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【ケンジ】約束の日

 約束の日、ケンジは佐原楽器店の前に立っていた。


シャッターを上げ、持っていた合鍵で中に入り、店内を見渡して、この世界で過ごした3年間を愛おしく思い返していた。自然とカウンターの奥にあるイスに目を向けると、昨日までそこに座っていたであろう瑞希の姿を思い浮かべながら、目をつむった。


久しぶりに感じるその心地良さにしばらく身を預けた後、それらを振り払うように首を振り、そこに置いてあったメモを手に取って、おもむろに手紙を書き出した。


日ごろ手紙など書いたことがなく、また自分の気持ちを表現するのが苦手なケンジにとって、それは大変な作業だった。何度も書き直し、やっとの事で仕上げた手紙の上に、いつも使っているギターのピックを置いて店を出た。


工事現場のアルバイト代で買ったワインレッドのヤマハSR400に跨り、キックしてエンジンに火を入れた。シングルの荒々しい振動で左手の傷が疼いたが、その痛みを受け入れてグリップを握りしめ、国会議事堂を目指した。しばらくバイクを走らせていると、途中の路地から、急に一人の男が転がりながら飛び出してきた。


「よぉ、どこ行くんだよ」

ゆっくりと立ち上がったその男は、無造作に前髪を跳ね上げた。


「あんたには関係ねえよ」


「ケンジ、俺はどんなに謝っても許されるとは思っていない。だけど、瑞希には顔を見せてやってくれないか? あいつがどれだけお前の事を想っているのか、今は痛いほどわかるんだ」


「悪いが、もう時間が無い」


「そうか……」

ケンジは疼く左手でクラッチを握リ、ギアを踏み込んだ。


「春樹くん、俺、トミーさんに会った。キャバレーの呼び込みをやっていたよ」

「えっ?」


「俺、ガキだから春樹くんやトミーさんの理屈はよくわからねえ。だけど、ライバルが沢山いるって事は、応援してくれるファンも大勢いるって事だろ? なら自分が信じた音楽を続けていけば、ついてきてくれるファンもいるんじゃねえの? 数を多く売ってすぐ飽きられるより、そうやって本当のファンを大切にした方が、結果的には長くやっていけるんじゃねえのか?」


 ケンジはアクセルを開けて走り去っていった。一度もケンジに目を合わせず、ずっと地面を見ていた春樹は、その場で泣きじゃくった。


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