緩やかに滅亡してゆく世界の果てへ
それからの事を少しだけ語ろう。
ひょんな事から50名を越えるゴブリン達を従える事になった俺とアクア。
そのゴブリン達が掘る鉱山資源の入手。
加えて判明した、森の動物達の中に混じっていた元奴隷の獣人、ホノカ達。
生活環境はガラリと変わり、日々の生活にも彩りと潤いが増えてきた。
……が。
別に天下統一の世を作り上げるだとか、英雄となって名声を得たいだとか、そんな志も大望も持ち合わせていない俺の生活が激変する訳もない。
ゴブリン達を鍛え上げ、俺の作る料理を食わせれば一国ぐらいは簡単に手に入りそうな気もしたが、そんな事をすれば面倒ごとが増えるだけなので、当然行わない。
ゴブリン達を従えるだけでも手に余るのに、一国などとてもとても。
などと思いながら、日々を楽しく過ごしていると、厄介な客が訪れた。
ある日家に戻ってみるとレベッカが俺の家で酒を飲みながら寛いでいたという。
いったいどうやって俺のいる場所を見つけたのだろうか。
しかも俺の家で寛いでいたのはレベッカだけでなく、俺の命を今でも狙っているという闇斬りのセツナと、どこかで見た事のある無精髭の男性――名前はアストリアというらしい――も一緒に酒を飲んでいた。
この組み合わせの意味が分からない。
兎も角、レベッカ達はそのまま何故か家に居着いてしまった。
森はモンスターの宝庫なので自力をあげるにはもってこいだし、食事はアクアやホノカ達がいつでも作ってくれるし、酒のつまみのストックも大量の置いてある。
マインゴブリン達が掘る鉱石とモンスター達から得られる毛皮などを俺が加工して色々と新装備を作っているので、それなりに目移りする刺激も存在する。
加えて、動物達の癒し。
衣食住とそれなりの娯楽が揃っているのだから、快適と言わずして何というか。
ちなみに進化したゴブリンの女性陣は見た目もそれなりに良く、結構フリーダムなのでそういう娯楽も男性陣2人にはうけていた。
まぁただ、面白そうだからと言って暇潰しに低姿勢のゴブリン達をしごくのはやめて欲しい。
しかも俺の支援効果と食事効果があるせいかメキメキと上達していってしまうので、指導する方も指導される方も楽しくて仕方がなくなるという悪循環。
PT組んでモンスター狩りするだけなら兎も角、軍としても統率した動きが取れる様に訓練するのはどうかと思う。
まぁそんな日々でも、何事もなく続けば良かった。
闇斬りのセツナ……彼だけはやはり要注意人物だったらしい。
彼はヴァレリー男爵の命を受けた密偵だった。
否、ヴァレリー男爵の後ろにいるヴィンセクト子爵の指示により、俺の居場所を探し出して報告するという任務を受けていた。
ある日、忽然と姿を消したセツナ。
それと時を同じくして突然にやってきた、十数名の騎士達。
レベッカとアストリアはゴブリン達を鍛えるために家を空けており、俺を守るべきゴブリン達の姿も俺の側にはいない。
それは本当に絶妙のタイミングだった。
そして最悪の連中だった。
襲撃を仕掛けてきた部隊を指揮していたのは女騎士グレイア。
彼女は部下に対し、一つの命令を出していた。
それは、家の中にいる者は誰であろうと一切の容赦無しに殺せという内容の命令だった。
その結果。
ホノカ達……の身を守ろうとした森の動物達の多くが、彼等の手によって殺された。
