九十九個目
俺たちは馬車でアキの町を目指す。
車内では、ガブちゃんを女性陣が撫でまわしていた。
「尻尾がフリフリしてて可愛いね!」
「ガブちゃんもふもふだわぁ……」
「首元が気持ちいいんですの? なら、この辺りを撫でて差し上げますわ!」
『うむ、悪くないぞ女たち』
なんだ、この……なんだ? なにかこう、少しだけ羨ましい。
いや、俺はキューンを撫でてるからいいんだけどね。
「キューン?(ボスも撫でたいッスか?)」
「俺はキューンを撫でてるからいいかな」
「キュン?(本音はどうッス?)」
「俺のもふもふがとられた」
「キューン(駄目駄目ッスね)」
ぐぐ……俺も撫でたいのに! 羨ましい!
ちなみに御者台で、ヴァーマはセレネナルさんに説教を延々されている。
「女湯を覗こうだなんて、昔からやることが変わらないんだよ」
「いや、覗こうとしたわけではなくてな……」
「したんだろ?」
「ちょ、ちょっとだけな?」
「全く……」
なんか、あの二人の関係は憧れる。
あぁいう大人な関係っていいよね。
「そういえば、ボスもオレたちのお風呂を覗こうとしていたの?」
「……え? いや、そんなことはないよ?」
「でも、ボスが先に上とか言っていたわぁ」
「き、気のせいじゃないかな?」
「ボスも男の人でしたのね。私、安心いたしましたわ」
「な、なんのことだか……」
「ボス? 覗きは良くないよ? オレ怒っちゃうからね?」
「はい……」
優しく注意されると、いたたまれない気持ちになります。
俺はなんて愚かなことをしてしまったのだろう……。
だが、それにヴァーマが食ってかかってきた。
「おいちょっと待て! なんでお前らボスには甘いんだ! おかしいだろ!」
「信用かね」
「ボスは、ちょっと魔が差しちゃっただけだよ!」
「ボスは、そんなことを自分からしないわぁ」
「ボスにも、そういうときはありますわ!」
「な、なんだそれは……」
む、胸が痛いです! いっそのこと、罵倒してくれ!
もう絶対に覗きはしません! 心に誓いました!
「キュン、キューン(ボス、覗きは駄目ッスね)」
『覗きとは楽しいものなのか?』
「いや、もう絶対にしないよ。ガブちゃんもしたら駄目だよ……」
『ふむ? よく分からぬが、分かったぞ』
覗き、絶対駄目。
アキの町までもう少しというところで、俺たちはウルフの大群に囲まれていた。
恐らく30から40はいるのではないだろうか? しかも段々と増えているのだ。
もうちょっとでアキの町なのに……!
「くそっ、数が多いな……」
「相手が弱いからなんとかなっているけれど、これはちょっとまずいね」
馬車の外へ出て、ヴァーマとセレネナルさんがウルフを撃退しているのだが、数が違いすぎる。
俺たちは非常にまずい状態になっていた。
「ボス! 俺たちが道を開くから、馬車をアキの町へ向かわせろ! それで援軍を連れて来い!」
「それしかないね! いいかい! 振り返るんじゃないよ!」
「で、ですがそれではお二人が……」
「なら他に手があるのか!」
手……。そうだ、なにか手を考えるんだ。
ウルフを説得するのはどうだろうか? 俺なら話せるかもしれない。
俺はそう思い至り、ウルフたちの声へ耳を澄ませる。
「グルルル……(ニンゲン……)」
「グオ! グオ! グオ!(チ! ニク! ホネ!)」
あ、ごめん無し無し。これは話が通じない。むしろ聞いちゃいけなかった。
何か精神がごりごり削られた。超やばい。
そんなときだった。フーさんに抱きしめられていたガブちゃんが、立ち上がったのだ。
『やれやれ、下等なウルフ如きが……。我の出番のようだな』
「ガブちゃん? なにか手があるのかい?」
『造作もない』
「キュン、キューン……キューン?(あ、僕が全部消滅……追い払うッス?)」
「消滅か……それもありだね」
「キューン!(珍しく採用されたッス!)」
なんだろう。さっきまでウルフやばいと思っていたんだが、キューンの方がやばい。
