魔王に滅ぼされた世界
ウルス村は、教会から徒歩で約30分の距離にある。
30分といっても、子供達の足ではその倍の時間がかかる。
村までの道程には人が歩いて出来た道ならぬ道だけ。
途中に大きな岩があって良い道標になっていたが、立て札などはなかった。
ウルス村についてすぐに村はずれにある元ギルドの建物に入ったが、中には誰もいなかった。
だが村長宅に行く道中ならば村人に会えると思っていたのだが。
歩けど歩けど、誰にも出会わず。
人口100人未満の村なので、それほど遭遇率は高くないとは思うのだが。
それでも誰も見かけないというのはおかしい。
「森に狩りに行ってるんじゃね?」
「はたけにいってるのかもにゃー」
と、ビックスとミントちゃんは言うが、だからといって昼間から村には誰もいないというのはおかしいだろう。
村は森の近くにあり、森は山へと繋がっている。
森に名前はないが、山にはグラント山という名前があるのだそうな。
山があるので、川もある。
教会からは子供達の足で1時間も歩いた場所にあったが、この村からならば20分の距離。
立地条件としてはこちらの方が良いので移り住めば良いと思うのは俺が部外者からだろう。
まぁ、その辺の理由は追々。
「ついたよー」
結局、村長宅に着くまで誰とも出会わなかった。
早速、戸口をノックして在宅かどうかを調べ……。
「じいちゃん、いるかー?」
ビックスが不作法にもドアをバンっと開けてズカズカと入っていった。
うぉい。
まぁ田舎だから仕方がないか。
施錠すらもしていなかったみたいだし。
不用心だと思うのは、俺が異世界の都会人だからだろう。
「おやおや、誰かと思えば……はて、誰じゃったかのう?」
ビックスが奥に消えて束の間、横から老人が現れた。
老人といっても年齢にして60歳を越えているかどうか。
俺のいた世界ならばまだ十分に若いと言えるだろうが、この異世界だとどうだろうか。
ただ、身体はヒョロヒョロとしていて今にもポックリ逝きそうである。
「どうも、初めまして。少し前から教会でお世話になっている者です。名はケントと言います」
「ケントさんですか。それは遙々遠い所からよくぞおいで下さった。何もない所ですが、どうぞこちらへ」
全然遠くないけどね。
徒歩30分なら、元いた世界なら隣町程度の距離。
そんなに歩いた気はしない。
「まずはお疲れでしょう。お茶を用意してありますので、どうぞお飲み下さい」
「どうも」
この時、俺はもっと深く考えるべきだったのだろう。
部屋に案内されてすぐ出された暖かいお茶に、何の疑いもなく俺は口を付けた。
そして……。
俺は縛られた状態で、床に寝転がされていた。
「あ~……状況の説明を頼む」
ふっと気を失ったかと思うと、目が覚めた時にはこんな有様である。
まだ辺りがかなり明るいのでほとんど時間は経っていないと思われる。
ただ、それ以外の情報の説明が付かなかった。
「不神者でしたので、とりあえず用心として拘束させて頂きました」
俺を出迎えてくれた老人は、そんな事を言いながら長閑にお茶を飲んでいた。
そのすぐ近くにはカリーちゃん達の姿。
「にぃに、ごめんね? くえすとでてるの」
更にその横、ビックスとミントちゃんに目で訴える。
「ワン!」
「にゃー」
話にすらならなかった。
「この子達からケント殿が悪い人では無いことは先程聞きましたからの。暫くの間、私の話を聞いて下されば解放させて頂きます」
「……理由を聞かせてもらっても?」
「特殊クエストが発生したのです」
聞くところによると、今朝方、村長に特殊クエストが発生したそうだ。
内容は、日が昇って暫くしたら見慣れない不神者が村を訪れるので、村長のうんちくを聞かせやれとのこと。
なんだろう……この無理矢理感の強そうなチュートリアルは。
有り難いような、有り難くないような。
ちなみに、うんちくというのは、ある分野について蓄えた知識のことである。
村長がいったいどんなうんちくを溜め込んでいるのかは知らないが、年齢が年齢だけに色々あるだろう。
「俺を縛る理由はあるのですか?」
「逃げられると私のクエストが達成出来なくなる可能性がありましたので」
