2 坂の上の伯爵夫妻
サラシナ伯爵の居城は、人々が多く行き交う官庁街の中心地からすこし東のほうへ離れた場所にあった。
白塗りのレンガ造りの外壁に、時計台。
四方を囲む黒塗りの鉄格子。
この地方ではまだ比較的珍しい純洋風の建物だった。
正門をくぐると、壮年のメイドの出迎えを受け、伯爵夫妻の待つ応接間へと案内された。
「ようこそお越しくださいました、大佐殿!」
「お目に掛かれて光栄です、伯爵閣下。」
伯爵夫妻に会うのはこれが初めてだった。
伯爵は私よりも頭1つ半ほど背が低く、初老で小太りの男だった。
終始腰の低い物言いで、失礼だとは思いながらも、一国の主にしてはかなり頼りのなさそうな印象だった。
一方、伯爵夫人は伯爵とは対照的に背が高く、細身だった。平静でも目が吊り上っていて、縁の太い眼鏡をかけており、かなりキツイ印象だった。
「・・・ええと、そちらの方は?」
伯爵は、私の左肩に寄りかかって毛づくろいをしているロッコの方を見て、尋ねてきた。
「ああ、失礼、行儀の悪い奴で・・・。猫神の『ロッコ・ポッコ』いいます。」
「にゃあ。」
「!! か、神様とは知らず、大変失礼致しました! どうかご容赦を・・・。」
夫妻が床に膝を付こうとしたので、私はあわててそれを止めた。
「気にしないでくれ。神とは言え、そんなに威厳のあるやつじゃないから。」
「わふ。タムラのいうとおりでいいぞ。伯爵どの。」
「は、はあ・・・。」
だいぶ拍子抜けだったのか、伯爵は間の抜けた返事をした。
産業革命以降、神々に対する信仰は徐々に薄れつつあるとはいえ、地方では今でも、そういった物への礼儀礼節をわきまえている人は多くいるようだ。
挨拶もそこそこに、私は本題に入ることにした。