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1 坂の上の猫神様

影。

小さな影。

月明かりに照らされた“それ” は、銀色に輝く長い髪をなびかせ、その幼い体には不釣合いな妖艶な笑みをうかべ、此方を見下ろしていた。


影。

大きな影。

その男もまた、月明かりを己が銀色の髪に受け止めながら、虚空に漂うそれを、じっとにらみつけていた。





昼下がり。

季節は、梅雨の終わり頃。

私は相棒と共に、旧式自動車特有の尻触りの悪い振動に揺られながら、地平線まで広がる田園地帯のあぜ道を、ひたすら北へ北へと移動していた。

天気こそ晴れていたものの、この地方特有の湿気が、狭い車の中でうな垂れている私の顔にまとわりつく。

車窓から顔を出し、外の風を少しでも多く受けようと試みたものの、湿った重い空気が顔をなでていくばかりで、すこしも快適にならなかった。

「―――お仕事ですかい?」

不意に、運転手の初老の男から背中越しに話しかけられた。

「・・・ふつうは、『観光ですか?』と尋ねるもんじゃないのか?」

別になにか特別な悪意があったわけではないが、なんとなくそう答えてやると、「申し訳ない、決してそんなつもりじゃございません」と謝れてしまった。

「お客様方の雰囲気が、道楽で旅される貴族様の其れとは、だいぶ違っていたもので・・・。」

「・・・この刀のことか?」

私が腰に刺した軍刀の柄をさすと、運転手は「いえ、それだけじゃございません。」と、此方を振り、私の隣で寝息を立てている彼女の頭のほうをチラチラと見ながら、尋ねてきた。

「恐れ多いことですが、お連れの方は、もしかして『神様』ではございませんか?」

「・・・。」

「車にお乗りになったとき、フードの隙間から・・・その、『お耳』が見えてしまいましてね。盗み見るつもりはなかったのですが。」

と、そのとき、車はあぜ道に顔を出していたこぶし大の石に足をとられ、ガタンッ!と大きく縦に揺れた。その振動で、彼女の頭を覆っていたフードがするりと落ち、大きな2つの猫耳があらわになった。

「都にお勤めの将校さま・・・ですよね? そんなえらい方が、神様をお連れして旅しているなんて、よっぽどの事情がおありでしょう?」

「・・・・・・。」

「・・・失礼、平民の分際で、口が過ぎました。どうかご容赦を。」と言って、運転手は向き直った。

返答に窮した私は、しばらくののち、彼の背中に「ただの観光だよ。」と投げ返してやった。


数時間後。

私たちを乗せた車は、港町にたどり着いた。

―サラシナ伯爵領、『リュウト』の街-

かつて「ニイガタ村」と呼ばれていたこの街を新しい領主が治めるようになってから幾十年。先代の領主と中央政府の主導の下、この街は国際貿易港として発展してきた。

官庁街や繁華街は多くの店が立ち並び、国内外からやってきた多くの旅行者でにぎわっていた。

時折、金持ちそうな商人や貴族を乗せた自動車が、人の波を掻き分けながら、きれいに舗装されていない繁華街の大通りをゆっくりと進んでいく光景が見えた。

停車場を降り、行き交う人々の喧騒をなんとなくぼんやり眺めていると、後ろから聞きなれた声がした。

「タムラ」

振り返ると、先刻まで私の隣で熟睡していた彼女はすっかり目を醒まし、不機嫌そうに此方を見つめていた。

フードをかぶりなおし、両腕を組み、その豊かな胸をわざと強調しているかのような姿勢で、顔を膨らましている。

「・・・さすがに、この混み具合は、『ヒノヤマト』の都や、『エト』の城下町には遠く及ばないな。遊ぶには不向きだ。」

「そういうことじゃ、なくて。ロッコを置いていくな。 ロッコ、寂しくて怒っている。」

「・・・ああ、すまんな。」

私が左手を差しだそうとする前に、彼女―――猫神の『ロッコ』が、私の左腕に絡み付いてきた。

「・・・あんまり、ひっつかないでくれるか? ただでさえ暑いというのに。オマエのそのモフモフの髪の毛が鬱陶しくてかなわない。」

「うるさい。ロッコを怒らせた罰だ。」

そう言って、彼女はすこしも離れようとはしない。

「わふぅ・・。もうすぐ、伯爵の家に行く?」

袴の下に隠れている尻尾をパタパタと振り、袴を軽く波打たせながら、上目遣いで尋ねてくる。

「ああ。仕事はさっさと始めて、さっさと片付けてしまいたい。」

「じゃあ、そのまえに、『充電』する。」

と、私の左腕を自分の胸の谷間に埋め、両腕でホールドし、肩の付け根の辺りを甘噛みしてくる。曰く、彼女特有の精神安定法というか、仕事前の『儀式』のようなものらしいが、昼下がり、街の往来で日傘も差さずに、パッと見年頃の男女が身を寄せ合っている様は、少々目立つ。目の前を通り過ぎる人々の視線が痛い。

「もう、いいだろ?」

そういって引き剥がすと、またすこし不機嫌そうな顔をした。

「せっかくリュウトまで来たんだ。片が付いたら、居酒屋で一番高い酒、奢ってやるよ。」

「お酒よりも、都に居たときにタムラが作ってくれたミルクがいい。 タムラのミルク飲みたい。」

「・・・『カルーアミルク』な。誤解を招くような言い方やめろ。」

右の脇腹を軍刀の柄で小突いてやると、彼女はすこしはにかんで、官庁街の方へと駆け出した。


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