発生した特殊クエストは、時間制限付きのものらしかった。
カリーちゃんに発生した道案内のクエストも時間制限付きのものらしい。
「カリーちゃん、クエストの報酬は何だった?」
「うんとね! ぽいんとが3もはいったの!」
「おお!?」
カリーちゃんの元気な報告に、村長は目を見開いて喜んでいた。
ただの道案内のクエストで3ポイントはかなり凄い事らしい。
「これは期待が持てますな! 早速、皆に報せねば!」
余談だが、村長は村人全員に特殊クエストの話を告げていたらしい。
つまり、村で誰も見かけなかったのは隠れていたから。
どうも不神者というのは犯罪者や無法者という悪い意味合いもあるため、俺との接触を嫌ったらしい。
クエストを達成する事で手に入れる事の出来る《徳》は、悪い事をすれば下がっていくのだと、後で村長のなが~い話で聞く。
試しに、暢気にまた俺の膝元で昼寝をしていたビックスをわざと起こしてみたら、俺の《徳》がマイナス1になった。
マイナスってあるんだな……。
となると、まだ達成しないまま残っている神様クエストの『最初に出会った人に、絶対に優しくする』は、やはり大きな意味があるのだろう。
まだ一度の振り分けていない才能ポイントを『才能:女神様に全ポイント献上!』に使えば、大量の《徳》が入ってくる可能性がある。
加えて、カリーちゃんから聞いた《徳》が100をきるとクエストがほとんど発生しなくなるらしいというのも気になってくる。
才能ポイントを振り分けて自由に才能を取れるという仕様は俺限定のチートくさいが、どうもそこには裏がありそうだった。
あとは……村長やカリーちゃんに俺が関わるクエストを発生させている所をみると、これはもしかしたら神様あんりの警告なのかもしれない。
半月間ずっと教会でのんびり暮らしているだけだったからなぁ。
せめて才能ポイントを振ってチート無双し始めるか、もしくは才能ポイントを献上してクエスト無双し始めていればまた違った形になったかもしれないが。
「……という訳ですじゃ。続いて、この村の現状をお話するとしましょうかの」
村長の話は続く。
周囲には余程暇なのか、物見遊山で集まった老人連中でごった返していた。
「見ての通り、今この村に残っておるのは年老いた者ばかりです。若い者は皆、領主様に徴兵されたか、召し上げられてしまいました」
「……なに?」
「おお……ケント殿もやはりこの件は気になりますかな。まぁ仕方がありませぬの。明日は我が身ですからの」
周囲にいる老人の数は、多く見積もっても20に達していない。
男女は6:4で、やや男性の方が多いか。
但し、男性のほとんどは手が無かったり、足を悪くしていたり、目を失っていたりと。
一番若い男性は老人には見えなかったが、その分私生活では随分と苦労しそうな出で立ちであり、隣にいる母親らしき老婆が支えなければ立つ事も出来そうにない様子だった。
今更ながらその事に俺は気が付く。
「ここにいる者が、このウルス村の全員です」
「いったい何が……」
「先程言った通りです。今この国は戦乱の真っ直中なのです。ですので、若い者は皆、中央へと連れて行かれております。男性ならば兵士として、女性ならば……言わずとも理解出来ましょう」
「戦争しているのか?」
「この国ではまだそんな大きなものではありませんな。領主同士の小競り合いといった所が精々でしょう。とはいえ、そのせいでこの村はこんな事になっている訳なのですが」
丸くなって寝ている猫のミントちゃんを優しく撫でながら村長は言う。
つまり、それは……。
「この子達の親も、既に亡くなっていると聞きます。まさかケント殿はそれを知らずこの土地を訪れたのですか?」
「……行く宛のない放浪の旅でしたので」
「なるほど。今はどこも荒れていますからな。平穏無事な土地はないでしょう」
「どこもそんなものですか」
「ここでもまだマシな方でしょう。何しろ、一度世界は魔王に滅ぼされていますからな」
「ま、おう……に……」
あまりに予想外の言葉に俺は言葉を失ってしまった。
魔王に脅かされているならばまだしも、滅ぼされているとは。
