九十四個目
案内をされメイドさんに付いて行く。まず一階へと降りて、入口右手側の廊下を進んだ。
少し先の場所に、両開きのとてつもなく大きな扉があった。
だがさすがに、もうちょっとやそっとのことで驚くつもりはない。この先に煌びやかな装飾品や、何十人も座れるような長机とかがあるんだろ?
もうそんなものは、想定の範囲内だ。いつまでも驚いてばっかりいられない。
……そんな風に思っていたときが、俺にもありました。
まさか部屋に入った瞬間、ずらりと執事さんやメイドさんが並んでいるなんて、想定できるわけがない。
長机のどこに座るか分からずにおろおろする暇もなく、優雅にエスコートされて椅子を引かれ座った。
正直、もうガッチガッチです。一人ずつ執事やメイドさんが付いているとか、そりゃ緊張もするよね。
他のみんなも固い顔をしている。柔らかそうなのはキューンだけだ。ぷるぷるしている。
そんな状況の中、扉が開かれてハーデトリさんが食堂?に現れた。
入ってきた瞬間……空気が変わった。
美しい赤のドレスに身を包んだ彼女が淑やかに歩く姿に、目を奪われてしまう。
あぁ、本当にこの人は自分たちと全く別の世界の人なんだ。そうはっきりと自覚させられる。
彼女は椅子へ優雅に座り、俺たちをその妖艶な瞳で一瞥し……高笑いをした。
「おーっほっほっほ! みなさんリラックスしてらっしゃいますか? これから出来る限りの御持て成しを差せて頂きますわ! 食事も楽しみにしてくださいませ!」
うん、さっき感じたことは気のせいだ。いつものハーデトリさんだったよ。
一瞬で一番上から一番下まで叩き落とされたような気持ちと、少しの安堵感があった。
……安堵感? 俺はなにに安堵したのだろう。
「やっぱりいつものハーデトリだったな」
「お姫様みたいで、オレびっくりしちゃったよ。でもいつものハーデトリだったね!」
「?? よく分かりませんが、私は私ですわ! 後、申し訳ないのですがお父様とお母様は仕事でご一緒できませんでしたわ」
まぁなんというか、すごい知り合いが俺たちにはいるんだよ。そんな所でいいだろう。
後、お父さんとお母さんがいないことも、俺たちからしたらプレッシャーが減って助かります……。
俺たちはその後、フルコースというものを堪能することとなる。
フルコースを食べるのなんて初めてだったのだが、事前にハーデトリさんが「気を遣わずに食べてくださいませ!」と言ってくれて本当に良かったと思う。
前菜→スープ→魚料理→肉料理。ここまでは問題なかった。
その次に出てきたものへの驚きが隠せない。
ソルベといわれるそれは、明らかにデザートだった。
量より質とはいえ、もうデザートで終わりかと思うと少し物足りない気持ちがある。
だが上品に食事を楽しむというのは、こういうことなのだろう……。
「ソルベの次は、メインの肉料理ですわ!」
すみません、全然終わりじゃなかったです。
え? デザート食べたら終わりじゃないの? デザートの後に肉料理という感覚がさっぱり分からない。
分からないまま、肉料理→野菜→洋菓子→果物!?
もうフルコースってのはなんなんだ。肉の後に野菜だったり、洋菓子食べたのにフルーツが出たり。全然頭がついていかない。
そして頭がついていかないまま、お茶が出された。
次になにが出てくるのか、ドキドキしてしまうね。
「当家のフルコースは如何でしたか? 堪能頂けましたかしら?」
「……終わり、かい?」
「えぇ、終わりですわよ? 足りませんでしたのなら、追加を出させますわ!」
「あぁいや、大丈夫だよ。とてもおいしかったからね」
セレネナルさんの言葉に、俺たち全員が頷く。
そしてハーデトリさんへ口々にお礼を言った。
結局フルコースっていうのは、どこが最初でどこが中盤でどこが終盤だったのか……。俺にはまるで分からなかったよ。
次の機会があったら困るので、少し勉強しておこうかな。
お茶で気持ちもリフレッシュされた俺たちは、部屋へと戻ってきた。
女性陣はハーデトリさんに拉致られてお風呂へと行ったようだ。キューンもハーデトリさんに拉致られたので、部屋の中にいるのは俺一人だった。
キューンがオスなのかメスなのか、一緒に風呂へ行かせて良かったのかという疑問は尽きない。
でもまぁいいか、キューンだし。それに風呂が終わったら、みんなもう寝るだけらしいからね。
ヴァーマさんがなにをしているのかは分からないが、俺はベッドへ横になった。
あぁ……お腹一杯でいい気分だ……。
そんな油断しきっているときに、扉がノックされた。ヴァーマさんかな?
「どうぞ、開いていますよ」
扉が開かれた音が聞こえたので、俺はベッドで横になったままひらひらと手を振った。
「失礼させてもらうよ」
……ヴァーマさんじゃない!?
