九十六個目
――三日後。
俺たちはこの日、王都を立つことにした。
王都でも色々なことがあったね……。
一度は断ったのに、妙に腹立たしくて指導を引き受けたり、オーガス家で食事をしたり、王族と知り合いになったり。
今思うと……とてもいい経験をした。
……なんて、全く思っていない! 俺、休んでいないじゃないか!
この三日間も、帰るための用意をしていただけだ! 収穫は、借金が無くなったことと胃薬と酔い止めが買えたことだろう。
後は、ウォルフ王子がたくさん用意してくれたお土産くらいだろうか。
お土産は、王都で人気のある品々が入っているということだ。
日持ちするものも選んでくれているし、これはこのままアグドラさんにプレゼントしよう。
この品物を今後アキの町に流入するつもりなのだろう。
恐らく、そこまで考えられてこのお土産は用意されたのだと思う。
あれ? つまりこれ、俺のお土産じゃないよね?
そんな衝撃の事実に気づいたとき、うちの可愛い妖精が自分よりも遙かに大きい箱を抱えて俺へと近づいてきた。
「ボスー! 見て見て! 王子様からだってさ! すっごい箱をオレ預かってきたよ!」
「ありがとうセトトル」
セトトルから受け取った箱は、片手で持てる大きさの箱だった。
中を確かめて見ると、煌びやかな短剣が入っている。 店に飾っておけということかな?
だがその短剣を、ヴァーマさんが横からじっと見ている。もしかして欲しいのだろうか?
「ボス、その短剣についている印……王家の印じゃないか?」
「王家の印? 王族ご用達ということですか?」
「いや、そうじゃない。それを見せれば、大抵の相手は言うことを聞くような代物だ」
なるほど、どこぞの印籠みたいなものか。はっはっはっは……。
俺は、そっと箱を閉じた。これはいけない。
「セトトル、これを持ってきてくれた人は?」
「私が父より預かって持ってきました」
声がした方を見ると、銀髪の美少女が立っていた。
白いドレスに身を包んだその声に聞き覚えがある。も、もしかして……。
「本当は普段の格好の方が楽なのですが、父よりドレスで行くように言われまして……」
「ミ、ミシェルさん?」
「はい? どうかしましたか?」
女じゃねぇか! と、心の中でツッコミを入れつつも、俺は恭しく頭を下げた。
「ミシェルさん、この短剣は自分には荷が重いです。お父上にお返しして頂けますか?」
「私は構いませんが……父より受け取ってもらえなかったときは、この手紙を渡すようにと」
ミシェルさんから受け取った手紙を、その場で開けて確認をする。とっても嫌な予感がします。
『ナガレ殿は恐らく、荷が重い、悪用される、盗まれる危険性が。
などと言われて、受け取りを拒否するだろう。
その場合、私は別の物を用意せねばいけない。例えば……そう、ナガレ殿を
私の側近とするために、重鎮の娘と結婚させたりなどになる。
候補はオーガス家のハーデトリ、商人組合のアグドラなどだろうか?
アグドラはあぁ見えて、王家の遠縁でね。
あぁ、うちの娘はやらないぞ? ナガレ殿のことを気に入っているようだが
一時的なものだと思うからな。
それとも王都の倉庫に、配置転換を行うかい?
君の右腕にマヘヴィンをつけよう。
指導もしていたし、ちょうど良いのではないだろうか?
恐らく君は、上記の選択を嫌がるだろう。
なら、この短剣を受け取ってもらうしかなくなる。
困ったことがあれば、出すだけでほとんどの人間が言うことを聞く。
便利ではないかな?
君のことを信用しているからこそ渡せる物だ。
ナガレ殿のことだから、そのまま箱を閉じ、帰ったら金庫へと
閉まってしまいそうだがね。
とりあえず受け取りたまえ。
アキの町は、若干不穏な空気が残っている。
必ず役に立つときが来るはずだ。 』
長々と言っているが……。断ったら、王都に来させるか、お互いの意思を無視して結婚させるぞ? という脅しだった。
ぐぐぐ……、なんだこの凄く迷惑なお土産は!? 役に立つときって、厄介ごとのときじゃないか!
ミシェルさんに文句を言うわけにも行かないので、俺は彼女にお礼を言って短剣の入った箱を受け取ることにする。
そして、ヴァーマさんに渡した。
「すみません、これをアキの町まで預かってもらってもいいですか? なにかあったときに、自分が守り切れるものではないので……」
「もらったのはボスだろ? 身に着けておけばいいだろうが! 俺だって流石に困るからな!」
「ちょ、やめてください!」
そして俺の腰の後ろに(無理矢理)短剣が装着された。ジャケットで隠れているので、気づく人はいないだろう。
はっはっは、俺の装備が充実したね?
