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女神のお告げ

 瞳から涙がこぼれ落ち、そして床に……。

 ――到達する前に、床が急に消えて世界が暗転した。


「な、なに?」


「目が覚めましたか、我が僕よ」


 どこかで聞いた事のある声に振り向くと、そこには女神がいた。

 消耗した精神が事態を理解出来ず混乱する。


 俺は確か教会の中にいた筈。

 ウルスの村で村長に捕らえられ、拘束された状態で色々と話を聞かされていた所に緊急クエストが発生して……。

 マリンちゃんを捜すも、結局見つけられず……。

 その日の夜、幽霊となったマリンちゃんを追いかけて聖堂に行き、そしてそこで秘密の地下室への入口を見つけて……。


「安心しなさい。そのマリンという娘は死んでおりません」


「!? マリンちゃんは生き返るのか!?」


「そういう意味ではありません。少し冷静になりなさい」


 女神が腕を振る。

 瞬間、急に頭が冷めた。


 世界の色が徐々に瞳に入ってくる。

 そこは……かつて見た世界。

 まるで銀河の中心にいるかのように壮大な大宇宙の中に俺はいた。


 前回はほとんど余裕がなかったためその景色を意識するような事はなかった。

 だが、女神が強制的に俺をクールダウンしたため、不思議な程に余裕がうまれている。

 俺は今、大宇宙に立っている。

 まさかそんなものを直に見る事が出来るとは思ってもみなかった。

 これが神の力か。


 世界の景色をたっぷりと鑑賞したあと、女神に視線を戻す。

 美人を通り越した美貌に、どう表現して良いか分からなかった。

 畏怖さえ覚えてしまう美貌。

 まともにその顔を見れない。

 だが視線を外す事も出来ない。

 これが、絶対者……。


「……っと。少しやりすぎたようですね」


 女神がまた手を振る。

 その瞬間、女神の姿がただ翼が生えている綺麗な人に成り下がった。

 別に神秘的でもなく、神々しくもない。

 美人には違いないが、ただそれだけだった。


 というか、腕の一振りで精神操作もちょちょいのちょいかよ。

 なんて出鱈目な。


「さて、話をしましょうか。あなたがさきほど見たもの、それは現実ではありません。私が見せた夢です」


「……夢? あれが?」


「はい、そうです。正確には、あなたが関わらなかった場合に起こった確定した未来を見せました」


 確定した未来?

 しかも、俺が関わらなかった場合の?

 言っている意味がまるで分からない。


 前もそうだったが、女神の言う言葉は理解に苦しむ事が多い。

 いったい何がやりたいのだろうか、この女神は。


「それは、どういう……」


「警告です。本当は注意だけにとどめるつもりだったのですが、あなたがいつまでもぐずぐずしているので、ついやり過ぎました」


「は?」


 やはり言ってる意味が分からなかった。

 前に会った時はもう少し威厳があったような気もするが、それも感じられない。

 これはさっき受けた精神操作の名残だろうか。


 とりあえず、女神の話を聞いてみるとする。

 先程、絶対的な力を見せつけられているので、女神に敵わないというのは自明の理。

 話だけ聞いてサッサとご退場願いたい。

 理解の外にある相手との会話は、それだけで疲れるので。


「え~と……まず重要な事を聞きます。マリンちゃんは生きているのですか?」


「先程説明した通りです」


 だから、それじゃ分からないんですけど?


「……もう少し順を追って説明をお願いします」


「分かりました。あなたをあの世界に召還した理由はもう話しましたね? あの世界は放っておくといくらでも暴走してしまうため、安定するためには異分子であるあなたのような適当な刺激が必要なのです」


 そこからか……。


「完成された世界ほどつまらないものはありませんし……」


 あれ?

 今なんかボソッと聞いてはいけない事を聞いたようが気が……。

 俺の気のせい……だろうか?


「あなたという異分子が入り込む事によって完成された世界に歪みが生じ、たった一つしかなかった運命が分岐を始めます。その結果、確定していた崩壊する未来が消え去り、その先も世界が存続する可能性が見えてきます」


「崩壊する未来が、確定していたんですか?」


「はい。それはどの世界にも言える事です。完成されているが故に、その通る道筋も全て決まっています。もちろん、崩壊する理由は世界ごとに異なります。ですが、必ず最後には崩壊に至ります」


 なんかスケールが滅茶苦茶でかくなった……。

 サラリーマンとしてただ異世界へと出張に赴いただけなのに、何で世界が崩壊するだとかの話になってんだ。


「それは近い将来に起こるという事で良いのですか?」


「いえ、違います。世界によっては数百年後に崩壊するものもありますが、ほとんどは億単位の未来に起こる出来事です」


「いや、だったら別に放っておいてもいい気が」


「お忘れですか? 世界同士に時間の繋がりはありません。ですので、あなたが今いる世界で1億年が経ったとしても、他の世界では1年が経つとは限らないのです。その逆も然り。そして、私達がいるこの世界には時の概念はありません」


「はぁ……」


 何を言ってるか分かりません!