奥にある部屋で物作りに励んでいた俺はそれに気付くのが遅れ、異変を察知して駆け付けたときには既にそこは血の惨劇と化していた。
全てが終わった時、そこには襲撃を仕掛けてきた騎士達の血も混じる事となる。
グレイアだけは生かした。
何故なら、彼女は別の騎士達を率いて別の入口から突入しており、動物達の殺害は行っていなかったからだ。
だが、彼女以外の騎士は全滅した。
動物達の死によって逆上したホノカ達の手によって。
一番手強かったグレイアだけは俺が相手をしていたので、ホノカ達の手を汚すことはなかった。
地味にホノカ達も強くなっていた事を初めて知ったのだが、そこは問題ではないだろう。
事件後、グレイアに話を聞く。
すると、当初想定していた内容とは異なった解答が彼女の口から返ってきた。
家の中にいる者を皆殺しにしろという命令は、実はこの家を見る前に部下達へと指示した命令だったのこと。
何故そんな命令を出したのかと聞けば、それはこの森の中央にある湖の付近にある家は、隣国への密亡命をするための中継地点の一つなのだと言う。
しかもその場所を根城にして隣国とのパイプ役を担っていたのは、賞金首の一人でもあるバリスタという極悪獣人。
故に、もしその彼の他に誰かいたとしてもそれは殺すべき悪人か、もはや助けても精神が壊れてしまっているだろう可哀想な被害者でしかない。
そうグレイア達は聞いていた。
が、蓋を開けてみれば予想外に大きな家が建っており、隣国への中継地点と考えるにしても明らかに不釣り合いな建築規模。
いくら亡命者の中に貴族が一時的に滞在する可能性のある場所だとしても、これだけの規模の家をこんな場所に建てるのは不自然すぎる。
そう気付きはしたものの、もはや賽は投げられたためどうしようもない。
グレイアに隷属処理を施し心の奥底に仕舞われていたものを白状させると、起こってしまったのならば仕方がない、口封じに皆殺しにしてしまおうという言葉が漏れ出てきた。
情状酌量の余地無し。
グレイアには罰として、隷属化の実験台になってもらった。
その結果、生きた人形騎士が出来上がってしまったが、まぁ殺されるよりはマシだろう。
引き続き実験を続け、感情を失った人形から元の人格に戻せるかどうか、それとも新しい人格を植え付けて別人を作り上げる事が出来るか、などにつきあってもらう事とする。
それに、例え人形でも色々と楽しめる事もある訳だし、人形にしようとしてした訳ではないのでこれは不可抗力。
アクア達に聞いても、ここまで人形めいた状態になるのは聞いた事がないと言う。
一応、責任を取って頑張って元に戻すつもりだ。
いつになるか分かったものではないが。
で、肝心の消息を絶ったセツナの方だが、数日後に大部隊を引き連れて現れた。
森の東側にある王国から命を受けたグレイアが指揮する王国騎士達とは異なり、ヴァレリー男爵とヴィンセクト子爵が子飼いにしている傭兵部隊シルバークロウ。
遠からずしてそんな事が起きるかもと思っていたのだが、予想以上に早くその時が来たらしい。
まずは話し合おうと言う俺の意思を無視して、俺の部下の筈なのに何故かレベッカの言う事の方を良く聞くようになったゴブリン達と、傭兵部隊シルバークロウが正面衝突した。
結果は言うまでも無く圧勝。
但し、敵の大将を討ち取るのは想像以上に大変だった。
何故なら敵の大将は英雄降臨という特殊スキルを持っており、レベッカですら敵わなかったからだ。
