夢の先に……
「すみません。緊急クエストが発生しました。縄を解いて下さい」
突然に発生した緊急クエスト。
内容は、30分以内にマリンちゃんを見つけるというもの。
しかもクリアに失敗すると、何か良くない事が起きるらしい。
「緊急……クエストですか? このようなタイミングで?」
しかし村長の反応は鈍かった。
それもそうだろう。
早々緊急クエストなど発生しない。
特殊クエストですら村長はこれが初めてと言っていたぐらいだ。
拘束された状態で話を聞くのが嫌になったから、嘘をでっち上げたと思われたとしても仕方がない。
何しろ、俺は不神者……《徳》を持たない犯罪者や無法者と同じ立場にある者。
いくら子供達が俺を擁護しようとも、そう簡単に信用出来るはずがない。
だが事態は急を要する。
俺の〈気配隠し〉を見破ったマリンちゃんの身に何か起ころうとしているのは確かな様だった。
何故マリンちゃんだけが、と思わないでもない。
しかしそれは後で考えるべき事。
ウルス村から教会までは、俺の歩行速度でだいたい約30分といった所。
走ればもっと早く着くだろうが、クエストはマリンちゃんを見つけろ言っている。
探すとなると時間的に余裕はほとんど無いに等しかった。
「にぃに!」
「カリーちゃんもか!?」
しかしここで光明が差す。
村長の長い話を聞くのが嫌で外で遊んでいたカリーちゃんが慌ただしく家に入ってきた。
きっとカリーちゃんにも緊急クエストが発生したのだろう。
ちなみに、子犬化しているビックスと子猫化しているミントちゃんは眠っているためか、この緊急クエストが発生したのかどうか分からない。
「何があったかは分かりませんが……それほど急を要する事なのでしょうか?」
「30分以内にマリンちゃんを見つけなければ悪い事が起こるというクエストが発生しました」
隠しても仕方がないのでクエストの内容を告げる。
「それはまた、なんとも……しかし、今ここで話を止めてしまっては、私の特殊クエストが失敗になってしまう可能性が……」
まだ話し足りないのか……。
他人の急用は、自分にとってはただの迷惑。
サラリーマン生活で嫌と言うほど迷惑な急用で仕事を押し付けられた経験があるため、村長が言いたい事もよく分かった。
だが、例え理不尽な内容でも身内に何か不幸があった……もしくはある可能性が発生したならば、それは納得してもらわなければならない。
「にぃに、はやく!」
急かすカリーちゃん。
カリーちゃんは賢い女の子だ。
30分という時間はカリーちゃんの足では間に合わない事が分かっているのだろう。
「縄を解いてもらえませんか?」
上目遣いに頼んでみる。
俺は男だから、効果は全然ないと思うけど。
「いや、しかし……」
埒があかない。
俺は、既に考えていた緊急手段を使う事にした。
才能ポイントを割り振る。
魔法の話はまだ聞いていないが、俺が現在取得出来る才能一覧の中から関係する才能を手当たり次第に取得していく。
『才能:魔力Lv1を取得しました』
『才能:魔法Lv1を取得しました』
『才能:詠唱省略Lv1を取得しました』
『才能:高速詠唱Lv1を取得しました』
『才能:【火】属性Lv1を取得しました』
『才能:魔法制御Lv1を取得しました』
――その瞬間。
俺は火属性の魔法の使い方を理解した。
しかし足りない。
求める力に対して、圧倒的に技量も力量も足りない。
詠唱省略、高速詠唱の取得によって使いたい魔法をただ発動させるだけなら時間はほとんど必要なくなった。
しかし、俺が今使いたい魔法を使うためには、力量がまだ足りないため発動までに時間が掛かる。
『才能:魔力Lv2を取得しました』
必要な力はこれで足りる。
だが技量が足りない。
時間をかけてゆっくりと狙いを定めれば魔法は使えるのは分かる。
しかし、短時間で正確に魔法を使うためには、もっと技術がいる。
それは言い換えるなら、弓を番えて敵を射るために必要な技術が足りない。
一瞬で弦を引く力は手に入れた。
だが、一瞬で狙った的を撃ち抜く事は出来ない。
これでは外れてしまう。
弓の場合であれば的を外すだけだが、魔法だとそうはいかない。
求めた結果とは異なる結果が火の魔法で起こればどうなるか。
最悪、周囲一帯を炎で包み込んで村長さん達にも怪我をさせてしまう可能性がある。
『才能:魔法Lv2を取得しました』
全体的なイメージが凝り固まった。
だが、まだ足りない。
『才能:【火】属性Lv2を取得しました』
使いたい魔法が明確に脳裏へと浮かぶ。
もう少し。
確実を目指すなら、もう少し技術が必要だ。
『才能:魔法制御Lv2を取得しました』
見えた!?
