真実(前編)
「おおケンジ、大丈夫か!?」
身を乗り出したゲイリーを、鄭が止めた。
「何か、話すようだ」
無表情のまま辺りを見渡した後、ケンジは話し始めた。
「向こうの世界は、人がうじゃうじゃいる。狭い場所に住み、お互いに不満を持ちながら、毎日イライラしているヤツばかりだ。人は人を陥れ、自分だけが生き残ろうと必死で、しかも年寄りの数がハンパねえ。
だから、あいつらも自分たちの事だけで精一杯、骨抜きになった政治家を操り、若者から吸い上げた金で、既得権益を守ってやがる。国は効率よく人を殺す武器を競って作り出し、紛争は絶えない。増えすぎた人口の大半は餓え、富は一部のヤツらに集中している。
自然環境を守ろうと言いながら、自分たちで破壊していっている。そりゃあ、こっちの世界にも悪いヤツらはいるし、人を殺すヤツもいるさ。だけど、あんな魑魅魍魎とした世界じゃない。人が人として、他の生き物とも共存しあえるこの世界とは、決定的に違う」
「真実の目の幹部は、皆が向こうの世界を経験してきておる。そこで培った経験をある意味で活かしたのが、藤沢真三の暗殺じゃな」
「何だって!? あれはS.O.Tの仕業でしょう!?」
声を荒げたのはタマオだった。智也は口に手を当て、何か考え事をしていた。
「確かに、手口はかなり似せておったな。互いにパク・チョンス、クオン・ソジンという狙撃の名手がいたことも、お主らに取っては都合が良かったのだろう、なあ鄭よ」
竹やぶのメンバーに衝撃が走った。
「ウソだ! ウソですよね!? 鄭さん!」
鄭は閉じていた眼を見開いて、叫ぶタマオに目線を送った後、智也を見つめた。
「彼は2重スパイだった。我らと接触して情報を収集し、お前たち元老院に内通していた。だが所詮は一国の長としての彼の興味は、国力増強にしかなかったのだろう。我々に協力する素振りを見せながらも、結局は自国のために、元老院や我々を利用しようとしていた」
「なぜ!? なぜそれを今まで私たちに隠していたのですか?」
「本当の事を言ったら、君たちは協力してくれなかっただろう? ただ僕たちの計画を実行したときが、智也くんとの面会の日だった事は、本当に悲劇だった」
激高するタマオとは対照的に智也は表情を変えず、目をつぶった。
「藤沢信三は、政治家としての本懐を遂げようと、ある意味で一途に自身の責を全うした。もちろん、お主らの情報を流したことは否めんが、暗殺の理由は果たしてそれだけか? S.O.Tの手口に見せかけ、その存在を世に知らしめることが真の目的だったのではないか?」
「そんな、本当ですか? 鄭さん……」
タマオの問いかけにも真実の目の幹部はみな表情を変えず、口を閉ざしたままだった。
「結局お主らのやっている事は、向こうの世界と何も変わらん。そんなお主らに、この世界の未来を、託すわけにはいかん!」
道源は目を見開き、恫喝した。一瞬の沈黙の後、ケンジの口が開いた。
「道源さんよぉ、勘違いしないでくれよ。俺は、そんなに向こうの世界は嫌いじゃなかったぜ。だって、何か人間臭くて、生きるって事を実感できたんだ。この左手の疼きも、今は魂が躍動しているようにも感じる。それにあんな世の中でも、必死に綺麗な人生を歩んでいる人たちに出会えたから」
ケンジの目に力が戻った。
「例え生きている世界が違うとしても、俺は、大切な人たちを守りたい。だから俺はやっぱり人として、その本能に従って生きていく!」
次の瞬間、薄く一面を覆っていた膜が消えた。
「打てえっ!」
鄭の号令が響き渡り、同時にソジンが放った伏龍は、アレーティアの右肺を的確に捉えた。
「ケンジ! 受け取れ!」
ゲイリーは抗体の入った注射器をケンジに投げ、自らの腕にも注射した。
「道源! いや、じ、じいちゃん! 受け取ってくれ」
武瑠も道源のために用意していた注射器を投げたが、道源は呆然と立ち尽くしたままで、無残にもその足元に転がり落ちて、割れた。
瞬く間に炭疽菌が侵食すると全身から汗が噴出し、呼吸が出来なくなったアレーティアはもがき苦しんでいる。
「そんな、バカな……。何故だ、何故あえて茨の道を選ぶのだ。皆を道連れにしてまで……」
間もなく道源も吸い込んだ炭疽菌が肺まで達し、目を大きく見開いて、絶命した。
その頃、外にいた真実の目のメンバーは作戦通り抗体を染み込ませた布を建物一体に被せる作業を終了しており、鄭の号令と共に、一斉に用意されていた注射を打った。
アレーティアは少し揺れた後、ゆっくりと後ろに倒れた。その巨体が倒れた衝撃は大きく響き渡り、外にいた人々は、中で何か大きな爆発が起こったように感じた。