まぁ過去に英雄と呼ばれた凄腕の者をその身に降臨させるのだから、ちょっとやそっとでは勝てないだろう。
かつては剣聖と呼ばれていたアストリアですら唸るほどの実力者だった。
では俺自身が倒したのかと聞かれれば、それは否だと答える。
これ、実は布石だったのだろうか。
アクアとグレイアを従えて俺が前に出ると、敵の大将はグレイアの事を知っていた。
しかも長年競い合ったライバル同士だとも言う。
それはつまり、グレイアと敵の大将は拮抗した実力の持ち主だという事。
という訳で、試しに戦わせてみた。
すると、グレイアも英雄降臨を使って過去の英雄をその身に降ろして戦い始めたではないか。
そこまでくれば、もはや勝ったも同然。
一端強引に戦闘を中断させて、作戦タイム。
実際には、裏工作と言うべきかドーピングと言うべきか、グレイアにこっそり食事を取らせた。
食べさせたのは、アクアが常に持ち歩いている保存食の干し肉。
筋力アップ系の食事は役に立つ事が多いため、それは生活の知恵なのだろう。
兎も角、グレイアと敵の大将の一騎打ちは予想通りの結果となった。
ただ、力の加減が分からなかったせいなのか、それとも感情を失っているため一切手加減をしなかったせいなのか、敵の大将はグレイアの攻撃に耐えきれず砕け散ってしまう。
これはもう戦争なので相手を殺してしまうのは仕方がないが、せめて最後まで生き残っていた彼ぐらいは生き残っていて欲しかったと思う。
グレイアは兎も角、レベッカはやり過ぎ。
全滅させるなよ。
一難去れば、もう一難。
セツナの死体は戦場に無かった。
つまり、きっと次が来るという事。
それはそれとして、面白いものを見せてもらったので、早速実験を行う。
というか、魔王の才能に新たなスキルが追加されてしまったので、その検証と確認を行わなければならない。
これから何が起こるか分からないので、持っているスキルは使える様にしておかないとな。
まず製作したのはプラモデルならぬメタルモデル。
所謂、人型機動兵器もしくは大型機動兵器と呼ばれる類で、試作型宇宙拠点防衛戦用のやつを144分の1スケールで作ってみた。
しかも、魔法の動力を中に仕込むことで半永続的な推進機関による飛行が出来る様に改良を施し、ミサイルやビーム兵器は流石に無理だが先端から大木を貫く空気弾を放つ事の出来るランスを持たせる。
ついでに、木小薙刀・静型Ψ陽之御前と木小薙刀・巴型Ψ陰之御前を小型にして鉄鉱石で作った武器や、小さな針を無数に飛ばすミサイルコンテナならぬニードルコンテナも仕込んでおく。
もはや宇宙用でも何でもないが、技術的に実現出来ていないものを現実に持ってくるとなると、それぐらいの変化は発生するだろう。
というか、俺はいったい何を作っているのか。
それは、これから行う実験が成功した場合に、きっと役立つ事である。
行った実験は、降臨召還。
流石に英雄を喚びだす事は出来ないが、何かを喚びだし先程作った金属人形に降臨させてみようという実験である。
降臨対象は俺自身でも出来る様だが、いったい何が喚びだされるか分かった物じゃないし、身体を乗っ取られたら事なので絶対にやりたくない。
では実験開始。
その瞬間、降臨召還のスキルを使用した瞬間に俺の周囲にいたらしい魂達がこぞって我先にと金属人形の中へ入ろうとしたのが何となく分かったので、やはりというか、かなりヤバイものだったというのを理解した。
ネクロマンシー……か?