「燃えろ!」
そう言葉を発した瞬間。
俺の手足を拘束していた縄の1点だけが燃え、すぐにぶつっと切れた。
使ったのは簡単な火の魔法。
簡単であれど、才能がなければ恐らく使えない類の力。
単なる火を発生させるだけならば、こんなに多くの才能はいらない。
少し長めの詠唱を行えばいい。
しっかり集中して詠唱すればいい。
じっくりと力を注ぎ込めばいい。
魔法の何たるかを知っていればいい。
【火】属性の力を操る事さえ出来ればいい。
魔法の力を制御する事が出来ればいい。
一つ一つはそれほど大した事ではない。
だが、俺がやりたかった事には、これだけの才能が必要だった。
詠唱を短くするのはいい。
だが、詠唱を短くした事で、その短い時間にこめる集中力は倍以上の労力を必要とした。
同様に、必要とする力も大きく増えた。
例えば1リットル入るビーカーに、毎秒0.1リットルずつ注いでいくとする。
10秒の間、零れないように注意しながらじっくり入れていけばいい。
これをもし、2秒ですませようとしたらどうか。
毎秒0.5リットル注ぐにはどうしたらいいか。
そして、零さず入れるにはどうしたらいいか。
水の動きを計算して、水が零れないように注ぐ必要もある。
問題が急に難しくなるのは分かるだろう。
詳しい検証は後回しにして、立ち上がる。
「なっ……!?」
「失礼。急いでますので」
言うが早いか、まだ寝ていたビックスとミントちゃんと抱き上げる。
……っと。
「ワゥッ!?」
急に強い力で動かされたからだろう、ビックスが跳ね起きた。
構わず、家を出る。
村長達はただ呆然と見ているだけだった。
「にぃに、いって!」
「ダメだ。みんなでいく!」
探し手は一人でも多い方が良い。
後から出てきたカリーちゃんを抱いて俺は走る。
……ごめん、ちょっと重たいって思ってしまった。
もったいないが、力関係の才能に才能ポイントをつぎ込む。
『才能:腕力Lv1を取得しました』
『才能:体力Lv1を取得しました』
カリーちゃん重みがかなり和らいだ。
これで残る才能ポイントは6。
Lv1の才能を取るには1ポイントで良いが、Lv2の才能を取るには2ポイントが必要だった。
魔法関係の才能を6個ほどLv1にした時に合計6ポイント消費。
同じく魔法関係の才能を4個ほどLv2にした時に、合計で8ポイント消費。
そして今ので2ポイント消費。
初期値が22ポイントだったから、残り6ポイント。
「にぃに、すごい……」
俺の首にしっかりと抱き付いているカリーちゃんが耳元で言う。
ちょっとこそばゆい。
ギルドの建物を越え、ウルス村を出た所でビックスが俺の腕の中から飛び降りる。
どうやら緊急クエストの内容を理解したらしかった。
ちなみにミントちゃんはまだおねむ。
寝る子は育つというけれど、凄く深く眠ってるんだなぁ……。
流石はお子ちゃま。
「ワンワンッ!」
「にぃに、みちあっち!」
っと、道を間違えたか。
子犬のビックスが明後日の方向へと走っていこうとした俺を咆えて誘導する。
カリーちゃんも俺の首を無理矢理グイッと曲げて正しい方角を教えてくれた。
首、いたい……
残り時間は……。
ちっ、もう5分以上経っている。
全力疾走するにしても、電車通勤していたために俺の身体はほとんど鍛えられていない。
それは子供達と鬼ごっこやら隠れん坊をした時に嫌というほど思い知らされた。
つまり、ランニング程度なら兎も角、一生懸命走ってもすぐに力尽きてしまうのは自明の理。
この世界は体力無限のゲーム世界ではないし、そもそも俺はプレイヤーキャラクターでもない。
人間だ。
体力の限界はすぐに訪れる。
足も別に早くない。
故に――。
『才能:脚力Lv1を取得しました』
『才能:体力Lv2を取得しました』
残り3ポイント。
くっ……無駄に使い過ぎたか!
