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アイオーン

 しばらく沈黙が続いたが、ゲイリーの質問がそれを打ち破った。


「よくわかんねえけど、と言うことは、アイツらが行く所は、天上界なんかじゃねぇな?」


「いかにも。天上界は存在せん」


「じゃあ何処に連れて行こうってんだよっ!?」

 興奮するゲイリーを見たSPが少し身を乗り出したが、道源がそれを制した。


「お主らに『アイオーン』という存在を教えよう」


「アイオーン!? なんだそりゃ!?」


「アイオーンとは、我らが過去に神と崇めた存在に近い。我らに秩序をもたらす存在じゃ。彼らは東・西南・中央・北アジア、東・西ヨーロッパ、アメリカ・アフリカ各州の元老院に1体ずつ存在する。そして彼らの主食が我ら人間であり、年に一度、捕食する」


「な、何だとぉっ!?」

 一歩前に踏み出したゲイリーをSPが数人がかりで抑えた。老人は完全に腰を抜かし、その場にへたり込んでしまった。


「そんな事が許されて良いのか!?」


「食物連鎖の頂点に立っていると思い込んでおるのは、人の驕りじゃ。この世は彼らによって適正な人口、適正な年齢構成が維持されておる。そのため食料不足も起こらず、生物の多様性も最良の状態が保たれておるのじゃ。


 若くて生産能力の高い人材に、年寄りも安心して富や技、経験など全ての財産を継承でき、各国の国力も安定的に推移しておるため、戦争などという争いも起こらん。人は皆が思うほど有能ではない。


 いま当たり前と思う世界は、アイオーンがもたらす秩序の上で成り立っているのじゃ」


「そんな屁理屈、俺にはわからねぇ! じゃぁ15歳で選ばれるヤツらは何でなんだよ!?」


「15歳で選ばれる者は可能性じゃ。彼らは純粋過ぎるが故に、その後の人生の歩み方によっては社会の脅威になり得る。そういった可能性は覚醒してからでは遅い。誰も止められんようになる前に、早めに取り除く必要性があるのじゃ」


「バカヤロウ! アイツは確かに根暗で少しヒネくれているかもしれねぇが、早くに両親がいなくなって寂しくても、じっと耐えて生きてきたんだ。それを脅威だとぉっ!? 俺は絶対に許さねぇぞ!」

 ゲイリーは数人がかりで止めようとしたSPを引きずりながら、道源に詰め寄っていた。


「ほ、本当にアイオーンとやらは実在するのですか?」

 腰を抜かした老人が問うと、奥の方から低く重厚な声が、まるで地鳴りのように響き渡った。


「もうよい。面通せ」


 それは一気に辺り全てを威圧し、緊張感が高まった。


「……わかりました」


 道源は二人に後をついて来るように促した。そこは道源以外の誰も立ち入りを許されていない細い通路で、先には漆黒の闇しか見えなかった。老人は腰を抜かしていたため、仕方なくゲイリーが背負った。ゲイリーは今まで感じたことのない只ならぬ気配を感じ、ここは素直に従うことにした。奥に進むにつれて空気が冷たくなっていく石畳の通路を、しばらく進んだところで道源が立ち止まった。


 目の前には冷たく、暗く、そして果てしなく大きな空洞が広がっていた。奥からズシーン、ズシーンと地鳴りのような音と振動が鳴り響き、その音が近づいてくると、それは彼らの前に現れた。その姿は鍛え抜かれた人間の女性の様にも見えたが、あまりに巨大だった。目は漆黒で、肌は赤く、昔話に出てくる鬼を彷彿とさせたが、それにしてはあまりに美しかった。その圧倒的な存在に対し、老人は計り知れないほどの絶望感を、痛烈に味わっていた。


「我が名はアレーテイア。東アジアのアイオーンである」


 先ほど謁見した部屋で聞こえたのと同じ、地鳴りの様な声が響いた。ゲイリーは全身の毛が逆立ち、血の流れが速まって、毛細血管に痺れを感じていた。


「元老院に新たに仕えし者ども、世を平定に治めるため、精進せい」

 そう告げるとアレーティアはゆっくりと振り返り、暗闇の中に消えていった。老人は口から泡を吹き、白目をむいたまま気を失っていたが、背中で呼吸を感じていたので、ゲイリーはそのまま無言で来た道を戻った。


「さて、新たに元老院の一員となったお主たちに、役割を与えよう」


 道源が何事もなかったかのように淡々と進めようとすると、しばらく呆然とした後、ふと我に返ったゲイリーは背負っていた老人を放り投げた。


「ちょっと待て! じゃあ今日ここに来ているヤツらはアイツの食糧で、そのディナータイムを俺たちは黙って見過ごせってのか!?」

「いかにも」

「冗談じゃねえ! 中には俺の孫がいるんだぜ!」


「でも、あのアイオーンとやらに歯向かったところで、どうしようもないでしょ?」

 SPに受け止められ、一命を取り留めた老人は目を覚ましていた。


「私には今、絶望感しかありません。このような状態で元老院でのお勤めを全うできるか、自信がありません。ならばいっその事、皆と行く方が幸せかもしれないと、今は思っています」

 老人は目に涙を浮かべていた。


「うむ。過去にお主のような判断をした者もおった。無論、他者への口外は許されんが、望むならそれもよかろう。


 ただ他の者と違い、事実を承知の上で行くのは、さぞ辛かろう。今元老院に仕える者は全てを理解し、受け入れておる。そして自らの命が尽きるまで、皆が現世で生きていく上で大切な精進すれば報われる世を創り、やりがいと充足感を得られる世の中を維持していく事が、わしらに与えられた枷であると信じておる」


 道源は諭すようにゆっくりと話した。


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