とりあえず、実験は成功した。
金属人形には魂が宿り、自律行動を行う様になった。
まだ思うように新しい身体を扱えないのか、ガチャガチャと身動ぎするだけで飛ぶ事もままならないが、その辺はそのうちなれるだろう。
……っと。
ランスの穂先が危うく刺さるところだった。
動きに慣れるまでは装備一式を解除し、鎖に繋いで飼う事にしよう。
あと、中に魂が入ったのならば是非話をしてみたいので、そういう機能の開発実験も追加検討し始める事にした。
平穏は続かない。
ネクロマンシーの実験を行ってすぐに、また招かねざる客がやってきた。
現れたのは、睡魔リリム。
つまり魔族である。
魔族は大陸の北の方に引っ込んで人里には降りてくる事がまずないと聞いていたのだが、その例外が俺の所にやってきた。
曰く、とても良い香りがしたので、本能に導かれるままに空を飛んできたのだと。
睡魔族はアレが好きな種族なので、その良い香りとはきっと俺が作る料理の事ではないのだろう。
早速、食べられた。
次の日、他の者達も食べられた。
俺は色々と規格外なのでリリムの吸精には耐えられたが、他の者達はそうはいかない。
気持ち良く爆睡していた事で発見が遅れ、あわや大惨事となるところだった。
すぐに体力回復や精神力回復の効果を持っている料理を作り、人/ゴブリン/動物/男女雄雌問わず死屍累々と横たわっていた者達を介抱。
だが回復させても目を離した隙にリリムが強襲してくるので、なかなか終わらない。
イタチごっこが延々と続いた。
結局、問題が一先ず終息したのは次の日に夕方になった頃だった。
犠牲者がでるのを覚悟で罠を作り、原因であるリリムを捕獲して根気よく説得する事で無事解決。
説得には非常に体力を使ったが、新しいスキルも手に入れる事が出来たので良しとしよう。
それに嫌いではないしな。
むしろ大好きだ。
ちなみに介抱は女性優先で、その方法も口移しで強引に食事を摂らせるというものである。
その結果、レベッカのファーストキスを奪う事となり、リリム騒動の真っ最中だというのに一悶着があった。
あと、加えて言っておくが、おっさんであるアストリアや雄ゴブリン達とは口を合わせていない。
相手が動物ならば性別を気にせず口付け出来るが、流石に男はな……。
かなり危険だが、喉にストローを突っ込んで流動食を流し込むという荒療治で対処した。
とりあえず、リリムは本当にやばかったとだけ言っておく。
いや、睡魔という魔族が、と言うべきか
耐性を持っているか対策をしておかないと、力とか技とか全く関係なく相手を倒す事が出来るリリムはもはや無敵と言うしかない。
しかも吸精を行う事で益々元気となり、お腹が一杯にならない限りいつまでも被害を出し続けるという厄介さ。
ただ、事件が終わった後にリリムに話を聞いてみると、普段ならば数人相手にすればお腹いっぱいになる筈なのに、今回だけは何故かいつまでもお腹が一杯にならなかったと言っていた。
加えて、以前のリリムならば個体としての戦闘能力は騎士一人分ぐらいしかないのに、いつの間にか凄く強くなっていたとの事。
いや、原因はだいたい分かっているんだがな。
俺のエキスがゴブリン達の知能を大幅に上げて進化促進の効果があったぐらいだから、本当の意味で食事に該当する俺の精を喰らったリリムがパワーアップしない訳がない。
なるほど、一部の女性陣が他の者達よりも強くなっているのは、そこが原因か。
また一つ、俺は賢者に近づいた。
ほとんどいつも賢者モードな訳だが。
睡魔の後は、天使がやってきた。
もう何でも御座れだ。
神や魔族がいるぐらいだから、天使がいても別に不思議ではない。
ただ、俺のもとにやってきた理由がちょっと抜けていたぐらいか。
本人もちょっと抜けていたが。
天使の名は、メフィーティア。
神位第八階位の天使で、主に神の使い走りをさせられているらしい。
いや、別に第八階位の天使全員が使い走りとされている訳ではなく、メフィーティアがという意味で。
彼女は俺が信仰している歪の神アズリの使いでやってきた。
何でも、以前俺が神様クエストで献上した貢ぎ物をのラバが病気になったので治して欲しいとのこと。
ラバは別に献上した訳ではなく、どちらかというと勘違いされて奪われてしまったものなのだが……というか、生きていたのか。
早速、準備をしてアズリのいる亜空間へ……という必要は実はなく、〈アイテム空間〉にラバが送りつけられてきた。
その直後、神様クエストが発生。
これ、メフィーティアをわざわざ使い走りさせる必要があったのだろうか。
その辺をちょっと突っ込んで聞いてみると、どうやら俺が成長しラバを治せるようになるまで待っていたらしい。
しかも、メフィーティアを時間の流れが速い空間に飛ばすと同時に俺へのお使いクエストをメフィーティアに発生させる事で、メフィーティアがそのお使いクエストを達成すると自動的に俺にクエストが発生するという面倒臭い事までしてである。
その計算の中には、メフィーティアが迷子になったり寄り道や道草する癖を持っていることも入っていた。
ちなみに、本当ならアズリからの手紙によって依頼内容を知る筈だったのだが、メフィーティアから口答で依頼内容を説明された。
手紙の内容を読んだばかりか、紛失してしまったというメフィーティア。
アズリ様には秘密にしてくださいと言われたが、その直後に密かにお仕置きクエストが発生していたのを彼女は知らない。
アズリの思惑はどうでも良いので、サクサクっとラバを治療する。
クエスト達成。
報酬はメフィーティアだった。
うぉい!