今ここで本当に欲しい才能を取るためのポイントが足りない!
「あとは、時間との勝負!」
『才能:体力Lv3を取得しました』
先行する子犬のビックスを追って、俺は全速力で教会へと向かった。
「ケントさん!」
「ケンにぃ!」
「おにーちゃん!」
教会に辿り着くと、慌てた様子のユキさんや子供達によって迎えられた。
中には俺を見た瞬間に泣いて抱き付いてきた子供もいる。
抱き上げていたカリーちゃんを降ろし、まだ寝ているミントちゃんを預けて息を整える。
話を聞く相手は、当然ユキさん。
俺はまだ冷静だ、問題ない。
時間は10分を切っているが、問題ない。
大丈夫……大丈夫だ。
マリンちゃんは必ず見つかる。
「何があった?」
「それが……」
ユキさん曰く、子供達はいつものように隠れん坊で遊んでいたらしい。
だが、途中からマリンちゃんの姿が見えなくなった。
その時の鬼は、ついこの間5歳になったばかりのクリス。
クリスはまだ幼いので、ただ単純に見つけられなかっただけだとみんな思った。
そしてマリンちゃんもどこかで隠れたまま眠ってしまったのだという事で片付けた。
隠れん坊の真っ最中に寝てしまう子が出るのは俺も経験しているので、別段不思議には思わない。
子供達は良く寝る。
マリンちゃんの姿が見えなくなったのはお昼を食べた後の一番眠たい時間帯だったので、それも尚更だろう。
兎も角、そのまま隠れん坊は続行された。
鬼になった誰かが見つけるだろうという事で。
「でも、見つからないです!」
いつになくハキハキと答えてくれるユキさん。
いつもののんびりとした間延び口調は、流石にこのような事態になっては出てこないようだ。
なんとなく、このユキさんは偽物だ!と思ってしまった。
こんな時に不謹慎な……。
いやでも、もしかしたら……ユキさんが、実は……黒幕?。
「もう私、どうしていいか……」
泣きながら抱き付いている子供に続いて、ユキさんも泣いて俺に抱き付いてきた。
ユキさん可愛いから俺の心がグラっと揺れる。
いや、冷静に。
俺は大人だ。
ユキさんとの実年齢差は恐らく20歳前後。
この世界ならば、その年齢差は親子であってもまったく不思議ではない。
ユキさん達は俺の家族。
この半月の間にそう思えるようになった。
だから、ここは一家の大黒柱(予定)でもある俺がみんなを支えなければならない。
色恋沙汰は後だ。
「カリーちゃん、ユキさんを頼む」
「うん!」
残り時間はもう残り少ない。
あと数分で緊急クエスト『30分以内にマリンちゃんを見つけろ! 早く!』は時間切れになってしまう。
教会をぐるっと一週する。
見た所、外にマリンちゃんの姿はなかった。
目線より下は子供達が今も必至になって探していたので彼等に任せる。
目線よりの上である屋根の上には隠れる場所はない。
隠れん坊ルールを無視して探さなれない事を前提にするなら屋根の上は絶好の隠れ場所だが、普通に見れば一目瞭然である。
故に、探すべき場所は教会の中だと断定する。
駆け込むように俺は教会の中へと入った。
入ってすぐにビックスを見つける。
「ビックス! マリンちゃんを臭いで捜せないか?」
「いまやってる!」
ビックスは人型に戻っていた。
と言っても、子犬バージョンから人型に戻ったので、服は着ていない。
その代わり、まるで服のような毛皮で覆われていた。
この世界の獣人は平均で4段階の変身が出来る。
今はその変身の中の、バージョン2。
詳しい説明はまた今度。
「ダメだ、にーちゃん! 時間がたちすぎて、おれの鼻じゃ無理だ!」
「諦めるな! 諦めたらそこで終わりだ! 俺は諦めない!」
「うん、わかった! おれももっと捜してみる!」
とはいえ、教会に残っていた子供達の中にも獣人族はいたので、臭いで捜しはしただろう。
この教会はマリンちゃんが暮らしていた家。
それだけではなく、多くの子供達が暮らしている。
