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滅亡世界の果てで  作者: 漆之黒褐
第3章
48/52

 天空に浮かぶ蒼き大海には、白波の如く打ち寄せる雲の姿と、その連なる雲波を突き破る一匹のモンスターがいた。

 広大なる空、その更に上へとモンスターは向かい、姿を小さくしていく。

 点となり、雲の影に消える。


 屋根に上りつつ、空を飛んでいる討伐対象――リザード系モンスターの亜種、フレイムリザード・ワイバーンの様子を眺めていた俺は、一瞬安堵した。

 このまま何処かへと消え去ってくれればいい。

 もう気が済んだだろう、だからそのまま帰ってくれと願う。


 屋根に上って少しでも対象に近づこうとしたが、ハッキリ言って飛び道具が無いとやってられない相手だった。

 生憎と、アクア用の装備として作ったコンポジットボウはアクアに渡していたのでたぶん家に置きっぱなしだし、アーバレスト改はアクアが装備していたので当然〈アイテム空間〉の中には眠っていない。

 他に飛び道具となりそうなものは、銭投げ要領でお金を飛ばすぐらいか。

 だったらその辺にいっぱい落ちてる石やら瓦礫を投げればいい。


 空を飛べるという事は、それだけで大きなアドバンテージとなる。

 炎のブレスを吐けるのであれば尚更、地に足を着けて暮らすしかない者達には脅威だ。

 それに高さは力へと変わる。

 重力を味方に付けて速度へと変え、速度を力として振るえば人一人を吹っ飛ばすなど容易い事だろう。


 空飛ぶリザードは、それを知っていた。


「くるぞ」


 再び闇に隠れたセツナから警告の言葉が放たれる。


「分かっている」


 空に向けた瞳を細め、その姿を確認する。

 知恵ある蜥蜴は、翼をたたみ急降下体勢にあった。


 3メートルを越える巨躯が一陣の矢となり空から振ってくる。

 目測で落下地点は街から大きく外れていた。

 それが隕石であれば安堵した事だろう。

 だが、生命持つ存在がそのまま地面にぶつかる筈も無く、空飛ぶリザードは地面にぶつかる前に翼を開き進路を変える。


 超高速で飛来したリザードは、地面すれすれの低空を滑空し街の中へと突入。


「くっ」


 超高速で飛び去っていった後には、少し遅れて音が耳に届き、更に遅れて荒れ狂う風の暴力が襲い掛かってきた。

 ソニックブーム。

 その余波で街は横一線にダメージを受け、人と物とが仲良く空に舞う姿を俺は目にする。


「あれは直撃したくないな」


「まともにぶつかれば木っ端微塵だろう」


 街を通り過ぎると滑空から上昇へと進路を変え、速度を高さへと変える。

 後ろ向きに旋回した後、半円を描き頂上を越えた辺りで向き直り、翼を羽ばたかせ再度街へと侵攻を開始。


「いくよ! 着いてきな!」


 炎の海を吐き出し始めたリザードに向けてレベッカが屋根伝いに疾走、跳躍。

 リザードの飛行速度と進路、その場所に至るまでのこちらの移動速度と距離とを勘で計算したレベッカの後ろに、俺も続く。

 屋根の上を走って飛び跳ねる。

 最初はちょっとおっかな吃驚だったが、すぐに慣れた。

 慣れるとかなり爽快な気持ちになれた。

 これが忍者か……と明後日の感想を抱く。


「私は左から行く! サイはこのまま真っ直ぐ行きな! セツナは右からだ!」


 返事をする前にレベッカが加速、屋根から降りて地面を走る。

 俺を置き去りにしてあっと言う間にいなくなったレベッカに、後ろを振り返るもセツナの姿は当然無い。

 空飛ぶ敵への攻撃手段を俺は持ち合わせていないというのに、このまま近づいてどうすれば良いのか。

 向こうから降りてきてくれる事を祈って、とりあえず進む。


 レベッカが地面に降りたのは、リザードが俺達の正面から左の方向へと進路を取っていたからである。

