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滅亡世界の果てで  作者: 漆之黒褐
第3章
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帰宅

 戦いは終わった。


 キロスの街は火の海に包まれ半壊し、多くの命が失われていった。

 その引き金を引いたのは、俺……という事にきっとなっているのだろう。

 完全に濡れ衣という訳でもないのだが、弁明した所で結果は見えている。


 あの後レベッカから剣を借りた俺は、合流した馬のエドガーに軽く食事をさせた後、後始末をするべくエドガーに乗ってキロスの街を飛び出した。

 その道中、前方にやたらとでかい虎の群れがいたが、能力(アビリティ)〈気配隠し〉〈看破無効〉を使って排除。

 別に虎は無視しても良かったのだが、どうやら西の森に向かっているみたいだったので、不慮の事故が起きる前に片付けておく事にした。

 だって虎だし。

 串焼きの食事効果で超絶パワーアップしてる今なら兎も角、素の状態で出会ったらピンチでしかない。

 経験値稼ぎにもなるし、全部倒しました。


 まぁ、もう一つの理由としてクエストが発生したからだが。

 報酬は《徳》が200と《ポイント》が5だった。

 よほど迷惑な行為を繰り返していた虎集団だったらしい。


 虎の群れを退治した後は、目的の空飛ぶ火蜥蜴もスパッと斬って目的達成。

 事前にいっぱい血を見ていた事でちょっと興奮してしまい色々口走ってしまったが、エドガー以外は誰も聞いていないので無問題だ。


 それにしても、食事効果半端ない。

 手の込んだ料理や手間暇が掛かっているほど食事効果がアップするのは分かっていたが、今日作った串焼きの食事効果は想像以上だった。

 たぶんあれはタレの影響だろう。

 タレ自体が鰻タレみたいに継ぎ足し継ぎ足しで年季が入っていたとか、数十種類の調味料を使っていたとか、秘伝のタレだったりしたのかもしれない。


 とはいえ、他人の作ったタレを使うだけだと俺の作る料理にその手間暇は食事効果に上乗せされない。

 やはりタレ同士を組み合わせたのが肝か。

 後からスキル一覧を見てみると〈調合・基礎〉という技術(テクニック)が追加されていたのもちょっと怪しい。

 料理なのか調合なのか錬金術なのか本当に訳が分からなくなっている俺の料理。

 効果の程を確認する前にお裾分けしたのはちょっと不味かったかもしれない。


 しかし……どうするか。

 結局、エデルという名のゴブリンは見つける事が出来なかった。

 正確に言えばエルダーマインゴブリンのエデルなのだが……いや、エルデだったかな?

 まぁ名前などどっちでも良い。

 それらしい存在を俺は見つけられなかった。

 そのまま街が火の海に包まれ、ゴブリンがいるという話を聞いた奴隷商の店も業火に包まれ全焼してしまった。


 そんな訳で、俺は今エドガーに乗って憂鬱な気分で森の中を移動中である。

 エルデを探し出し助け出す事が出来なかったという事は、ゴブリン達との全面戦争を意味する。

 囚われの姫君……じゃなかった、奴隷のアクアを救い出すために今一度俺無双しなければならなかった。

 正直、最初からその選択肢を選んでいれば良かったと思うのだが、既に後の祭りだ。


「兎に角まずは戦闘準備だな。エドガー、家まで頼むぞ」


 森は大自然の迷路なのでエドガー任せで進む。

 ちょっと暇だったので、今回の旅で色々と荷物内容が変化してしまっている〈アイテム空間〉の中身を整理し始めた。


 最初は縦2メートル横幅と奥行き1メートル程度の広さだった便利な異空間は、荷物を出し入れする事で経験値が増えて徐々に大きくなっていき、今は倍ぐらいの容量となっている。