 いきなりこんな事を言われても理解しろという方が無理。


「まぁ理解出来ないのは当然でしょう。ですので、ハッキリと告げておきましょう。あなたが今いる世界は、もしあなたがいない状態で放置しておけば、10年後には暴走を始め、その数十年後には崩壊します」


「は? いや、でも……」


「あなたが頭の中で思い浮かべたような世界の崩壊の仕方とは異なります。巨大な隕石が振ってきて世界が死滅する、世界を満たしているマナが枯渇してあらゆる生命体が滅亡する、そんな崩壊の仕方とはまるで異なります」


「言ってる意味が……」


「詳しく説明しても理解出来ないと思いますので、端的に言いましょう。存在そのものが消えます。その世界に住んでいる者も、その世界を知る私の記憶も、ありとあらゆるものが消え去ります。そしてその瞬間、失ったものの大きさに伴い全ての世界で大きな歪みが発生し、最悪の場合、連鎖反応的に全ての世界が崩壊し消えてしまいます。そこには私という存在も含まれています」


「……」


 言葉を失うしかなかった。

 一つの世界が終わると、全ての世界が終わる可能性があると女神は言う。

 そんなの、一介のサラリーマンに告げるような内容では無い気がする。


 マリンちゃんの生死の確認をしていただけなのに、なんか壮大に話が脱線しています。

 いったい俺にどうしろと……。


「まぁ、この事はあまり気にしないで下さい。ともかく、私はそんな事にならないようにあなたをあの世界に送り込んだのですから。あなたが死んでも、すぐに次の方を雇って飛ばすだけです」


「えっと……別に俺は死ぬつもりはないんだが……」


「あなたになくとも、このままでは死んでしまいますよ?」


 え?

 俺、もうすぐ死ぬの?


「はぁ……何のために、あなただけの特別な力を与えたと思っているのですか」


 女神が盛大に溜め息を吐いちゃいました。

 なんか威厳もへったくれもありません。

 ただ……その動作が少し艶めかしくて、ちょっとドキッとしてしまいましたがね。


 思い返してみれば、この半月の間に出会ったのは幼女と少女ばかりだった。

 まだまだ発育の足らない女の子多数は、大人な俺には恋愛対象にはなりえない。

 ユキさんは身体的には十分育っているけど、おっとり感のんびり感が強すぎて色気も色恋沙汰もまるで感じさせてくれないときた。

 それ以前に、みんな隙が恐ろしく多すぎて気をつかうのも馬鹿馬鹿しい。

 だからもう家族としか思えなかった。

 たった半月で俺に家族だと思わせてしまうぐらい、みんな本当にフレンドリーだったなぁ。


「何をほんのりしているのですか。今度は少し気を抜きすぎてしまいましたか……ならば、もう一度」


「い、いや! 結構です! 話を続けて下さい」


「そうですか?」


 あ、危ない……。

 女神の精神操作は手加減がまるで出来ていないから何がどうなるか分かったものじゃない。

 少し気を引き締めて話を聞こう。


「えっと……俺がもうすぐ死ぬという話でしたか?」


 縁起でもない。


「このままでは、いずれそうなると言っているのです」


「理由を聞かせてもらっても?」


「考えるまでもないでしょう。あなたはまだ(ヽヽ)ただの一般人です。私の力によって永遠の若さを手に入れてますが、死から逃れる事は出来ません。そんなあなたが、あの世界でいつまでも平穏無事に暮らしていけると本気で思っているのですか?」


 そう言われて、俺は村長の話を思い出した。

 あの世界は……というか、あの近辺は今、領主同士の小競り合いで大変な事になっているらしかった。

 ウルス村にいた若い人達は全員連れて行かれ、残ったのは子供と老人のみ。

 後先をまるで考えていない無謀な行為だ。


 だが、恐らく俺も見つかれば無理矢理徴兵されて戦場へと連れて行かれるだろう。

 その先で待っているのは、間違いなく死。

 運が良ければ生き残る事は出来るかも知れないが、そんな都合の良い事があると考えるほど俺は馬鹿ではない。

 いくら才能を自由に取れるからと言っても……。


「才能?」


「ようやくそこに気が付きましたか。私は馬鹿ではありません。異分子であるあなたのような力を持たない異世界人をただ送り込んでもすぐに死ぬだけ。そうなれば私はまたあの世界と適合する者を探さなくてはなりません。そのような事にならないように、私は2つほど手を打っています」


「それはつまり……飛ぶ前に叶えてくれた願い1つと、飛んだ後で自由に取る事が出来る才能ですか?」


「はい。とはいえ、後者はあの世界ならではのものですが。但しそれも制限なしという訳にはいきません。他の世界へと干渉する力を使うのはかなり骨の折れる事ですので。あまり連続して使いたいとは思いません」


「俺がすぐに死ぬと……」


「私が疲れます」


 ああ、この辺はやっぱり女神だな。

 前回に会った時のイメージと合致する。

 結構我が儘だ!