 つまり、横切る相手に対しレベッカは正面から相対する道を選んだため、屋根伝いだと発見され逃げられるかまとめてブレス攻撃を受ける可能性があったからだ。

 リザードの左側面から襲い掛かる俺も勿論その可能性はあったが、主力がレベッカならば俺は囮として十分に機能する。

 必殺の不意打ちを得意とするセツナが右から……つまり背後をつくというのも、戦術的に間違っていない。


「行くしかないか」


 覚悟を決めて、手元に残っている二振りの武器を握る。

 右手に、木小薙刀・静型Ψ陽之御前。

 左手に、木小薙刀・巴型Ψ陰之御前。

 リザードの堅い鱗に対し、複合素材の木製武器が役に立つのかは半信半疑だが、無いよりはマシだ。


 ただ、せめて主武器としていた木太刀・Ψ村月および木小太刀・Ψ正光を持って相対したかった。

 その二振りであれば、貯めの時間は必要だが飛ぶ斬撃〈風の太刀・疾/零式〉を放つ事が出来る。

 飛距離は短いが、間合いがまるで変わるし武器破損にも繋がらないので、放った後の隙を無視すれば十分有効打になる。

 無い物強請りだな。


「くらいな!」


「おおっ……」


 そうこう考えているうちに、いち早く戦場へと辿り着いたレベッカがリザードに斬り掛かった。

 教会らしき建物、その最も高い位置にある鐘楼台の壁を垂直に駆け上がり飛翔。

 アクロバティックな軽業を見せ一気にリザードの上を取り、両手で握る呪いの大剣フーランルージュを勢いよく撃ち降ろした。


 斬るというより撃つ。

 その赤く燃える斬撃がリザードを強襲。


「サイっ!」


 予想すらしていなかったのだろう、まともに奇襲を受けたリザードが高度を大きく落とした。

 そのまま地面まで一直線……そう願いたかったが、リザードはすぐに羽ばたき姿勢制御。


「任せろ!」


 攻撃が届く高さまで落ちて来たリザードに、今度は俺が下から強襲。

 刺突には向かない武器だが、陽之御前を突き出し、堅い鱗の無い場所……生物の弱点の一つである瞳を狙う。

 疾く奔った切っ先は狙い違わずリザードの左目へと吸い込まれ、永遠に光を奪い去った。


 猛烈な痛みにリザードが咆える。

 その咆吼が風と衝撃波を生み、俺の身体が吹き飛ばされた。

 強制的に眼穴より引き抜かれた陽之御前から緑色の血が飛び散る。

 血飛沫の先に、怒れるモンスターの瞳が俺をとらえていたのを見た。


 悪寒が走り、咄嗟に腕をクロスして防御。

 薙ぎ払われた五指の爪牙が強絹糸製の網篭手の防御を突き破り、肉を削り取っていったのが分かった。

 巨躯から繰り出される攻撃には、さしもの強絹糸製装備でも防ぐ事は出来なかった。


 それはつまり、少なくともこのリザードは鉄すらも容易く削り取る攻撃力を優に備えているということ。

 強絹糸製装備で身を固めている俺ですら当たり所では即死なのだから、俺よりも軽装のレベッカやセツナも同じ道を辿る事は明白。

 あの攻撃を受け止める事が出来るのは、恐らくレベッカの持つフーランルージュのみ。

 腰に下げている双剣でも破壊される事は無いだろうが、受け止めれるかどうかは微妙。


 地面に落ちるまでの間にそんな事を考えていた矢先に、強敵出現に嬉々とした笑みを浮かべたレベッカがフーランルージュでリザ―ドの爪撃を撃ち払っていた。


「真っ正直に攻めるのはリスクが高すぎるか」


 落下した俺の直撃を受けてぶち壊された木箱の山から抜け出し、ダメージを確認する。

 腕の傷より背中が痛かったが、動きにはまだそれほど支障は無かった。

 戦闘は続行可能。

 が、別の理由から現段階での加勢は見送る。


 飛んでは跳ねて襲い掛かるレベッカと、敢えて高度を下げたまま応戦するリザード。

 炎のブレスによる攻撃がレベッカを包み込むが、レベッカはそれをものともせずにフーランルージュを一閃。

 業火が真っ二つに斬り裂かれる。

 その炎の間からレベッカが突っ込む。

 リザードは両翼を羽ばたかせ、その風で炎を荒らしレベッカを包み込もうとするが間に合わず。