 それ故に、区画分けのための仕切り板も時々メンテして交換やら組み替えする必要があった。

 ぶっちゃけ、結構めんどい。

 なんでゲームみたいに容量無限で一覧リスト付きとかの仕様にしてくれなかったのだろうとたま~に愚痴りたくなる今日この頃。

 今は周りに誰もいないので、気兼ねなく〈アイテム空間〉をフルオープン。

 目の前の空間に〈アイテム空間〉の一面を繋げ、まるまる内部を見える様にする。


「……っ!?」


 そしたら、素っ裸の美少女が何故か〈アイテム空間〉の中にいた。


「は?」


「っ! っ!」


 全く予想していなかった眼福に、呆気にとられる俺。

 それに対し、全裸の少女は慌てて近くにあった服を掴んで身体を覆い隠す。

 そして、服の向こう側に消えた少女の質量がまるで手品の様に忽然と消え、服がパサッと落ちた。


 しばし固まった後、恐る恐る手を伸ばして服をどける。

 分かっていたが、そこに少女の姿はどこにもなかった。


「御前は確か……ホノカだったか?」


 代わりに、怯えた様子でお尻をこっちにむけて頭を抱えている子栗鼠の姿がそこにはあった。


 そう言えば、と思い出す。

 アクアがゴブリン達に捕らえられた後、エドガーに乗り森を疾走している時に確か子栗鼠が一匹、一緒に付いてきてしまったんだったか。

 その後グレートハイドバロックに襲われたので子栗鼠は俺の胸ポケットに逃げ隠れたのだが……。

 そうか、そのまま俺は子栗鼠の事をすっかり忘れてしまったので、着替えた時に服ごと〈アイテム空間〉に放り込まれてしまったのか。


「この中にいて良く今まで生きていられたな。丁度運良く時間の流れがゆっくりの時だったのか?」


 そう問いかけながら子栗鼠の身体を掴んで目の前に持ってくる。

 俺にしてみれば小さな動物を愛でている気分なのだが、ホノカにとっては巨人に鷲掴みにされて今にも喰われてしまいそうな心境なのだろうか。

 子栗鼠は物凄く怯えて震えていた。

 数日前まで同じ家に一ヶ月近く一緒に暮らしていた筈なのだが、これまで全く見た事のない恐慌状態。


「……ああ、忘れていた。この目が怖いんだったか」


 森を出る時に俺はエドガーを隷属化させた。

 その際に、魔王の因子とでも言えば良いのか、才能:魔王のスキルを使用した事で右目がまた赤く輝いてしまっていた。

 そのままずっと街中で指摘されるまでその事に気付かず、色々と余計なトラブルを招いてしまった訳だが、どうせだからそのままにしておくかと思い、今の今まで赤いままにしていた。


「これならどうだ」


 赤目を元に戻すのはいつでも出来る。

 手間も別にかからない。

 アクアの力を必要とする訳でもない。


 瞳の色を元に戻すと、子栗鼠の震えが止まった。

 やはりこの目がいけないらしい。

 邪眼の隠し効果でも付いているのだろうか。


「とりあえず、人型になってくれるか?」


 このままでは会話が出来ない。

 俺の要望に子栗鼠が少しだけ考える。

 少しして子栗鼠が俺の腕の中でんんんんっと何やら一生懸命に力む素振りを見せ、その後まるでポンっという擬音が鳴りそうな感じで変身する。

 その瞬間、全裸の獣美少女が眼前に現れ、そのまま空中であたふたと慌てたあと俺に抱き付いてきた。


 ……というか、何で準人型タイプのバージョン3なのだろう。

 要所要所が毛皮で隠されている半獣半人タイプのバージョン2になれば良いのに。

 まだ子供だから変身が上手く出来ないのだろうか。

 眼福眼福、子供の身体は柔らかくてスベスベしてるなー。


 それはそれとして、そのままだと寒いし風邪を引いてしまうので適当に服を着せてやった。

 ぶかぶかサイズのシャツ1枚を着たホノカが、エドガーの上で俺の前に座る。

 お尻から出ている尻尾がちょっと邪魔だった。

 色々刺激してくるし……。


「それで? 何で御前が動物の姿になって俺の家で暮らしていたのか説明してくれるか?」


 しかしホノカは何も答えてはくれなかった。

 頭を撫でたりして甘やかしてみたが、何も喋ってくれない。

 そのまま暫く訝しんでいると、困った顔をしたホノカが口をパクパクさせて何かを訴えてくる。


「……ああ、喋れないんだったか」


 変身してもらった意味なかったな。











 ホノカの処遇は保留にして、今度こそ〈アイテム空間〉の中身を整理する。

 完全隔離している金庫エリアはそのままで、まずは小物エリアと時間劣化しない素材エリアを一通り確認して再整理整頓。

 脱ぎ散らかした感じに積み上がっている防具一式をホノカと一緒に一つ一つ丁寧に折りたたんで部位ごとに纏め、その際にフレイムリザード・ワイバーンの爪に引き裂かれてしまった強絹糸の網篭手を廃棄予定品エリアにポイ。