となると、もはや国というまとまりすらない世界なのかもしれなかった。
無法も良い所である。
それならば、ある程度力を得た領主が後先考えず暴走気味に好き放題にしている土地があっても不思議ではない。
このウルス村は、もう見捨てられたのだろう。
「ただ知っての通り、世界を滅ぼした魔王が倒れ2代目の魔王が現れてからこの様な事態になりました。例え酷い圧政でも魔王の統治下であれば、理不尽はあっても滅亡という未来だけはなかった。奴隷の身分に成り下がったとはいえ家畜というほどではなかった。この村もまだ村として成り立っていましたし」
「理不尽というと?」
「魔族は何をしても許される時代です。他の国ではどうだったかは知りませんが、この村では時折にフラッと現れた魔族が好き勝手に悪さする程度でした。が、中央では国そのものがたちゆかない状況でしたからな。自然と都市は廃れ、街から人は消え、このウルスの村のような小村ばかりが生まれました。……消えていった村も多くあるようですが」
植民地状態という所か。
「2代目の魔王になってすぐ、魔族は北の裕福な土地に引き上げていきましたが、それがいけなかった。支配する者達がいなくなった瞬間、魔族に媚びへつらいながらも力を持っていた貴族、商人らが一斉に権力を振るい始め、見ての通りの有様です。この国は戦乱の時代へと突入してしまった次第です」
「なまじ人々が分散していた結果、そうなったと」
「物理的に力を持っていた騎士や戦士、魔法使い様達は皆、先代の魔王によって真っ先に殺されていきましたからな。残った非力な者達だけでは、金で数を揃えた領主様に太刀打ちする術もなく。魔王の統治も長く続いたため、学を持ち合わせている者も少なく。この国の時代は明らかに逆行しております」
チート無双にはうってつけの世界だな。
軽く頑張れば勇者にでも英雄にでも何にでもなれそうな世界観か。
問題は、魔族の強さが分からないといった所か。
まぁ、俺は一介のサラリーマンなので、そんな分の過ぎた夢を見る気はない。
のんびり暮らせればそれでいい。
目先の目標は教会の暮らしをもう少し良くすること。
世界を統一するだとか、魔王を倒すだとかいう仕事は俺にとってはどうでもいい。
俺の仕事は、ただこの世界で暮らすこと。
このまま影のようにひっそりと暮らそう。
時代がそれを許してくれるとも言えないが、そうなったらその時だ。
話はまだまだ続く。
眠たくなるのを通り越して、呆れるほど続く。
ぶっ続けで3時間以上。
いや、恐らくそれ以上か。
間に遅めの昼食を挟んでも、まだまだ続く。
ちなみに昼食は村長が奢ってくれた。
堅くて黒ずんだパンと、井戸から汲んできたという水のみ。
量もない、味もない、安全かどうかも分からない。
至れり尽くせりだった。
教会なら鶏もどきのポッポが産んでくる卵がついてくるのだが、この村はそれよりも質素なのだろうか?
と思ってたら、村長さん達は大鍋にスープを作ってみんなで分けあって飲んでいた。
カリーちゃん達も同じスープを飲んでいた。
パンも俺が食べていたものよりも柔らかそうだなぁ。
ちなみに、パンも水もカリーちゃんが「あーん」してくれました。
「それじゃ次にこの国の魔法の事について知ってる事があったら教えてくれないか? 俺が前にいた場所だと、誰も魔法を使える者がいなかったんだ」
何となく俺の口調から丁寧な言葉が消えていたが、まぁ気のせいだろう。
ちょっと機嫌悪いです。
「それはそうでしょうな。とはいえ、私も魔法を使える訳ではありませんからあまり詳しい事は説明出来ませんが」
そういえば、教会にいた年長者のユキさんは魔法が使えたな。
この世界の成人は12歳ということなので、明らかにユキさんも領主の毒牙にかかっていてもおかしくない年齢+容姿だというのに。
さて、ユキさんには何か秘密があるのだろうか。
といった所で。
俺の脳裏に、突然テロップが発生した。
『緊急クエストが発生しました。
クリアに失敗すると、とてもよくない事が起きます』
・30分以内にマリンちゃんを見つけろ! 早く!
な、なに……!?




