【智也たち】アジト
「ふう、これで終わりか」
タオルを頭に巻いた智也が、最後のダンボールを積み上げて一息ついた。ふと隣を見ると悟と太一がお互いの肩を枕にして寝転び、舌を出してへばっていた。
「それにしても、短い間だったね」
綾音は淹れたてのコーヒーを智也に手渡した。
「仕方ないよ。あれだけ情報が明るみに出たら、ここにいる必要がないから」
「でも、あの人たちって本当に信用できるの? ちょっと怖いよ」
「うーん、信用すると言うより、共通の敵に対して協力するしかないって感じかな。俺たちだけではS.O.Tやアイオーンには到底敵わないし」
「私も武瑠さんにお願いして色々と調べていますが、情報統制が厳しくて、今のところは何も実態はつかめていません」
慣れない肉体労働でヨロヨロになったタマオも、その場に座り込んでいた。
「でも、向こうのアジトもバレたんだし、大丈夫なのかな?」
「それもわかりませんね。でも、私たちにはあまり多くの選択肢はありません。今は彼らと行動を共にして、迫りくる脅威に備えるしかないでしょう」
全ての荷物を運び出したあと、智也、綾音、タマオの3人はまた元の空洞になったアジトを、感慨深げに見渡していた。その綾音を悟が見守り、それを太一が見守る構図も変わらなかった。
真実の目のアジトに着いた智也たちが目にしたものは、以前とはまるで違う光景だった。武装した大勢の人々が厳戒態勢の中で慌ただしく動き回る光景は、宗教法人というよりも、さながらテロ組織のようだった。
そんな雰囲気に呑まれた智也たちが隅の方で立ちすくんでいるところに、藤堂が満面の笑顔を浮かべて歩み寄ってきた。
「やあ、ようこそ。これから君たちと一緒にやっていけるのは、本当に嬉しいよ」
「何か、雰囲気が変わりましたね」
「場所が知られたからね。S.O.Tがいつ攻めてきても良い様に、万全の体制を整えないと」
「俺たちのせいだね、ごめんなさい」
「そんな事はないよ、智也くん。遅かれ早かれ、ここが見つかるのは時間の問題だった。それよりも、今までは水面下で活動せざるを得なかった僕たちが、未来を勝ち取るために、表舞台に立たないといけない時が来たのだと思っている。僕たちは立ち上がったんだ。それが実現できたのも、君たちの協力があってこそなんだよ」
「それは俺たちというより、お金でしょ?」
「ははは、確かに資金提供は有難いけど、それだけじゃないよ。こうやって志を同じくした仲間がまた増えたんだ、こんなに嬉しいことはない。さ、ここに来たのは初めての人も多いだろう。案内するよ」
中に入ってしばらく歩き、脇に細い通路がある場所に差し掛かったところで藤堂が立ち止り、皆の方へ振り向いた。
「この細い通路の先には、一部の幹部しか入室出来ない部屋があるんだ。今日は特別に君たちにお見せしようと思うけど、どうかな?」
「ええーっ! 見たい見たい!」
「あんまりはしゃぐなよ、綾音」
藤堂が通路の一番奥にある入口のカメラに顔を寄せると網膜がスキャンされ、認証された後に分厚いドアが開いた。中に入るとまたドアがあり、そこで指紋を認証し、パスワードを入力して中に入った。
「うわぁ、すごい!」
大きな一枚ガラスに覆われた向こう側には真っ白な研究室があり、白衣を着た研究者が大勢いて、その中に李の姿もあった。こちらに気付くと研究室から出てきて、殺菌ルームを通ってマスクと手袋を取った。
「よぉ、よく来たな。ここが研究室兼工場だ」
「工場? 工場もあるんですか?」
「案内してやる。ついてこい」
無菌室を通り、右手に研究室を見ながら正面のドアが開き、目の前の階段を下りると、大きなスペースに作業用機器が設置され、多くの人が武器の製造に従事していた。
「すごいですよ! これなら本当に倒せるかも知れない」
「そういえばタマちゃん、軍事マニアだったよね」
「はい! 恐ろしく興奮しています!」
「ここでは以前に話した炭疽菌を使ったアイオーン討伐用の生物兵器を製造している」
「その時のお話の通り、ロケットランチャータイプですね。名前はあるのですか?」
「伏龍だ」
「……特攻兵器、ですか?」
「そう思うのは、貴様が日本人だからだな。そうではない。諸葛亮からの引用だ。また一度体内に潜伏すれば、龍が上るが如く一気に駆け巡るという意味もある」
「なるほど、納得です」