一気に心が平静を取り戻した。キューンに消滅させるか……消滅? 消滅ってなに? 響きだけでやばい。
俺がキューンとガブちゃんに頼もうかと悩んでいると、遠くから叫び声が聞こえた。
「ブヒイイイイイイイイイイ!(狩りノ時間ダアアアアア!)」
……聞いたことがある鳴き声だった。
でも言っていることは、超物騒だ。新手ではないと信じたい。
「ボス! 大変だ! オークの大群がこっちへ突っ込んでくる! 100どころじゃないぞ!」
「逃げられますか!?」
「無理だね! 私たちがいない間に、反旗を翻したのかい!? 迎撃するかい!?」
「えーっと……えっと、どうしましょう! でも助けに来てくれたのかもしれません!」
「オークたちはなんて言っているんだ!」
「ブヒイイイイイイイ!(殺セエエエエエエエ!)」
「殺せって言っています!」
「それはアウトじゃないかい!? あ、もう無理だね。来るよ!」
終わった。これはどうにもならない。
俺たちが、オークとウルフにぶち殺される未来しか見えない。
『はっはっは! ウルフにオークか! 脆弱な雑魚どもが!』
「キュン……キュン……キュン……キュン……キュン(血……湧き……肉……踊る……ッス)」
どうしよう、オークとウルフがぶち殺される未来しか見えなくなった。
逃げて! ウルフとオーク!
意気揚々と、キューンとガブちゃんが馬車から飛び出す。
俺も慌てて、自分の格好を確認した。軽鎧もつけているし、ショートソードだって持っている。よし、怖いけど行くしかないんだ。守るために!
……え、本当に行くの? 俺が弱気で、ちらりとみんなを見ると、心配そうな顔をしていた。
「ボス! 危ないよ!」
「なんとか逃げる方法を探した方がいいわぁ!」
「私の愛用の棍棒は、どこに仕舞ってあったかしら?」
「キューンとガブちゃんを放ってはおけないからね。大丈夫……三人だけは、守れるように頑張るよ!」
くそっ! 俺だって男なんだ! 言葉は震えていたが、強がるしかない。
セトトルたちだけは、なんとしても……待って? ハーデトリさんが、何か意気揚揚としていた気がする。
もしかして、この人もキューンやガブちゃんと同じ部類なのか?
いや、そんなことはないよね。貴族といったら、ダンスとかが得意とかそういう感じのはずだ。
今の台詞は聞かなかったことにしよう……。
そして俺も、二人に遅れて馬車を飛び出した。
『かかってくるが……む?』
「ブヒイ! ブヒイ! ブヒイ!(ウルフ! ブチ殺ス! サツリク!)」
俺たちをあっという間に包んだオークたちが、ウルフをぶち殺している。
ウルフの頭が潰れ、手足が吹き飛ぶ。正に殺戮だった。
逃げようとする哀れなウルフも、全てオークに捕まっている。恐ろしい。
――数分後。
そこにはウルフの夥しい死体の群れだけが散らばっていた。……おえっ。ドン引きの光景だ。
毛皮を剥ごうとしているオークから目を逸らしていると、一体のオークが俺へと進み出て跪いた。
「ブヒィ! ブヒブヒ! ブヒブヒィ!(ボス! 助ケキタ! モウ大丈夫!)」
「あ、うん。えっと……ありがとうございます」
「ブヒ、ブヒブヒ!(デハ、カチドキヲ!)」
勝鬨!? お前らが言えよ! 俺がお前らの頭みたいじゃないか! 嫌だよ!
……とは言えず、俺はオークたちの前で恐る恐るショートソードを掲げた。
「か、勝ったぞー?」
「「「ブヒイイイイイイイイイイ!(ウオオオオオオオオオオオオ!)」」」
なにこれ、超怖い。
『ほう、ボスはオークを従えていたのか。我が主に相応しき者だな。その調子で、共に名を上げようではないか』
ごめん、ガブちゃんが何を言いたいのか分からない。だけど、なぜか主にされたことは分かったよ。
その後、俺たちはオークたちに周囲を守られながらアキの町へと帰還した。
そういえば、途中から道が綺麗になっていた。
どうやら街道整備は進んでいるらしい。ありがたい話だ。
帰還までのお話は、長くやる予定はありません。
後二話ほどでしょうか?
そこからは、ほのぼの倉庫管理をやります。