 ブレス攻撃を受けたアークシルクジャケットと、レベッカに穴を開けられた鎖帷子も一緒に放り込んでおく。

 家に帰れば多少品質が落ちるが代わりの防具が手に入るので捨ててもまったく問題ない。

 まぁたぶん分解して再利用すると思うが。


 防具整理の後は武器の手入れを行う。

 大量の血を吸った事で禍々しくなった凶剣フーランルージュをホノカに見せると、馬の上なのに器用に背中へと回って思い切り抱き付かれた。

 苦笑しつつ、フーランルージュから血油を油取り用の拭い紙で拭き取り、打粉――砥石の微細粉を紙でくるみ、更にその上に綿と絹でくるんだもの――をポンポンと。

 その後もう一度刀身を打粉取り用の拭い紙で拭き取り、最後に油塗紙で錆防止用の油を塗って手入れ終了。

 一際妖しくフーランルージュの刀身が輝きましたとさ。


 フーランルージュに鞘は無いので、専用で作った木製の立て掛けに立て掛けて次の武器の手入れに入る。

 串焼き料理を作った際に使った石包丁・薄刃Ψ菜刀の手入れをサササッと終わらせ、本命の木小薙刀2本を手に取る。

 無茶な使い方をしたせいで、もはや刀身はボロボロだった。

 斬れない事はないが、これ以上酷使させるといつ折れてもおかしくない。

 変幻自在のユニーク武器として色々楽しませてくれた武器だったが、名残惜しいが廃棄予定品エリアへと移動させる。

 最後は釜に放り込んで、新しい武器を作る際の火力として役に立ってもらう事としよう。

 もしかしたら武器の魂が移ってくれる……かも?


 最後は戦利品の整理。

 グレートハイドバロックの肉には所々囓られた跡があった。

 この〈アイテム空間〉内でホノカがいったい何日過ごしていたのかは、当然のことながらホノカ本人に聞いてもまるで答えは返ってこない。

 ただ、囓られた場所の数からだいたいの予測は出来た。

 そんなに日にちが経ってなくて良かった良かった。


 しかし……栗鼠って確か草食だったような。

 肉食じゃないのに生肉を食べられるのは、やはり獣人族だからだろうか。

 それとも雑色?

 とはいえ美味しかったかと聞いたら思い切り首を横に振られたので、家に帰ったら美味しい御飯を食べさせてあげるとしよう。

 キノコ料理とか、種子たっぷりのホワイトシチューとか。

 今現在の俺の得意料理だ。

 デザートのプリンも付けるとしよう。


 時間の流れが現実と一致していない〈アイテム空間〉の中に生物を入れておくといきなり腐ったりするので、グレートハイドバロックの肉と皮と骨は一度外に出し、エドガーに引かせている荷車に乗せる。

 既に荷車の上にはフレイムリザード・ワイバーンの亡骸と巨大な虎の中で一番大きかった奴の亡骸が乗っていたが、まだ積載スペースに余裕があるので問題ない。

 むしろ懸念しているのは、エドガーの食事効果が家に着くまで続くかどうかだった。

 まぁもし食事効果が切れたらグレートハイドバロックの肉を調理して食わせれば大丈夫だろう。


 肉系はだいたい力や体力などが上がる。

 それほど強くないモンスターの肉でもタレ次第では恐ろしいほどの効果が現れる。

 ならば肉のグレードをあげれば効果も上がる筈。

 タレは流石に持ってくる事が出来なかったので、アクア救出作戦の遂行時にはフレイムリザード・ワイバーンの肉を使ってみる予定だ。

 ただ……肉によっては強壮剤の効果だったりする事があるので、そうでない事を祈る。

 アクアがいない今、その有り余る力の矛先は……。


「?」


 それが一番楽な状態なのか、子栗鼠モードとなったホノカがエドガーの頭の上で俺の方を見て小首を傾げる。

 ホノカがここにいるという事は、他の3人ももしかしたら……。

 森に住んでいる動物達だと思っていたあの居候達は、実は全員が……。


 整理整頓も終わりやる事も無くなったので暫しの間物思いに耽っていると、いつの間にか目の前に家の玄関があった。

 どうやら着いたらしい。

 エドガーが降りろ降りろと言わんばかりに身体を左右に揺らして催促していた。

 いや、早く美味い飯を作ってくれとでも言っているのかもしれない。


 ホノカを肩に乗せてエドガーから降りる。

 すぐにエドガーは喉の渇きを癒すためにか川の方へと向かっていった。


「そんなに日にちが経っていないのに、何だか久しぶりに家に帰ってきた気がするな」


 そんな事を呟きながらドアを開けると、いつもならば森の動物達によって占拠されているホールに大量のゴブリン達がいた。


 ――あれ?

 準備時間も無しにいきなりゴブリン達と大乱戦スタートDEATHか?

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