「8拠点分、全ての製造も間もなく完成する。また、抗体も目処がついてきた。これも全てお前らのお陰だ。礼を言う」
「僕らは何もしていないよ。お金は元々篠宮さんのものだしね」
智也はタマオに目を向けた。
「ところで、そちらの綺麗なお嬢さんは初見だな。お前らの仲間か?」
「おいおい李、お前、まるでカークンのような事を言うんだな」
驚く藤堂の横で、智也とタマオに腕を絡ませた彩音が、満面の笑みを浮かべた。
「ねえ、聞いた? 綺麗だって! ねえ?」
綾音が二人の顔を覗き込むと、二人とも恥ずかしそうに顔を背けた。
「彼女は綾音。俺たちの仲間だよ」
「こんにちは、星崎綾音です! よろしくお願いします!」
「元気がいいねぇ、こちらこそよろしく」
藤堂が手を差し伸べて、握手をした。
「あれ? さっきは何も触れなかったのに、どうしたの? 藤堂さん」
「さっきは恥ずかしくって聞けなかったのさ」
「お前、60過ぎたじいさんが、なに初心な事を言っている?」
李がツッコむと皆に笑いが生まれ、少し和やかな空気に包まれた。
「じゃ、戻ろうか」
手を振りながら李に別れを告げた後、一行は奥の部屋へと進んでいった。
「やあ、待っていたよ」
奥の空洞を抜けた所にある会議室で打合せを行っていた鄭、カークンとソジンが皆に気付くと、鄭が近づいてきた。
「君たちが資金提供を決断してくれたお陰で軍備も増強できたし、武器の製造や抗体の開発など、全ての事案が一気に進められている。我々がアイオーンを倒し、自らの力で生きる権利を手に入れるまで、あと一歩のところまで来られた。本当に有難う」
鄭が立ち上がり握手を求めると、智也とタマオは顔を合わせ、譲られた智也は慌てて着ている服で手を拭いて応じた。
「ところで、隣の綺麗な娘さんのお名前は?」
カークンは足を組み替えながらウィンクをした。綾音はニターっと笑みを浮かべ、智也とタマオの顔を見回した後、挨拶をした。
「星崎綾音です! よろしくお願いします!」
「綾音ちゃんか、可愛い名前だね。こちらこそよろしく」
カークンは左手で帽子を脱ぎながら右手を差し出し、綾音と少し長い握手をした。
「ところで、ゲイリー・ユング氏の姿が見えないが」
鄭の問いかけに、タマオが答えた。
「この前アーロンとイ・ユンファが現れた時に何も出来なかった事が、よほどショックだったみたいですね。老化を修行で補うとか言って、どこかに行かれてしまいました」
「そうか、無事なら良いのだが」
「あの人ならきっと大丈夫です。それよりあの後、S.O.Tの動きはどうですか?」
「特に動きはない。というよりも、動けないだろう。彼らは要人暗殺を主とした特殊部隊だから、その存在を明るみには出来ない。ましてや今回武装して共同声明も発表し、マスコミにも注目されるようになった我々には、迂闊に手を出せないはずだ。今後は各国の警察や軍隊が我々への対応を行う事になるだろう。あるとすれば私や李、藤堂の暗殺だが、それも現状の警備体制では難しいだろう」
「物騒な話ですけど、表の状況を見ると、確かにそうでしょうね」
「何か宗教団体というより、テロ集団みたいだね」
智也の呟きにソジンが少し前のめりになったが、カークンがそれをたしなめた。
「仕方ないさ、俺たちだって自分の身は自分で守らないとね」
その頃、悟と太一は珍しがって色々なところを見ているうちに、いつの間にか他の連中とはぐれてしまい、洞窟内を彷徨っていた。。
「なんだよ、太一。ここはさっき通ったじゃんかよ」
「わかんないよ、そんな事を言うなら悟が先頭を歩けよ」
「何だとっ!?」
「あら君たち、今日来た竹やぶからの新人君ね。どうしたの? 道に迷ったの?」
小競り合いをしていた二人が振り返ると、ブロンドのロングヘアで抜群のスタイルが強調された白のブラウスと紺のタイトスカートを履き、赤いフレームのメガネをかけ、綾音とはまた違う大人の色気を漂わした女性が立っていた。
「は、はい」
二人はその女性に見とれながらも、辛うじて返事をした。
「どこに行きたいの?」
「し、司令室です」
見事なほどに二人の声が揃っていた。
「それならここを右に曲がって、まっすぐ行ったところよ」
「あ、有難うございます」
笑顔で手を振りながら去っていくその女性を見送りながら、二人とも残された甘い香りを、鼻を広げて堪能していた。




