副船長の器
「いつまで寝てんだてめぇら!」
準備が完了した俺は、海賊共に怒鳴り声と共に海水をぶっかけた。
「うぅ……一体何が……、なんだぁテメェは!」
現状がわかってなかった海賊は、ギロリと俺を睨みつけながら訊ねてきた。俺の股間から何かが少し漏れた。
「なにって、あんたの元部下だよ」
「……しらん」
「毎日俺のこと殴ってたじゃねぇか!そこは覚えとけよ!」
海賊船の中の底辺の底辺だった俺は、元船長に顔も覚えられてなかったらしい。
「まぁ、いい。それよりこれはどういうことだ。なんで俺様が縛られてるんだ」
「ちょっと考えたらわかるだろ。今日から俺がこの船の副船長で、お前らは下っ端だからだよ」
「はぁ? こいつ何言ってんだ。お前みたいなひょろいもやしが、副船長? 笑わせるぜ。じゃあ船長は誰だ」
「こいつらだよ」
俺が示した方に視線をやった元船長の表情がこわばった。
「テッテメェらは! 急に乱入して来やがった変態!」
うんまぁ、間違ってはない。
「こいつが、船長だってのか」
「こいつじゃない、こいつらだ。三人とも船長なんだよ」
「はぁ? 何言ってんだ。船長が複数居るだ? あほらしい。腕っぷしは確かみたいだけどな、方針の決定をする奴がそんなにいたんじゃ、意見を纏めるまで時間が掛かりすぎるし、そんな海賊船はすぐ分裂するぜ!」
「あぁ、その辺は問題ない。方針を決定するのは副船長たるこの俺だ。船長には戦闘を担当してもらう」
そう言ったら、また何言ってんだこいつって視線を元船長がよこしてきたが、話が進まないので無視しておく。そろそろ股間のシミも乾いてきただろう。
正直な話、元船長に睨まれるまでは、俺が船長になるつもりだったが、海賊と言えば強面だ。そんな奴らと命の取り合いが出来る力が俺にはない事を、股間から何かがこぼれた時に気づいたのだ。だから、参謀的な役割を担う、副船長になることにしたわけさ。
三人の蛮族を、無敵の三兄弟イッチョ、ニチョ、サンチョと名付けて海賊共に紹介し、ついでにこいつらは俺の息子だと言い放った。
「息子だと! 馬鹿言ってんじゃねぇ、自分の外見見てモノを言え! テメェの歳はいくつだ!」
「きゅ、二十歳だ!」
とっさに九歳と言いそうになったが、二十歳と言い張った。
「お前みたいなチビが二十歳なんて聞いたことねぇぜ。じゃあ聞くがお前の女はどいつだ」
「おっおんな、女とは別れた」
「ほー、まぁいい。それならこいつらは、今の今までどこにいやがったんだ」
ここは海の上。周りに陸地はない。元船長は俺のウソに気づいてニヤニヤしながら質問してくるが、俺はこのままウソをつき続ける。
「俺と一緒に、食糧庫に住んでたよ」
「はぁ? あの人ひとり寝転ぶのも難しい場所に、お前とこの変態三人が一緒に住んでただって? 到底信じられねぇな」
「別にいいさ、信じてもらうつもりもないし」
俺のウソを得意になって追及していたが、信じてもらうつもりがないとの発言に、ムッとした表情をして、周りにいる元部下どもを囃し立てだした。
「俺様は、納得ができる説明がなければお前らを船長と副船長と認めることはできない! お前らもそうだよな!」
そうだそうだと声を上げる元部下ども、いつの間にかウンドの奴が体をロープで縛られたまま立ち上がり船長の隣へとやってきて、片足で俺を示しながら騒ぎ出した。
「船長! こいつらが勝てたのはどうせまぐれです。もう一回本気を出してやれば負けるはずないですぜ!」
ロープに縛られた状態でよくそんなこと言えるなぁと俺はぼんやり考えていたが、彼らは本気を出せば俺達に勝てる気になってきたらしい。口だけウンドの力をいかんなく発揮してきたな。