頭:セトトル
胴:キューンと軽鎧
右:ショートソード
左:フーさん
腰:王家の印入り短剣
今はショートソードと軽鎧はつけていないが、こんな感じだろう。
ショートソードの部分が一番弱そうだね……。
そして、ついに出発のときがきた。
さようなら王都……。城を見学できなかったことだけが、ちょっとだけ残念だよ。
後は心残りもない。というか、アキの町にいた方が休めた。
「またアキの町に行ったときは、お店に寄らせてもらうにゃ!」
「いつでも来てくださいね!」
レーネさん……尻尾握りたかったです。
「魔王! 本当にお世話になりました!」
「マヘヴィン元気でな!」
お前本当に頑張れよ? 絶対にもう指導しないからな?
「ナガレさん、いつでも遊びに来てください」
「エーオさん! お世話になりました!」
エーオさん、すかさず大量の書類を俺に渡しましたね? これ、今後の計画書ですよね?
内容は一応目を通しますが、お話しした通りアグドラさんにそのまま渡しますからね。
「ナガレさん、今度手紙を送ります!」
「ダリナさんお茶おいしかったです! 手紙お待ちしています!」
手紙ってなんだろう。書類じゃないのかな?
「娘のことをよろしくお願いしますね!」
「できる限り力になりたいと思います!」
ホセインさん、娘さんは俺の助けがなくても元気いっぱいですよ。
今だって、同じ馬車に乗ってにこにこしています。
「アキの町へ、絶対に遊びに行きますね」
「ドレス姿も、良くお似合いでしたよ!」
なぜかミシェルさんは顔を伏せてしまった。
普段と違う格好を誉められたから恥ずかしかったのかな? でも王族だから、誉められるのなんて慣れているだろう。
ところで、本当に女の子だよね? 実は男の娘じゃないかという疑念が、俺にはまだ残っています。
皆に手を振り、馬車は王都を立った。
城が遠くなっていく……。なんとなくだけど、ほんの少し物悲しい気持ちがある。
楽しかった、かな? うん、きっと楽しかった。そういうことにしておこう。
「ねぇねぇボス! 新しい倉庫ってどうなってるのかな! オレの洋服入れとかあるかな!」
「私の部屋も楽しみだわぁ」
「キューンキューン(僕はボスの部屋で寝るから関係ないッスね)」
「きっとみんな自分の部屋が用意されているよ! 夜も安心だね!」
「「「……」」」
三人は、無言で笑っていた。
これ絶対に俺のベッドへ潜り込むつもりだ。ベッドを大きくしてもらえるよう、頼んでおけば良かった。
「楽しい休みだったじゃないか」
「あまり休んだ記憶がないんですが……」
「奇遇だなボス。俺もだ……」
そういえば、ヴァーマさんとキューンもほとんど俺と一緒にいた。つまり、二人も休めていないのだろう。やったね、仲間がいたよ。
セレネナルさんは、たっくさん物を買っていたけどね! セトトルとフーさんとハーデトリさんもね!
「新しい倉庫ですか。楽しみですわね! 私の部屋も用意されているでしょうか?」
「ハーデトリさん、さすがにそれはないですよ。はっはっは」
「確かに早急すぎますわね。……心の準備とかも必要ですもの」
この人、あの三人と寝ることに味を占めたのか? いつか本当に部屋を用意して、三人と寝ていそうで怖い。後、小声で言っていた心の準備ってなんだ?
ホセインさんの態度と言い、なにか俺は壮大な勘違いをしている気がする。
最近、妙に機嫌が良かったことも今考えればおかしい。
後、距離感が近くなっている。なんだ? 一体なにを見逃しているんだ……?
「ねぇボス! 帰りに温泉へ寄ろうよ! ヴァーマたちお勧めの温泉があるんだってよ! オレ温泉初めて!」
「温泉か……。帰り道にあるのかい? なら、一日くらいいいかもしれない。ゆっくりできそうだね」
ハーデトリさんのことを考えていたが、よく分からないしまぁいいか。
とりあえずセトトルが笑顔でいてくれる限り、俺は頑張れる気がする。セトトルの頭を撫でながらそんなことを思う。
彼女はいつも通り、少しだけ恥ずかしそうに笑っていた。
さようなら王都。さようなら借金。
後はもう頑張って稼ぐ必要もないし、ほどほどに稼ぎつつ安定した生活をしたいな。
いや、忙しくなりそうなのは分かっているけど、本当にほどほどがいいです……。
俺は遠のく城を見つつ、心の底からそう思ったのだった。
これで、王都編終わります。
実は真っ直ぐ帰る予定でした。
ですが、キューンってどこを洗うの? などの感想を頂き、物凄く興味がそそられました。
ですので、温泉に寄ります。ボスを労わないといけませんよね。
後、次の更新に少し間が空きます。
理由は、先週の体調不良を引きずってしまっていることです。
自分の健康管理が悪かったせいで、本当に申し訳ありません。
遅くとも、土曜から再開をしようと思っています。
明日から絶好調で投稿できそうでしたら、活動報告にでも書かせて頂こうかと思います。
幕間として、温泉に寄るつもりです。
後は、ウルマーさんの町での外伝を書くかもしれません。
長々と後書きを書かせて頂き申し訳ありません。
まだまだ未熟な作者の作品を、ここまで読んで頂き本当にありがとうございます。