時間が経てば経つほど臭いは他の臭いによって掻き消されてしまう。
いくらマリンちゃんの臭いを嗅ぎ分ける事が出来ても、それがいったいどこから発生してどこへ向かっていったかまでは特定しきれない。
やはり自分の目と足で捜していくしかないか。
隠れん坊をしている時のみんなの状況から消去法で捜していく方法も、時間があまりになさすぎて出来ない。
「隠れる場所なんて、そんなに無い筈なのに……」
ほとんど家具が置かれていない教会。
祈りを捧げる聖堂には椅子すらない。
2階もないし、屋根裏部屋もない。
御飯を作るキッチン……棚の上も注意深く見たが、いない。
みんなで雑魚寝する部屋……毛布以外になし。
毛布も全部ひっくり返してみたが、誰も隠れていなかった。
鶏もどきのポッポがいる卵部屋……周囲から雑草やらを拾ってきて敷き詰めてあるだけ。
隠れるなんてとんでもない。
ポッポの隣で狐の子供が寝ていたので、起こさないようにして静かに出る。
遊技部屋1……家具など置いてないので、探すまでもなく見て終了。
遊技部屋2……遊技部屋1と同様。
食堂……机と椅子ばかりで隠れる場所などなし。
今更ながら、隠れる場所なんてこの教会にはほとんどない。
隠れん坊とは名ばかり。
時々、隠れん坊だったのに誰かがズルしていつの間にか鬼ごっこに変わっていた事も屡々。 元気が有り余っていたら鬼ごっこ、疲れたら隠れん坊になる。
それぐらい、ここには物がない。
これも魔王に一度滅ぼされたが故の貧困か。
そんな事はどうでもいい。
マリンちゃんが見つからない。
普段はすこし黒ずんで鈍い色をした髪でも、川で水浴びをすれば綺麗な水色に輝く髪を持ったマリンちゃん。
身体はまだまだ未発達でも、ユキさんの様なプロポーションになる事を夢見ている7歳の女の子。
星読み一族ツァイラーグという俺にはよく分からない種族の血を引いているちょっと神秘的な一面を持ち合わせた物静かな美少女。
〈気配隠し〉のアビリティで気配を消していた俺を最初に見つけた、ちょっと人には言えない秘密の力を持っている子供。
残り1分。
マリンちゃんの名を叫んで、皆で探し続ける。
残り30秒。
涙を流しながら必至で叫ぶ。
もう泣いているだけの子供もたくさんいた。
残り10秒。
最後まで諦めないと決めた。
だから俺は諦めない。
犬の獣人であるビックスもまだ諦めていなかった。
絶対に諦めない。
残り3秒。
緊急クエストのテロップの端で、まるで主張するかのように大きく数字がカウントする。
カウントダウンなんてクソ喰らえ!
そして――。
「そん、な……」
0という表示とともに、緊急クエストのテロップが霞のように消えていった。
それ以外には何もない。
何もなかった。
その日――。
夜まで探し続けても、マリンちゃんは結局見つからなかった。
そして深夜。
泣き疲れて寝てしまった子供達を抱きしめながら、俺は眠れないでいた。
すぐ横にはユキさんも眠っている。
ここは雑魚寝の部屋。
男の子も、女の子も、獣人の子も、ユキさんも、ポッポも、俺も。
みんなが集まって眠る部屋。
ユキさんもさっきまで泣いていた子供をあやしていたので、今さっき眠った所だった。
最後まで泣いていた子供は――昼間たっぷりと寝ていた代わりに、マリンちゃんの緊急クエストには立ち会えなかったミントちゃんは――みんなが泣き止んで眠った頃になって急に泣き始めた。
ユキさんも、ミントちゃんと一緒に泣いていた。
ユキさんの手が俺の手を握っている。
きっと安心したいのだろう。
ユキさんの頼れる相手は、恐らくここには俺しかいない。
年齢というのは、ただ数が多いだけで力になる。
ましてやユキさんはまだ15歳(推定)。
俺からしてみればまだまだ子供だ。
この右手の温もりには、軽く十人を越える子供達の命は重すぎる。
俺の手ですら、子供一人の命を支える事は出来ないというのに。
マリンちゃんを救う事は出来なかったというのに。
