【ミゲルたち】死闘
「さあ、始まりました! どのような序盤を迎えるのでしょうか」
ゴングと同時に軽くステップで間合を取るミゲルとは対照的に、ジルはジリジリとリングの中央に向かって足を進めた。
ミゲルは華麗なロープワークからドロップキックを繰り出し、まともに受けて倒れるジルに、すかさず側転からプランチャを浴びせた。
「おお、さすがエル・ティグレ! その華麗な空中殺法は一向に衰えておりませんっ!」
そのままフォールするも、すぐに跳ね除けられた。再び軽いステップを刻みながら様子を見ていると、ジルはゆっくりと立ち上がり、不適な笑みを浮かべていた。
ミゲルはまたロープに飛び、しばらくの間、同じような光景が何度か繰り返された。ミゲルが繰り出す華麗な空中技に、以前の活躍を知る人々は改めて魅了され、初めて目の当たりにする子供たちはみな口を開けて、目を丸くした。
何度目かのダウンからジルが立ち上がると同時に突進してきたミゲルに、急激に間合いを詰めて顔面を鷲掴みにし、リングに叩きつけた。アイアンクローの状態でリングに押し付けられたミゲルは辛うじてロープに逃げた。頭を抱えてうずくまるミゲルに対し、ジルは笑いながらストンピングを繰り返した。
「はははっ! 全然効かねえんだよ、お前の技はぁっ! 軽い、軽いんだよぉ!」
「う、ぐう……」
エルボー・ドロップを入れたあと、マスクを掴んで無理やり起き上がらせ、更に頭突きを食らわすと、ミゲルの覆面の間から首筋に赤い鮮血が滴り落ち、場内は静まり返った。それでも構わず頭突きを続け、動きが鈍くなったミゲルをリングに放り投げた。うつぶせに倒れている上にまたがってキャメルクラッチを決めると、ジルは右手の人差し指を高々に掲げた。
「弱え、弱えよ! こんなもんかあ!? あ? 何とか言ってみろよ!」
何とかロープに逃げたミゲルをまた持ち上げ、コーナーに投げつけると、そのままタックルを浴びせようと突進した。するとミゲルは一瞬の間にトップロープに飛び乗り、両足でジルの頭を挟んだ。そのまま自分の体を捻って前へ飛び込み、ヘッドシザースでジルを放り投げた。起き上がろうとするジルにすかさずミゲルはプランチャを浴びせて、そのままフォールした。カウント・ワンで跳ね除けたジルは、再び雄叫びをあげた。
「うおおおおっ! くそ! てめえ、殺してやる!」
ジルの口元から血が流れ出していた。
「ジル、強くなったな。だが、まだまだだ。その程度では、俺には勝てない」
「があああっ!」
飛び掛ってくるジルをかわしながら体を巻きつけ、ミゲルはコブラツイストを決めた。
「ああーっとエル・サント選手、ここでストレッチ技を繰り出した!」
倒 れるように技を振りほどき、ジルは一旦コーナーに逃げた。顔を上げると、ミゲルは自身のコーナー近くで軽いステップを刻んでいた。
「ふふ、ふはははっ! 面白い! やっぱ、あんた面白いよ!」
突進してきたミゲルが視界から消えると、次の瞬間に真下から現れ、サマーソルトキックを浴びせられた。口の中が深くえぐれ、その血しぶきが霧のように飛び散った。ジルはその場に崩れ落ち、試合が決まったかのように見えた。
ミゲルが自分のコーナーに戻りじっと見つめていると、ジルはロープにしがみつきながら、再び立ち上がってきた。レフェリーの制止を振り払うとジルはロープに飛び、側転からプランチャを繰り出した。ミゲルは意表をつかれたのでまともに技を食らって倒れそうになりながらも、なんとかブリッジで跳ね除けると、ジルは再びロープに飛んだ。
「これは珍しい! ラ・サント選手がまるでエル・ティグレ選手と見紛うほどの華麗な空中技を披露しています!」
それはまるでミゲルの動きを再現しているかの様だった。意表をつかれて最初は戸惑っていたミゲルも、それに呼応して技を繰り出すと、観客はまるでバレエを見ているかのような美しい技の応酬に魅了された。
こう着状態が続く中で二人が同時にロープに飛ぶと、手足が長い分、一瞬早くミゲルのフライングクロスチョップが炸裂した。もんどりうって倒れたジルをすかさずフォールすると、ジルにそれを返す力は、もうどこにも残っていなかった。
試合終了を告げるゴングが鳴り響く中、最後の力を振り絞り、何とか立ち上がったミゲルがそっと手を差し伸べると、まだリングに倒れたままのジルは大粒の涙と大量の鼻水を垂らしながら、人目もはばからず、むせび泣いていた。
「どうして、どうしていなくなっちゃったんだよ」
「……」
「この世界に入った時から憧れていたエル・ティグレ選手にやっと、やっと褒めてもらえると思っていた矢先に、どうしてだよ! いてくれよぉ、寂しいじゃねえかよぉ」
「重たいものを背負わせちまったな。悪かった。そして、今までよく頑張ったな」
ジルは子供のように泣き続けた。
「ほん、本当は、あんたみたいな、華麗な、技に、憧れていたんだけど、同じ、スタイルだと観客も、あきるし、俺の体つきじゃあ、誰も認めてくれないし。だから、だから……」
セコンドから若手がジルの元に駆け寄ってきた。
「ジル、お前は気づいていないかも知れないが、お前に憧れてこの世界に入ってきた若者がこんなにもいる。お前は、まだ彼らの高い壁であり続ける必要がある。今日は思い切り泣いてもいいが、明日からまたラ・サントとして、誇り高きルチャドールとして、己の天命を全うしろ」
完全に体の力が抜けたジルを担架に乗せた若手はミゲルに深々と頭を下げ、足早に退場していった。
ミゲルが控え室に戻ると、ホセからの差し入れで届いた大量のメキシコ料理を貪り食う修一と、まだ動けずにベッドの上でプルプルと小刻みに震えている龍次がいた。
「お前ら、俺の試合を見ていなかったのか?」
「え? ああっ!? チャンピオンベルト! ミゲルさん、勝ったんスねっ!」
「そうか、ジルのヤツ、負けたか……」
龍次は少し寂しそうに天井を見つめた。