厄介払いされたメフィーティアを一晩かけて慰めつつ、美味しく頂いた。
もちろん、それはお仕置きでもあった訳なのだが。
というか、そろそろエルフが欲しい今日この頃。
そんな事をついうっかりポツリと呟いてしまった事が、次なる波乱の幕開け。
ぶっちゃけ、俺の望みを叶えようとしたアクアとグレイアが暴走した。
そろそろこの生活にも飽きてきたレベッカとアストリアをほのめかし、勢いよく増えていくゴブリン達の精鋭を2人に預けて遠征を指示。
気が付いた時には、もはや呼び戻せない場所まで進軍していた。
そして都合悪く、今頃になってフレイムリザード・ワイバーンとグランドタイガー達がいなくなった事によって崩れた勢力バランスの影響が出始めた。
東に進んだレベッカ達とは異なる方角、北と南と西からまるで示し合わせたかのように様々な種類のモンスター達が森の中に分け入ってきたのだ。
実際には俺がただ気が付いていなかっただけで、森を抜けた先では東だろうが西だろうが前々から徐々に混沌化していたという。
消えた村は一つや二つではないとか。
情報源は俺に助けを求めにやってきたセツナだった。
王国の方もちょっとピンチに陥っているらしく、ヴァレリー男爵とヴィンセクト子爵のしでかした事は水に流して手を取り合いませんか、という手紙を彼は運んできた。
使い走りである。
今では陽気に日々を満喫しているどこかの誰かさんとは違って、手紙の内容を読んでいるということもない。
内容はだいたい想像していたらしいが。
まぁ、考えるまでもないだろう。
セツナは俺の命を今でも狙っている。
それは今回も不意打ちでまず攻撃を仕掛けてきた事からも分かっている。
だから……という訳ではないが、いくら手紙に記載されていた謝礼の金額が多かろうと、金貨700枚まで膨れあがっていたお尋ね者の討伐賞金を取り下げられようと、この交渉は決裂以外の結果しかありえない。
何故なら、もうレベッカ達が王国に喧嘩を売ってしまっているのだから。
セツナも道中にそれを知ったからこそ、暗殺に踏み切ったのだろう。
俺の解答に、セツナはまったく動じていなかった。
まぁそれはそれ、これはこれ。
レベッカ達の方はもはや取り返しがつかないので放っておくとして。
まずは侵攻してきたモンスター達を何とかする。
その後で、間違いなく背後にいる何者かをあぶり出し、憂いを断つ。
言うは易し、するは難し。
なかなか大変だった。
主に、味方の足の引っ張り合いで。
分かっていた事だが、リリムとメフィーティアの相性は最悪である。
加えて、最近とんと犬のように振る舞うようになったいつぞや作った金属人形も試しに投入してみたら、敵味方区別なく攻撃し始めたので大失敗。
部隊の指揮も出来ないので、3方向から攻めてくる敵に対してかなり苦戦する事となった。
敵は波状陣形で攻めてくるので、文字通り手が足りず。
徐々に戦線は押し込まれ、それと同時に逃げてきた動物達の一部が何故か家に住み着いてしまい兵糧攻めにも似た食糧難に陥った。
後でそれは敵の策略だと気付き対策を取ったものの、森の半分以上は外来種のモンスター達によって占拠され、生態系は狂い森の恵も次々と食い荒らされて枯れていった。
もはやこれまで。
かくなる上は多大な犠牲を覚悟で俺様無双して一気に敵の懐に入り、一か八かの勝負に持ち込んで起死回生を狙うか……そんな事を考えていると、また厄介な存在が。
メティーフィアよりも2つ上位の天使が空に現れた。
また歪神アズリのお使いかなと思っていると、どうやら違うらしい。
一応アズリにも関係ある事ではあったが、その乱入天使はメフィーティアのお客さんの様だった。