これが夢であったらと思う。
朝目覚めたらマリンちゃんがいつものようにこの雑魚寝の部屋の中でスヤスヤと寝ていればと思う。
現実は非常だ。
そして俺は無力だ。
白い天井を見ながら俺はそう思った。
「……けて……」
その泣き声が聞こえてきた時、俺は瞬時に飛び起きた。
俺の身体に抱き付いていたカリーちゃんとクリスがゴロンと転がる。
それに気が付き慌てて見るも、幸いにして2人は夢の中のまま。
改めて、耳を澄ます。
「……けて………れか……みつ…て……」
確かに声が聞こえた。
そしてハッキリと覚えている。
この声は、マリンちゃんの声だった。
――しかし。
「マリン、ちゃん……?」
声が聞こえると同時に、俺の瞳は暗闇に薄く浮かぶそれを映していた。
「マリンちゃん、その姿は……」
「みつけて……」
マリンちゃんは、部屋の入口でしゃがみこんで泣いていた。
だが、その姿は透き通っていた。
「みつけて……だれか、わたしをはやく……みつけて……」
「やはり、もう……手遅れなのか……」
泣いているマリンちゃんに近づくべく、俺は立ち上がる。
その途中、ユキさんが俺の手を強く握っていたため剥がすのに苦労したが、何とか自由になる。
そして泣いているマリンちゃんへと近づいていく。
しかしマリンちゃんとの距離は縮まらなかった。
「待ってくれ!」
まるで黄泉へと誘われるかのように、泣いたままの姿勢でマリンちゃんが遠ざかっていく。
それを追って俺は走る。
雑魚寝の部屋を出て、遠ざかっていくマリンちゃんを追う。
そのマリンちゃんの姿が、突然に横へとカクッと曲がる。
半月も暮らした家だ。
その曲がった先に何があるか覚えている。
そこは聖堂だった。
「マリン、ちゃん……?」
聖堂に入ると、マリンちゃんの幽霊はもう逃げなかった。
マリンちゃんは聖堂の中央で、しゃがんだ姿勢のまま泣いていた。
その身体に触れようと、俺は手を伸ばす。
しかし俺の手は空をきった。
マリンちゃんの身体は、やはり幽霊そのものだった。
幽霊であるマリンちゃんの身体には触れる事は出来なかった。
「みつけて……」
最後にその言葉をもう一度呟いた後、マリンちゃんは消えた。
後に残ったのは、何もない聖堂に呆然と立ち尽くす俺だけだった。
「ここ……なのか……?」
マリンちゃんが消えた後の床をよくよく眺めてみる。
しかし何も見つからない。
ならば上かと思い見る。
しかし何も見つからない。
もう一度、床を見た。
やはり何もない。
地下室の類でもあるのかと思い、丁寧に手を床にはわせてみるも、どこにも不自然な所はなかった。
ならばと思い、音の違いで床下に部屋があるかどうか探そうと思った瞬間。
「これ、は……」
聖堂の壊れた窓から差し込んでくる月が、それを浮かび上がらせた。
「魔法陣……なの、か?」
床に浮かび上がったのは、魔方陣と思わしき紋様。
今の俺にはまったく理解出来ない代物。
調べようにも知識がなさすぎて何も分からない。
なので、当初の予定通りに床を叩いてみる。
「正解、か……」
魔方陣が浮かび上がった場所だけ音が違った。
だがそれ以上探しても入口らしき境目や入口を開くためのとっかかりは一向に見つからない。
ただ時間がだけが過ぎていく。
そして、ようやく思い至る。
思い付く。
気が付いた。
今の俺には魔力がある。
ならば、もしかしたらこの魔方陣にその魔力を注ぎ込めば、入口が開く可能性があるのではと。
そしてそれは正解だった。
魔力を注ぎ込むと、ゆっくりと秘密の地下室への入口が開いていく。
何故こんなものがあるのかは考えない。
考えても仕方がない。
瞳へ入ってきたものに、俺の思考は完全に中断させられた。
「……みつけたよ、マリンちゃん。遅くなって……ごめん、ね……」
まるで命の息吹を感じられないマリンちゃんを見た時。
その現実を目の当たりにして。
俺は……ようやく泣いた。




