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UWWFと篠宮武瑠

 辺りはいつの間にか古い民家や背の低いビルが建ち並ぶ下町になり、その一角にある薄茶のモルタルが黒ずんだ、一際古びた雑居ビルの中に入り、体を斜めにしないと通れない細い急な階段を上った。2階に上がるとUWWFプロレスと書かれた、破れたステッカーが張ってある古いアルミのドアを力ずくで引っ張った。


中に入ると狭いスペースには様々なトレーニングマシンがひしめく様に置いてあり、そこでたくさんの若手がトレーニングを行なっていた。


「おいタケ! いるか?」

ゲイリーが叫ぶと、奥の方から大きく爽やかな声が響いてきた。


「おお、ユングさん! お久しぶりですっ!」


それまで死に物狂いでトレーニングしていた若手たちは全員が手を止め、少しピリッとした空気が流れた中、篠宮武瑠が現れた。


「またデカくなったな。こりゃあヘタすると俺様でもちょっと危ねえかもな。ちょっとだけな」


「いや、ユングさんには敵わないです。少しでも近づけるように日々練習しています」


「聞いたかケンジ! お前もコイツみたいに器量がわかる人間になれ!」

ゲイリーは現状を忘れたかのように上機嫌で武瑠の肩を組んだ。


「いくら爺さまが強くても相手は現役チャンピオンのタケ・シノミヤだぜ。適いっこねぇよ」

「ンだとぉっ!? おいタケ! リング貸せ! スパーリングだ!」

ゲイリーは着ていたTシャツを脱ぎ捨てた。


「勘弁してくださいよ、ユングさん。今日は何か他の用事で来て頂いたのではないですか?」

武瑠は笑みを浮かべながら、放り投げられたTシャツを拾ってゲイリーに手渡した。


「おお、込み入った話だ」

「では、3階にある私の部屋で話しましょう」

武瑠が皆を案内した部屋は、必要最低限の物しかなくて殺風景だったが、掃除が行き届いている清潔な部屋だった。所々破れてはいるがよく手入れされている黒革のソファと、濁ったガラステーブルが部屋の中央に置かれていた。全員が入ったのを確認し、武瑠はドアを閉めた。


「では、どの様な話でしょうか」


ゲイリーは決して流暢ではなかったが、身振り手振りを交えながら自分たちが経験した事を、時間をかけて説明した。


「……信じられねぇな」

智也が思わずつぶやいた。


「そらそうだろ。特にタケは」

武瑠はジッと一点を見つめながら黙っていた。


「お前、爺様とは会っているのか?」


「いえ。前にいつ会ったのか、もう忘れましたね」

しばらくの沈黙のあと、武瑠はゆっくりと話し始めた。


「両親は道源が元老院に入った後に、揃って天上界に導かれました。いや、先ほどの話だと食料として命を失ったのですね。彼は事実を承知の上で自らの娘夫婦を、そのアイオーンとやらに差し出したのでしょうか。彼は私に、天上界では両親は幸せに暮らし、私が来る日を楽しみに待っていると、いつも笑顔で言っていたのに……」


「そりぁツラい話だな」


「道源の真意は計りかねますが、でも、いったい僕たちに何が出来るのでしょうか」

 武瑠はゲイリーの方に顔を向けた。


「正直に言うと、俺もどうして良いかわからねぇ。でも事実を知ってしまった以上、黙っているわけにはいかねえはずだ」


「でもさぁ、敵いっこないんじゃない? しかも他の人たちはきっと信じてくれないよ」

智也についてきた友達の中で、唯一の女の子である綾音が切り出した。キリッとした大きな瞳に髪はショートカット、スレンダーな美少女で、明るく自由奔放な性格も手伝って、学校では密かに綾音のファンだという男子も多かった。


「確かに彼女の言うとおり、現状はかなり不利な状況ですね。おそらくゲリラ的な戦い方になるでしょう。従ってまずなすべき事は、信じてくれる仲間を一人でも多く増やす事です。残念ながら私は立場上、あなた方に加わるわけにはいきません。ただ、私には道源が45歳の時に残してくれた財産があります。あなた方が真実を解き明かし、人々を平和に導いてくれるのなら、喜んでその活動資金を提供しましょう」


「そうか、そりゃそうだな。資金援助は有難い話だ。助かるぜ。そういやあ、俺も45の時に全財産を寄付させられたわ。ま、何も無かったけど」


「え? どうして?」


「なんだ彩音、知らないの? 45歳になって審判の日に呼ばれなかった人は、それまでの財産をすべて寄付や譲渡して、その後は社会のために奉仕して生きなきゃならないんだよ」


「えーっ、そうなんだ! じゃあ、全財産が無くなっちゃった人たちはどうやって生活するの?」


「45歳で審判の日に呼ばれなかった人たちには、確か年金が支給されるはずです」

タマオは恐る恐るゲイリーの方へ顔を向けた。


「ああ。贅沢は出来ねえけどな」


「皮肉なモンだな。道源は自分が貯め込んだ金で反抗されるって事だ」

「龍次!」

 智也が龍次を睨みつけた。龍次は不敵な笑みを浮かべ、唾を吐いた。


「いや、良いんです。道源が若い頃に起業し、成功して得た莫大な財産を引き継ぎましたが、私には使い道がわからず、ずっとそのままになっていましたから。ただ一つ条件として、彼ら二人を同行させてください。きっと役に立つはずです」


武瑠は先ほどトレーニングルームでついてくるように声をかけた二人に顔を向け、まずは手前で不愛想に腕組みをしている、メキシコ人の若者を紹介した。


「彼はミゲル。まだ22才ですが、メキシコでは18才のデビュー戦から負けたことがない、向こうでは国民的な英雄です。ルチャ・リブレを初めあらゆる格闘技の使い手なので、きっと役に立つでしょう。ちょっと愛想は悪いですけれど。


あとその横にいるのはタマオです。一見、おっちょこちょいなところもありますが、実は非常に思慮深く、戦略家です」


ミゲルは微動だにしなかった一方、タマオは持っていたメモとボールペンを床に落とし、慌てて拾いながら挨拶をした。


「と、突然の事で、何が何だかよくわかりませんが、す、す、少しでも皆さんのお約束に立てるよう頑張ります。よ、よろしくお願いしゃす!」

緊張しながらも何とか挨拶ができたタマオだが、最後には頭を下げると同時に舌を噛んでしまい、口の中に少しだけ血の味がした。ただそれまで重苦しかった場の空気が、少し和らいだ。


「じゃあさ、どうせ私たちはもう元老院から追われる立場なわけだし、バラバラに逃げたって捕まるだけだから、みんなでおじいさんに協力しましょうよ」


「そうっス! 俺たちで一人でも多くの人々を救いましょう!」

綾音の言葉に呼応して、190CMを超える長身の修一がいきなり立ち上がった。常に熱い魂を持つ情熱家で、目にはなぜかうっすらと涙を浮かべていた。


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