俺は慌ててガバッと起き上がり、入ってきた人物を見る。
金色のウェーブがかった髪に、ローブ姿がなんとも貴族っぽい雰囲気。そして特筆すべきは、頭の角だろう。
もしかして、この人は……。
「す、すみません! 食事の後で気を緩めていました!」
「いえいえ、どうぞ気にしないでください。ナガレさんですね? 私はオーガス家の現当主をしております。ハーデトリの父、と言えば伝わるでしょうか?」
お父様きちゃったよ! しかも俺が一人のときに!
少しずり落ちていた眼鏡を直し、服装もビシッと整え、俺は彼の前へ進み出た。
「この様な歓待を受けさせて頂き、真にありがとうございます。私は東倉庫の管理人をさせて頂いております、ナガレと言います。先ほどは失礼な態度を見せてしまい、申し訳ありませんでした」
俺は必死に取り繕った。そりゃそうだよ。こんな展開読んでいなかったからね。
普通こういうときって、一緒に食事でも! みたいな展開だと思っていたんだよ。
やらかした気持ちでいっぱいいっぱいになっている。
「どうぞ気にしないでください。少し話をしたいのですが、良いですか?」
「自分で良ければ」
「ありがとうございます。どうぞお掛けください」
俺は彼に促されるまま、椅子へと座った。
ところで話とはなんだろう? やっぱりあれかな? うちの娘に舐めたことしてないだろうなてめぇ! 的なやつだろうか。
……よし、ここはひたすらおだててへりくだろう。王都にいる間、目をつけられたら怖いしね!
そんな思考をフル回転させている俺を、彼はじっと見ていた。
優しく穏やかな目は、こちらまで安心させてくれる。
「……うちの娘は、少し行動力がありすぎるというか、そそっかしいというか……。家を急に飛び出して、アキの町で管理人になりました」
急に身の上話が始まってしまった。肯定するのも否定するのもあれなので、俺は黙って聞くことに集中する。
「それで、その……勘違いをして出ていきましてね。ナガレさんには迷惑をかけたのではと、ずっと気になっておりました」
「迷惑、ですか? そのようなことは(少ししか)ありませんでしたよ」
俺の言葉を聞き、彼はホッとした顔をしていた。
事情は分からないが、東倉庫への因縁でもあったのだろうか? そういえば最初はハーデトリさんって、妙に俺へ厳しかったよね。そこら辺が関係していたのかな?
「次が本題となるのですが、よろしいでしょうか?」
「本題、ですか。一宿一飯の恩義ではありませんが、お力になれればと思います。お聞かせ願えますか?」
「いえ、そのように固くならず思ったことをお答えくださりますと助かります。……ハーデトリを、どう思いますか?」
どう? どうって、管理人としてどうなのかってことだよな。
そりゃ親元離れて働いている娘ともなれば、心配になるか。俺だってセトトルたちが一人で他の町で働くなんていったら……絶対に許しません! ってなるだろう。
なら、少しでも安心させてあげよう。その方が、ハーデトリさんも助かるはずだ。
「(厄介ごとを持ってきたり直情的ですが)優秀な女性だと思っています」
「……本当ですか? 気が強いところもあり、困ることも多いのではないでしょうか?」
「いえ、彼女はとても素直な方です。間違ったことを間違っていると認め、しっかりと謝れる。そんな当たり前のことができる人間は、そんなに多くありません」
「おぉ……。そうですか。そんな風に思って頂けているとは……」
「はい。(正直、勘弁してくださいと思うこともありますが)共に切磋琢磨し、お互い認め合える関係でありたいと思います」
「なるほど……なるほど……」
ふっ、我ながら完璧だ。
これならハーデトリさんも困らないし、お父さんの気も楽になるだろう。
もしかしたら、管理人業を辞めさせようと思っていたのかもしれないな……。もしそうなったとしたら、俺が止めるわけにはいかない。
でもハーデトリさんが頑張っていることは、分かってあげてほしい。そういう思いを伝えたつもりだ。
「分かりました。ナガレさんならなにも問題はありません。どうにも相手を下に見ることが多い娘だったのですが、こんなに理解をして下さる相手がおり安心しました」
「(同じ管理人として)自分も、できる限り力になりたいと思います」
「ありがとうございます。娘をよろしくお願いします。夜遅くにすみませんでした、ゆっくり休んでください。私はこれで失礼します」
おぉ……ハーデトリさんのお父さんの顔が、とても安心した顔になった。正直、マヘヴィンの指導よりも達成感がある。
いやいや、本当に良かった。
俺はハーデトリさんのお父さんを廊下で見送った。彼は何度も俺に頭を下げていた。
いいことをするっていい気持ちだね! 今夜は気持ち良く寝れそうだ。