「話を戻します。私はあなたがすぐに死ぬ事を望みません。ですので、あの世界を維持している神々にお願いして、あなたに一つの夢を見せました」


「夢……もしかして、マリンちゃんが死んだのがその夢だと」


「はい。あれは、本来確定していた未来です。あなたがあの教会を訪れなかった事で発生した不幸です」


「そうか……なら、まだマリンちゃんは生きているんだな……良かった……」


 本当に……良かった……。

 あんな未来は御免だ。

 いくら何でも唐突すぎるし、何より悲しすぎる。


「ですが、完全に回避された訳ではありません。今のままだと、いずれ同じような未来が待っている事でしょう」


「なっ……!?」


 いや、考えてみればそうか。

 マリンちゃんはどういう訳かあの地下室を知っていた。

 もしくは何らかの理由で見つけてしまったか、閉じ込められてしまったか。

 しかし他の誰もあの地下室の事は知らなかった。

 それはつまり、放っておけば同じ事が起きる可能性がまだあるという事である。


 初めて女神に感謝の気持ちを持てた気がした。


「あの地下室を俺に見つけさせるために、夢を?」


「いえ、全然違います。あれは数ある不幸の一つに過ぎません。地下室の先に何があるかなどどうでもいい事です」


 あれ、違うのか。

 折角の感謝の気持ちが何処かへと消えていった。

 おーい。


「好い加減、説明するのが面倒になってきましたね。あなたにはハッキリと命令した方が良さそうです。さっさと才能を取りなさい。時間が経てば経つほど死亡する確率が高くなるだけですよ」


 上司から命令が下りました。


「あ~……つまり無双せよと?」


「そこはあなたの好きにすればいいでしょう。先にも述べたように、私はあなたにすぐに死なれると困るのです。出来る限りあなたには長生きして欲しいと思っています。正直言えば、永遠の若さという願いをあなたが求めてきた時、少し嬉しく思ったのですよ?」


 それで暫く楽が出来るとでも思ったのかなぁ。


「あなたをあの世界に送り出した以上、私があなたに干渉する事が出来るのは恐らくこれが最後です。しかもそれは、こうしてちょっとした夢を見せたり直に話をする事ぐらいしか出来ません。あなたを直接助ける事は出来ないのです。これがどういう事か分かりますか?」


「俺が危機に瀕しても助ける事は無理、という事か」


「そうです。あなたの生死に私は直接介入することが出来ません」


 なるほど。

 一応は俺の事を考えてくれていたという訳か。

 少し感謝の気持ちがカムバック。


「前任者に感謝するのですね。あの者はあまり長く生きてくれませんでしたが、私にとっては良き僕でした」


 うん、その言葉を聞いてまた感謝の気持ちが飛んで行きました。

 そう言えば最初に俺の事、(しもべ)って言ってたよな。

 俺は女神の奴隷かよ。

 せめて部下と言って欲しかった。


「……そろそろ時間ですね。あなたにはもっと色々と言いたい事がありましたが、それも叶わないようです。

 前任者達は皆すぐに才能を取って各々自由気ままに行動したというのに。

 魔王になって世界を滅ぼしてしまった者も然り。

 その魔王を倒して2代目になった者も然り。

 無謀にもその2代目魔王に単身立ち向かって返り討ちになった者も然り。

 その他、多くの者達が己の内に秘めていた欲望を大いに叶え、精一杯に幸せな毎日を暮らしていたというのに。

 あなたのような愚か者は初めてです。

 せめて前任者のように大馬鹿であったならまだ救いがあったというのに」


 色々言ってるな……。

 しかも愚か者って言われた。

 感謝すべき前任者のことは大馬鹿だってさ。


 やっぱりこの女神、全然神様には思えない。


「では、さようなら。あなたの人生にさ……」


 本当に時間がなかったのか、最後の言葉を聞き終わる前に世界が暗転した。


 結局、世界が崩壊するとかいう壮大な設定はどうでもいいって事で良いんだよな?

 女神が俺に言いたかった事は、ただ単に早く才能ポイントを振って才能を取れ、と。

 じゃないとすぐに死ぬよ、という警告だけだった。


 そんな事のためにマリンちゃんが死んでしまう夢を見せてほしくなかった。

 そういえば、ついやり過ぎたと言ってたか。

 ただ、同様の事はこれからいくらでも起きるという呪いの言葉も同時に言っていたのを思い出す。


 となると……目下、最優先事項は……。

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