって行った。良かった。もう十分くらい、あの人話していたからね。

 ウルマーさんが割って入ってくれて、みんな安心した顔をしていた。


 そして宴が始まり……代わる代わるに俺たちの机へとみんなが来て、無事を祝ってくれる。


「ナガレさん、おかえり。王都でも大変だったみたいだな。手紙が届いたよ」

「いえ、良い経験ができました」

「おかえりなさいませ。これからも大変なようですが、力を合わせて頑張っていきましょう」

「よろしくお願いいたします、副会長」


 アグドラさんと副会長に「おかえり」と言われると、実感する。

 ここが自分のホームなのだと。あぁ、そうか……俺はここの住人なんだ。


「無事でなによりだ! おかえり! さぁ、今日は飲むか!」

「……ナガレさんたちへの宴ですよ? それを忘れないように」

「はははっ。倉庫の仕事をして頂いていたようで、本当にありがとうございます」


 話を聞いたところによると、倉庫がしっかりと機能するようになった数日間だけ仕事をしてくれていたらしい。

 数日でも、十分ありがたい。俺は素直に感謝の言葉を述べ、二人へ頭を下げた。


「うむ、おかえり。ボス! 王都ではなにか面白いものはあったか!」

「面白いというか……。妙なことばっかりがありましたね。当分ゆっくりと、仕事に集中したいです」

「ほうほう、そうか。あぁそうじゃ、予算が足りなかったので、荷馬車用のスペースは作れんかった。代わりに屋根を大きめにしておいたぞ!」


 予算が足りなかったのは、仕方のないことだ。荷馬車を入れる扉を作るのはさすがに無理だったか。

 予算オーバーで、また借金持ちになるよりはいいかな。


「ボスたちお帰り! 王都はどうだった? 楽しかった? あー、私も行きたかったな」

「ウルマーさん、このような催しをありがとうございます。ウルマーさんが主催だと聞きました」

「ま、まぁこういうのはね。うん、うちの売上にもなるし……」

「ありがとうウルマー!」

「ありがとう、嬉しいわぁ」

「キューン(ありがとうございますッス)」

『うむ、感謝しよう』

「えへへ……そんな恥ずかしいな! ……待って? い、犬が喋った!?」

『我は犬ではないぞ! 愚弄するか、この娘っ子が!』


 ウルマーさんは目をパチクリとさせて、ガブちゃんを見ている。

 初対面の人間に、その言い方は良くない。ここはウルマーさんにちゃんと伝えておこう。


「すみません、ガブちゃんはちょっと口が悪くて……」

「まだ子供みたいだし、しょうがないわよ」

「思春期なんです」

「あぁ……尚更しょうがないわね」

『おい、シシュンキとはなんだ?』


 ガブちゃんみたいなときのことを言うんだよ。と、俺は心の中で伝えておいた。

 他にも様々な人が祝ってくれたのだが、おおとりにラスボスがいらっしゃったぞ。


「ボス悪かったな。まさか準備中に来ちまうとはな」

「おやっさん、ありがとうございます。祝って頂けただけでありがたいです」

「……まぁ、無事でなによりだ。……その……おかえり」

「ありがとうございます。無事、帰りました」


 おやっさんは、照れ臭そうに鼻の頭を掻きながらグラスを俺へと差し出す。俺もそれに倣い、おやっさんとグラスを合わせた。

 あぁ、帰って来たんだ。そう思わせてくれる宴で、にやけ面が隠せない。

 俺は終始にやにやとしながら、夜遅くまでみんなと再会を祝ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