4 坂の上のメイド少女
伯爵夫妻との面会を終えた私たちは、応接間を出た。
廊下を通り、階段を下りようと曲がり角を曲がろうとしたときだった。
「ひゃぁ!?」
「おっと。」
ぽすっ、と、何か鞠のような軽いものがぶつかる音と同時に、かわいい悲鳴が聞こえた。
下ほうを見ると、さらさらの黒髪の上に白のフリルを乗せた少女の頭が、私の腕の中にすっぽりとおさまっていた。
「大丈夫か?」
私は少女の両肩に手を添えて、その体をやさしく引き剥がした。
数えで12、3くらいだろうか。歳の割りに肉付きが少ないような気がした。
肩まで伸びたサラサラの黒髪の上にヒラヒラのフリルを乗せ、やや青みがかった黒の瞳を此方に向けていた。
「すまない、気が付かなくて。怪我はないか?」
顔より下のほうに目をやると、すこし砂埃のついた薄紅色の和服の上に、割烹着のようなデザインの白いエプロンを付けており、小さな両手がエプロンの裾をきゅっと掴んでいるのが見えた。
「あ・・・。」
少女はぽかんと口を開けて、此方を見上げていたが、しばらくすると、その薄い肌色の頬を真っ赤に染め、声を上げた。
「あ! ああの!! 申し訳ありません! 伯爵様の大事なお客様になんてことを! ど、どうかお許しください!」
「いや、そんな大げさな」
と、言うが早いか、少女はせっかくの自慢の黒髪を床に押し付け、土下座した。
「ちょ、ちょっと待って!」
年端の行かない女の子に土下座。どんなプレイだ。
ふと左のほうを見ると、ロッコが冷ややかな視線をこちらに向けていた。
あとでどうやって言い訳しよう・・・?
いつまでもそうやっているわけにも行かないので、私は膝をつき、再び少女の肩をとって体を起こした。
「別に怒ってないから。俺の方こそよそ見してて、すまん。」
「ぐずっ。でも・・・でもぉ・・・。」
少女は顔を真っ赤に腫らして涙を流していた。
いったい何が、この子をここまで追い込むのだろう?
伯爵・・・、いや、夫人からよほどキツく言われているのだろうか?
他のメイドたちの声が階段の下の方から聞こえたので、私は少女を立たせ、廊下の隅のほうへ移動させた。
「・・・キミ、名前は? ここで働いているのか?」
少女は手の甲で涙をぬぐうと、自分を落ち着かせるように大きく深呼吸し、私の質問に答えてくれた。
「シン、です・・・。あ、あの・・・、シン・メイケ、って、言います・・・。こ、この城のメイド、です・・・。」
「ええと、『シン』が名前で、『メイケ』が苗字、だね?」
「は、はい・・・。あ、でも、伯爵様や他のみんなからは、『おしん』って、呼ばれてます・・・。」
「『おしん』かぁ。かわいーじゃん。」
私は彼女の髪についた埃を右手ではらい、頭を撫でた。
「えへへ・・・。」
あ、笑った。