戦場の空に現れ、開口一番「天使の癖に人間に扱き使われているとはなんたること、その腐った性根を叩き直してあげます」という、何だか個人都合で乱入します気満々の台詞を吐いた彼女は、その宣告通りメフィーティアを攻撃し始めた。
まぁでも、彼女の参戦が戦場に変化をもたらし、劣勢状態だった俺達に光をもたらす事になる。
何故なら、3方向から攻め込んできていたモンスター達が、標的を俺達から神位第六階位イザーブへと変えたからである。
モンスター達の小五月蠅い攻撃に舌打ちしたイザーブは、逃げるメフィーティアを追うのを一端中止し、空の上で単身無双を開始。
結果的にそれが両者を疲弊させ、漁夫の利という形で俺が美味しい所をゴッソリ頂いた。
イザーブ、ゲットだぜ。
メフィーティアがお子様天使なら、イザーブは大人な天使。
そんな事はどうでも良くて、問題は一緒に捕らえる事に成功した老魔術士の方だろう。
男性だ。
煮ても焼いても食えない骨と皮だけの存在だ。
殺しても良かったが、一応話を聞きたかったので蘇生した。
イザーブがレベル5デスみたいなスキルを使い、五体満足で死んでくれたのが幸いだった。
降臨召還を使ってみたら彼の魂はまだ身体から離れておらず、他の魂達の入る隙は無かったらしい。
兎に角、老魔術士は息を吹き返した。
それで、何でこんな事をしたのかと聞くと、どうやら彼は天使を探していたらしい。
ただその理由が……。
どうも話を聞く限り、彼は年季の入った重度のストーカーらしく、天使や神を崇拝するあまりいつしか暴走してしまったらしかった。
最初はただのミーハーな追っかけだったのが、いつしか直接話したり触れ合いたいと思うようになり、遂には自分の物にしたくなったと。
しかし天使という存在はそう簡単に会える筈もなく、彼はその年になるまで一度として天使をその目で見る事はなかった。
そんな精神状態の時に、空をふよふよと飛んでいるメフィーティアを偶然見かけ一念発起。
魔術士としてかなりの実力を持っていたうえに、長年の研鑽によってある程度の数のモンスターを操る事が出来るようになっていたことで、彼はメフィーティアを手に入れるべく俺達を襲撃した。
そして新たに発覚する情報。
裏でヴァレリー男爵とヴィンセクト子爵が一枚噛んでいた。
つまり、セツナもこの件には絡んでいたということ。
その辺の処理はレベッカ達に使いを出してついでに処理してもらうとしよう。
そろそろセツナうざい。
話を戻す。
では何故、老魔術士は勝利間近だった戦況の途中で標的をイザーブへと変えてしまったのか。
一つは当然、天使同士の諍いによってメフィーティアの命が失われる事を嫌っての事。
もう一つは、イザーブの方が天使としての階位が高いため、単純にメフィーティアよりもイザーブの方が欲しくなったからである。
過ぎたるものを求めてくれた御陰で、俺達の被害は許容範囲内に収まった訳である。
でなければ、老魔術士を生き返らせようなどとは思わない。
さて、では俺は老魔術士をこの後どうするのか。
それは老魔術士の態度を見て決めた。
どうも天使であるイザーブの手にかかって殺された事がとても嬉しいらしく、老魔術士はまるで憑き物が落ちたような顔になっていた。
加えて、念願の天使達と話をする事が出来て本望らしく、その願いを叶えてくれた俺に絶対の服従を誓うとのこと。
もう思い残すことはない、死んでも良いとも言っていた。
それが本心からの言葉なのかは兎も角、様子見という事で老魔術士はレベッカ達の元へと送り込む事にする。
