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九個目

 ――深夜。

 俺は腹が減って眠れないでいた。

 ちなみにセトトルは横でぐっすりだ。今日も一日頑張ったんだ、当然だろう。

 

 そういえば食事をとらないダイエットとかあったな。

 断食ダイエットだっけ? 確か三日くらい水とかしか飲まないやつ。

 最近、少し下腹が出始めている気もしたし、この二日間は丁度良かったんだ。うん、きっとそうだ。

 そんなことを考えて、自分を慰める。だが、食事のことばかり考えると、余計に腹が減る……。


 その時、ガタッと階下から物音がした。

 風か何かの音だろうか? 神経が過敏になっているのかもしれない。

 だが万が一の時を考え、耳を澄ませてみる。

 すると、一階から微かに音が聞こえる。ミシ…ミシ…と、木が鳴る音が。


 時間は深夜。

 すでに普通は寝静まっている時間。こんな時間に、静かに物音を消して入ってくるお客様。

 ……そんなものはいない。

 俺は危険を感じ、セトトルをそっと起こす。


「セトトル、起きてくれるかい? セトトル」

「ん……んん? 眠いよぉ……」


 セトトルは、寝ぼけながら上半身を起こした。そして、手で目をこすっている。

 これは写真に撮るしかない! 俺は慌てて鞄からスマートフォンを出した。……電池切れかよ!


 いやいや、今はそうじゃない。スマートフォンの電池切れも、写真もどうでもいいことだ。

 俺は寝ぼけているセトトルの肩を指先でつつき、何とか起こそうとする。

 セトトルはとても眠そうだが、何とか起きてくれた。


「ボス……まだ朝じゃないよ?」

「うん、でも何か不審な音がしたんだ。万が一を考えて、アグドラさんに伝えてきてくれるかい?」


 それを聞き、セトトルはピョンッと飛び上がった。

 異常事態だと察してくれたのだろう。


「わ、分かったよ! ボスはどうするの?」

「俺は一応、相手を見張っていることにする。大丈夫、見張るだけにするよ。何かあったら、すぐに逃げるつもりだ」

「うん! じゃあオレは急いでアグドラのところに行くね!」


 セトトルは窓を開き、夜の町を飛び去って行った。

 鱗粉のようなものが羽から舞い上がり、光の軌跡だけが部屋には残る。

 すごく幻想的なその風景に、普通なら感動していただろう。だが、俺の感想は違った。

 この部屋、窓があったんだ……。


 俺は物音を立てないように、階段を下りて一階へ向かう。

 息を殺し、静かに階段を下りる。ミシ…ミシ…と、微かな音が立ってしまう。これじゃあ、まるで俺が強盗だ。

 何か少し切ない気持ちになりながら階段を下りた俺は、静かに階段前の扉を少し開いた。



 中を覗き込む。真っ暗でよく見えないが、段々と目が慣れてきて物影が見えだす。

 ……間違いなくいる。

 できればいないで欲しいと思っていた。気のせいなら、それに越したことはない。

 だが、目が暗闇に慣れてくれば慣れて来るほどに、しっかりと分かる。

 何者かがカウンター内を漁っているのだ。

 どうやら金庫の前にいるように見える。

 さて、困った。俺はこのまま見張っているべきかを考える……。

 危ないから関わるべきじゃない。どうせ盗られて困る物があるわけじゃない。こちとら、元々一文無しだ。

 だがそこで、お腹がグーッと鳴った。


 腹が減った……。

 明日はアグドラさんに頭を下げて、ちゃんと食事を取ろうと思っていたんだ。

 なのに、何故か強盗に盗られそうになっている。

 これって、良く考えればひどすぎないか?

 仕事では利用され、辞めたら財布を落として貯金を失い、さらには帰る家まで燃えた。

 こっちに来てからもそうだ。

 騙されて借金を押し付けられそうになり、飯も食えないでひもじい思いをしている。

 終いには強盗!? なんだよこれ! あんまりだろ! 何で俺ばっかりこんな目に合うんだ! 俺が何をしたって言うんだ! 畜生!

