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ミゲル・エルナンデス

 ミゲルはメキシコのミチョアカン州の中でも貧しい地区の出身で、父親を早くに亡くし、少し年の離れた幼い妹と母親が今でもそこで暮らしている。


 母親のヒメナは昼夜を問わず働いた代償として体を壊し、近年は寝込む事が多くなっていた。そんな母の負担を少しでも和らげようと、ミゲルは地元のマフィア『ラ・エルマノス』が主催する地下レスリングで戦うようになる。


 当初は全くの素人だったので、試合の度に何度も死にかけたが、類い稀なる運動神経と闘争心、天性のずば抜けた生存本能の鋭さで、すぐに頭角を表した。


 たまたま試合を見にきたボス、ホセ・フリオ・カルドソの目に止まり、その後あらゆる格闘技を教えこまれた。元々の素質に加え、本能的に強さに飢えていた彼は、見る見るうちに吸収していった。更に強いだけでなく、キレ良く繰り出される技はあまりに華麗で、表舞台での収入源を模索していたホセは、それを見てすぐにルチャ・リブレの団体ILLGを旗揚げし、ミゲルをエル・ティグレという名のテクニコのエースとして売り出す事にした。


 社長兼プロモーターには従兄弟でボスの座を狙っていたハビエルを担当させ、マスコミの注目を浴びさせることで、迂闊にホセの命を狙えないように仕向けた。喜んで引き受けたハビエルはミゲルにファイトマネーのうち15%を家族に送金すると約束した。


 ILLGは新興団体だったため当初は選手層が薄かったが、ホセはその裏の人脈と資金を活かして、実力のあるルチャドールを次々と引き抜き、すぐさまメキシコで1番の人気団体に登りつめた。そしてホセの思惑通り、強豪揃いの中でも地下で鍛えられたミゲルは圧倒的に強く、美しく、観客は瞬く間に魅了されていった。


 地下では素顔で戦っていたミゲルもルチャ・リブレの風習に従って、黒地に赤の美しいフェニックスの刺繍が施されたマスクを被っていたが、マスクの上からでも美形がわかるため女性のファンも日を追うごとに増えていった。ただ注目を浴びるようになると、ハビエルに試合以外の取材やプロモーション活動にも頻繁に駆り出され、その過密スケジュールの影響でミゲルは次第に心身共に疲れきっていった。


 それでも何とか試合をこなし、ミドル級のタイトルマッチを制すと、その試合を終えた直後、ハビエルがファイトマネーを持って国外に逃亡した。ハビエルは本来ならば自分がボスになる血筋なのにも関わらず、組織がホセを選んだ事をずっと根に持っていた。45歳になり審判の日に召集されたハビエルは、かねてより親交のあったコロンビアのハドソン・カルテルへ今回の資金を手土産に、ラ・エルマノスへの報復を依頼していた。更に悪い事に、ミゲルの家族への送金は全くなされていなかった。


 結局、ハドソン側は最初からホセと取引をするつもりでハビエルに近づき、その資金は返さなくてよい約束を取り付けた上で、身柄を引き渡した。ホセは引き渡されたその場でハビエルのこめかみに銃弾を放った。後日、その事実を告げられたミゲルはしばらく呆然とした後、部屋にこもって、全く出てこなくなった。


 その姿を見かねた武瑠は、ミゲルの部屋に何度も通い、声をかけ続けた。日本から参戦していた武瑠は階級がヘビー級だったのでライト級のミゲルと直接の対戦はなかったが、武瑠も同じような境遇を経験し、逃げ出すようにメキシコに来た事から、ミゲルを陰ながら心配していたのだ。


 武瑠はホセに多額の移籍金を支払い、ミゲルを日本でデビューさせる契約を取りまとめると、すぐにミゲルの家族と面会し、月々一定額を送金する約束を交わした。当初、ミゲルの母ヒメナはただ息子の安否を心配するだけでその話は断っていたが、何度も足を運ぶ武瑠の誠意に、最終的には武瑠の袖をつかみ、涙ながらに頷いた。


 通常ならばホセが仲間を売るような事はしないが、ハビエルに莫大な資金を持ち出され、組織の存続には金が必要だったし、武瑠の人柄と強い意志も信じる事が出来たため、ミゲルを預ける決断をした。ミゲルがそれを聞いた当初は家族を残して国を去る事を相当心配していたが、武瑠がホセに家族の安全を約束していた事もあり、最終的には日本に行く事を決めたのだった。


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