一応、先にメフィーティアをお使いに出してレベッカ達に報せ、そのままメフィーティアは老魔術士が到着するまでレベッカ達と行動を共にするようにと言っておく。
メフィーティアとリリムの間に生じた亀裂が思いの外深く、少しばかり互いに頭を冷やす時間を与えなければならなしな。
それにメフィーティナが一足先に赴任地にいれば、老魔術士のやる気もアップする事だろう。
何しろ、レベッカ達は王国と戦争をしているのだから。
崇拝する天使の危機を救うべく、長年貯め込んできた知恵と経験を使ってくれるものと期待しておく。
ちなみに、老魔術士の名前はヴァレリーと言う。
きっと明日には忘れていることだろう。
イザーブに関しては、とりあえずリリムに預け、従順になるまで虐め倒してもらう事にする。
厄介な事に、第六階位ともなるとフルパワーの天使は想像以上の力を発揮し、俺でも抑えられるかどうか分かったものじゃない。
今は衰弱しているので何とかなっているが、回復すれば拘束具を引き千切り襲い掛かってくるのは必至。
説得には応じる気がないうえに、隷属化する事も出来なかった。
そして何より、かなり俺の事を怨んでいるようなので、もはや矯正するしかないだろうという結論である。
今回起こった戦いの傷は深い。
俺が作った金属人形も大破していた。
憑依降臨していた魂の方はまるで何ともないようだが、外部装甲の巨大アームドベースは原型をとどめておらず、その中に収まっているこの機体の中核ともいえる人型の金属人形も自力で動く事が出来ないほど破損していた。
という訳で、修理という名を借りた魔改造を行う事にする。
以前から考えていた声帯機能も大凡の構想は出来上がっており、後はいつ実行に移すかだった。
ただ、身体は金属人形だとしても中には魂が入っているため、おいそれと裸にひんむいたり分解したりする訳にはいかない。
当然、相手の同意を取れば良いだけなのだが、よく考えたら目は付けても耳は付けていなかった。
それ以前に、人の魂が入っているとは限らないし、文字を書いて見せても読めるとは限らない。
だから口実が必要だった。
修理しなければならないという口実が。
鼻歌交じりに金属人形へとハンマーを撃ち降ろし、壊れた部分を潰して火にくべインゴットへと変えていく。
人体では出来ない修理方法だが、金属人形ならばそれでも問題無い……筈だ。
新しいパーツを作って継ぎ足すだけだとどうも別物として扱われるらしく、金属人形君ははその新パーツを動かせなかった。
どうやら金属人形に魂が定着した際、その時にあった部分しか身体として認められなかったらしい。
故に、ちょっと純度は落ちてしまうが、身体の一部を拝借し真新しい金属と混ぜ合わせておニューの身体を作っていった。
結果、動かす事は出来たみたいだが、予想通り以前の様に自由自在とに動かせるいう訳ではないらしかった。
そして完成したニューマシン。
……の、中核であるフルリメイクカスタムされた金属人形君。
外部装甲の復元と改良は後回しにして、まずは声帯機能のテストを行った。
まず最初に金属人形君が喋った言葉は「にーちゃん!」という言葉。
続いて分かったのは、言葉使いからたぶん男性だということ。
それも元気はつらつな犬っぽい子供の男の子。
名前はビックスらしい。
そしてここが肝心なのだが、彼は俺の事を知っていた。
その瞬間、蘇った記憶。
同時に襲い掛かってきた強烈な吐き気と、悪夢のような絶望感、全てを壊したくなるような憎悪の塊。
気が付いた時、数日が経過していた。
どうやらあまりのショックで気を失ったらしい。
