瑞希へ
瑞希へ
ごめんな。本当は会って伝えたかったけれど、もう時間がない。瑞希は俺の本当の気持ちを知りたいって、よく言っていたよな。俺は、今まで一度もちゃんと答えたことはなかった。それは、ただ恥ずかしいってだけじゃなく、何か心の中の、自分でもコントロールが出来ない部分を見透かされるような気がして、怖かったからなのかもしれない。でも、俺を知りたいって想ってくれる人がいて、その人の事をもっと知りたいって想えることが、どれだけ心地よくて、そして大切なことなのか、今は少しわかったような気がする。
みんなに伝えて欲しい事がある。まず、春樹くん。俺は許すよ。結局、あいつも俺と同じでずっと寂しかったんだと、今ならそう思える。もっと早く気づいてやれたら、そしたら今とは少し違っていたのかもしれない。でも、あいつはきっと大丈夫。お前も双子だからわかるよな。ただ、しばらくはまわりの支えが必要だろうから、よろしく頼むよ。ヒロとタケトには、春樹くんがまた音楽をやりたいって言い出したら、最後まで全力で支えてやってくれって、伝えてほしい。あと短い間だったけど、佐原さんが俺を春樹くんや瑞希と同じように扱ってくれたことが、本当に嬉しかった。
『この世界』が、そこに暮らす瑞希たちにとって本当に良い世界なのか、俺にはわからない。でも確実な事は、瑞希たちと出会えてなかったら、今の俺はないって事だ。結局、手がかりは何もつかめなかったけれど、俺がなすべきことをするために『向こうの世界』へ戻るよ。色んな人への事を書いてしまったけれど、最後にこの手紙で本当に伝えたかった事を書く。俺は、瑞希の事が大好きだ。今までありがとう。
――ケンジ
自分の気持ちを人に伝えるのが苦手なケンジにとって、手紙を書くことは大変な作業であり、何度も何度も書き直し、やっとの事で書き上げた。その上にいつも使っていたギターのピックを置いて部屋を出ると、アルバイト代で買ったワインレッドのバイク、ヤマハSR400にまたがった。エンジンに火を入れ、その振動を疼く左手に感じながら、国会議事堂を目指した。