 溢れんばかりの怒りが収まらない俺の中で、決定的な何かが……プツッと音を立てて切れた。


「ふざけんなあああああああ!」


 俺は思い切り扉を開いた。そして走り出す。

 相手は、突然のことに驚いているのだろう。こちらを向いた感じはしたが、そのまま固まっている。

 俺はそのまま走り、地面を強く蹴って飛び上がる!

 そしてその勢いを殺さないように、今度はカウンターを踏み台にして飛び上がった。

 目の前には強盗! 俺の怒りはMAX! そのまま全力で強盗へと飛び蹴りをかました!


 着地もうまく成功し、俺は強盗の方を睨みつける。

 強盗は吹っ飛び、そのまま蹲っている。睨みつけた意味はまるでなかった。

 だが、油断はできない。会社のやつらみたいに俺を騙そうとしているんだ!

 俺の思考は、空腹のせいか。それとも色々なことがあったせいか。完全に錯乱していた。

 目の前にある、カウンター内の椅子を掴み抱え上げる。

 そして、椅子で強盗を殴りつけた!


「ふざけんな! ふざけんな! 俺だって! いつか! 正社員になれるって! 真面目に! やってきたんだ!」

「がっぐふっ。ま、待ってく」

「うるせぇ! なのに! 金は! 失う! 家も! 失う!」


 俺は椅子を叩きつけながら、今までの鬱憤を全て強盗へとぶつけていた。

 頭には完全に血が上っており、殴ることしか考えられない。

 ただただ、溢れる涙を拭うことすらせず殴り続けた。


「怪しいビラで! ここに! 来たら! 借金! 飯も! 食えない!」

「か、勘弁してくれ!」

「終いには! 強盗だ!? ぐすっ……ひどすぎるだろ!」


 制止の声なんてまるで耳に入らず、叩き続けた。



 ――そして数分。

 疲れ切った俺は、椅子を下ろした。

 そして涙を拭い、強盗を確認する。強盗はすでにピクピクとしているだけで、動いていない。

 くっそ! ざまぁみやがれ!

 その時、バタンッ! と扉が開かれた。


「ナガレさん! 無事か!」

「ボス! 連れて来たよ!」

「あぁ!?」

「ひっ!!」


 俺は慌ててそちらを見ながら、なぜか威嚇していた。完全に心が荒んでいた。

 そこにいたのは、アグドラさんとセトトル。後ろには、鎧を着ているような人が何人か見える。

 ……ん? アグドラさん? これは良いところに来た。

 怒りを露わにしたまま、俺はアグドラさんへ近づいて行く。

 床を踏みつけるように、力を込めて歩を進めた。


 アグドラさんたちは、そんな俺の姿を茫然と見ていた。向こうからは灯りが見える、それで俺の顔が確認できているのだろう。そうじゃなければ、今頃は強盗として捕まっているはずだ。


「お、落ち着けナガレさん。私たちは敵ではない」


 答えもせず、無言のまま俺はアグドラさんへ近づく。

 そして俺がアグドラさんの前へ立つと、はっとしたように後ろの人たちが動き出した。


「会長! 危険です!」

「し、しかし!」


 明らかに常軌を逸した俺を見て、アグドラさんを守るために彼らは動き出した。俺とアグドラさんの間に割り込もうと言うのだろう。

 だが、俺の行動の方が早い!

 俺は割り込まれる前に素早く行動を開始した。

 まず両膝をつく! そして両手をつく! ……最後に、頭を地面に叩きつけた!


「会長下がって……え?」


 そう、これこそが究極の謝罪にしてお願いポーズ。土下座だ!

 アグドラさんを守ろうと割り込んだ人たちは、唖然としているようだった。下を向いている俺には見えないが、声色でそれが伺えた。

 俺は下を向いたまま、アグドラさんに言った。


「アグドラさん、お金を貸してください。お腹が……あれ?」

「ん? どうした? しっかりしろナガレさん! もしかして怪我でもしたのか!? フラフラしているぞ!」


 俺の視界が、ぐにゃぐにゃとしだす。

 下を見ているはずなのに、上下の感覚が分からない。

 誰かが何かを言っていることだけは分かる。だが、何を言っているかは分からなかった。

 俺の意識は、そのまま溶けるように落ちていった。

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