目が覚めると憔悴しきっているアクアと、無機質な金属人形であるビックスが側にいた。
それから俺は一心不乱に人形を作り続け、降臨召還を行い続けた。
ビックスの魂がここにあるという事は、あの時死んだ子供達の魂ももしかしたら俺の側にいるかもしれないからである。
魂の冒涜だと言われても構わない。
俺は成仏できないでいる子供達の魂を、人形に降臨させていった。
その結果、カリーちゃん、クリス、そしてポッポの魂を救い出す事が出来た。
そして俺達は再び出会えた事を涙を流して喜ぶ。
幸いな事に、3人プラス1匹はあの時の記憶を持ち合わせていなかった。
もしかしたら俺と同じ様に記憶を失っているのかもしれないが、そもそも魂はどうやって記憶しているのか謎すぎる話ので、適当にスルー。
但し、あの時何が起こり、どうして死んだのかは今の内にしっかり説明しておく。
自分が一度死んだ事を認識させた上で、これから人ではない謎の生命体となって生きていく覚悟があるかを3人プラス1匹に問う。
帰ってきた答えは、俺の側にずっといたいという言葉だった。
嬉しくて俺はもう一度泣いた。
余談だが、降臨召還は合計で1000回ほど行った。
鶏もどきのポッポの魂まで降臨してしまったように、人に限らず動物でもモンスターでも魂ならば早い者順で人形に入ってくる。
そのため、謎の魂が降臨した場合には片っ端から人形を焼いて浄化させていった。
なかには俺の知り合いだと言いはる者もいたが、名前を聞けばだいたい分かるので問題にもならない。
浄化は聖女ゴブリンとなっていたエルデに行ってもらった。
そんな感じで、俺の人生はどこまでいっても波乱が待ち受けていた。
その後は、レベッカ達が勢い余って王国を滅ぼしてしまい俺が王位につく羽目になってしまったり、他国との戦争に明け暮れながら次々と襲い掛かってくるモンスター達を千切っては投げ千切っては投げ。
配下に天使と魔族を抱えているため、当然そっち系のちょっかいもあった。
遂には北の地で静観を決め込んでいた魔王が重い腰をあげ魔族との全面戦争となったり、歪神アズリを嫌う神々が差し向けてきた勇者やら英雄やらを返り討ちにしつつ、歯向かった女性達は罰として片っ端から美味しく頂いてみたり。
その中にユキさんとミントちゃんがいて感動の再会を果たすも、ユキさん達は抗えない運命にその身を縛られており、泣く泣く討ち取る羽目になった。
それに比べれば、いつの間にか感情を取り戻していた女騎士グレイアが謀反を起こすという事態や、天使達の軍勢が俺を世界の敵として討ち取りにきたため老魔術士ヴァレリーが反旗を翻したというのは些細な事だろう。
その先には神々との最終戦争が待っており、この世界のラスボスとして立ちはだかった歪神アズリが時間と空間をねじ曲げ、この世界に送り込まれてきたばかりの俺が持ち合わせていたあらゆる可能性、未来のその果てに存在する俺を喚び出すという荒技を披露してくれた。
そして舞台はこの世界の外へと移る。
女神……その悪しき存在は、俺の様な無力な一般人に適当な嘘を吐いて力を与え、数多ある世界へと送り込み世界を混沌化させて楽しんでいた。
全ての元凶たる女神を討つべく、俺は世界の理を越えた存在へと進化する。
女神を倒したとて、俺にはきっと平穏な日々はやってこない。
そんな確信めいた予感にげんなりしつつ、俺はこれからも戦い続けるのだろう。
緩やかに滅亡してゆく世界、その果てへと向かいながら。
本作品はこれにて終了となります。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