だが面倒な話になる前に、こいつらの心を再度折ることにする。
「サンチョさん、やっておしまいなさい」
「はい、オットサン」
俺の指示を受けて、サンチョが返事をよこしてきたが、完全に言い慣れてない感が出てしまっている。お父さんと言えと伝えたんだけどなぁ。だが蛮族とは喋りは上手くない、そういうものだと思うことにした。
素早くウンドに近づいたサンチョが、拳を振り下ろすように顎にかすらせた途端、ウンドは崩れ落ちるように、危険な倒れ方をした。
それを間近で見ていた、元船長はギョッとした目でサンチョを見て慌てて口をつぐんだ。何かを言いかけ奴らは、ウンドと同じ結末を辿ることになった。その頃になると騒がしかった甲板は誰一人として口を開く者はいなくなっていた。
「ふぅ、サンチョさんもういいでしょう!」
「はい、オットサン」
迅速に仕事をこなした、サンチョの肩を叩いてその仕事ぶりを褒めたが、彼の肩は汗でビッショビッショだったので肩にタッチした事を後悔した。
気を取り直して正直な話、ウンドとニック以外は両腕を縛られていても俺では敵わないのはわかっている。だが前にも言ったが、俺自身が戦闘に参加する気はないのだ。
海賊船のトップである船長を顎で使う副船長を見て、皆ビビってしまったのか、顔が恐怖で引きつっていた。
結果的にこれからの仕事が捗る事になったかな。
その後、元敵の海賊どもに襲撃の説明を求めた所、ありふれた話で食料品と金品を奪おうとしたらしい。特に問題はなかったので、お前らも今日から下っ端だと告げた。
すると途端に不満そうな表情になった元敵の船長へ、サンチョさんやっておしまいなさいを発動させて、それを見ていた海賊どもを、首縦振りマッシーンへと生まれ変わらせた。
「さて、続きは明日でいいな。今日は寝るとしよう」
今日から俺の部屋は船長室だ。イッチョとニチョをドアの内側に配置し、部屋の中央にはサンチョを仁王立ちさせておいた。船長室を一人で使いたい気持ちはあったが、それ以上に夜襲が怖い気持ちが勝った。一瞬で下剋上される自信があったので、同室にしたのだ。三日天下ならぬ半日天下とは笑えないからな。
「ふぅ、やっと一息ついたけど、このベッドの悪臭とお前らの汗臭さは異常だな。サンチョ、船医室から手桶を取ってきてくれ」
しばらくして、帰ってきたサンチョは手桶にしては大きすぎる桶を持っていたが、許容範囲内だ。むしろよくやったと褒めてやりたい。
その桶に、水アイコンを連続タップして出したペットボトルの水を注ぎ込み、まず俺が水浴びをした。そして、さっぱりした後で、蛮族三人を並べてお互いの背中を擦らせた。船長室に俺の掛け声が響く。
「いっちに、いっちに」
「イッチニ、イッチニ」
俺の掛け声に、片言の掛け声が続く。
「大分汗臭いのはマシになったな。でも問題はこれだ」
俺の目の前には、前回いつ洗ったのか想像がつかない布。所謂掛け布団だ。なぜか少し湿っている。
これに寝たくはない。布団は明日干すとして、今日は床で寝るとした。今日まで床で寝てたんだ、もう一日ぐらい我慢するさ。
ちなみに、ウンドと元上司の船長は揃って俺の元寝床へと放り込んでおいた。偶然にもお互いの股の間に顔が挟まるようになってしまったが、些細な問題だ。
他の新しい部下たちは、揃って甲板で雑魚寝だ。大丈夫、何とかは風邪引かないっていうしね。
夜中、甲板の方で騒ぐ声が聞こえたような気がしたが、船長達に見張りを任せて眠りについた。