 だが風はレベッカの突進力を殺し、同時にリザードは高度を得たため、フーランルージュは届くことは無かった。


 フーランルージュが空を斬り、置き土産に火焰の刃が走る。

 まるで歯牙にもかけず、リザードは落ちるレベッカを追って自身も落下を開始。

 分厚い鱗で火焰の刃が蹴散らされ、重力を味方に付けた爪牙がレベッカの身に迫る。


 巨大質量を武器に襲い掛かるリザードの前方には、迎撃の選択を選んだ戦士が立っていた。

 俺も大概常識から外れた存在だが、レベッカもやはりと言うべきかまともな部類からは外れている事を改めて確信する。

 あの巨体を相手に一歩も引かない姿勢はちょっとぱねぇ。


「大丈夫か?」


 あのリザードを倒すための札を考えていると、どこからともなく声と刃が襲い掛かってきた。


「共闘するんじゃ無かったのか?」


 念の為、警戒していたのは正解だった。

 俺を心配するような言葉を投げかけながら奇襲してくるとは流石に思っていなかったが、服と兜の隙間を狙って振るわれた凶刃を間一髪で俺は受け止める事に成功する。


「隙あらば狩る。なに、あれに御前は倒された事にすればいいだけのこと」


「そんなに金貨100枚が欲しいか。いや、今ならもっと上がっているだろうな」


 3千万の次は1億あたりか。


「良いだろう。先に貴様との決着をつけてやる。背後を気にしながらあれと戦うのは自殺行為。障害は排除させてもらう」


「御前に俺の姿をとらえる事が出来るか?」


 セツナの気配が消える。


「俺は闇斬りのセツナ」


 気配は無くとも目の前にいるセツナが無音で刃を振るう。

 目にしか見えない攻撃が疾風の速度で向かってくる。


「真念陰刀流一刀剣術士の恐ろしさ、今度こそ御前に教えてやる」


「知るつもりは無い」


 陰之御前を真横に一閃。

 巨大な円弧を描き、防ぎにくいセツナの斬撃を一気に蹴散らす。

 だがその瞬間、セツナの姿を視界から見失った。


「厄介な」


 セツナはこのタイミングで俺の命を狙ってきた。

 それはつまり、レベッカがフレイムリザード・ワイバーンに倒されようが、街が炎に包まれようが歯牙にもかけていないということ。

 むしろレベッカが死んでくれる事をセツナは望んでいるだろう。

 となれば、機会が訪れるまでセツナは間違いなく闇に潜り続ける。

 その予想は、暫く待ってもセツナが襲い掛かってこなかった事から俺はそれを確信する。


 ならば俺の方も、済ませておきたい用事を先に片付けさせてもらうとしよう。












「まずは腹ごしらえでもするか」


 腹は減っては戦は出来ぬ。

 良く考えたら昼飯抜きだった。

 わざと隙を作って誘い出す意味も込めて、俺は移動する。


 向かう先は、朝飯として買い食いした屋台通り。

 敢えてセツナを振りきらんばかりに全力疾走。

 ものの数十秒で辿り着くと、そこは火の海となっていた。


 必至に消化活動を行う者もいれば途方に暮れて膝をついてる者、明確な目的地も無くただ逃げ惑うだけの者達、そして……火達磨になって倒れている者もいるという阿鼻叫喚の地獄絵図。

 通りに沿って炎のブレス攻撃でも受けたのか、その場所が朝に見た活気ある通りだったとはとても思えない悲惨な惨状だった。


 それならば好都合、購入交渉の手間が省ける。

 目的の物を探して通りを走った。

 道の左右に立ち並んでいる建物が炎に包まれる中、それはすぐに見つかる。

 幸いにして、朝に買い食いした店の一つであるその屋台はほぼ無傷の状態で残っており、店主は不在でも肉やタレはその場に残されていた。


 とりあえず、その屋台からまずは串に刺さった肉の一つを手に取り、そこらかしこに存在する火で炙る。

 こういう時、熱耐性を持っている装備を着込んでいるというのは役に立つ。

 火の粉がたまに降りかかるが何のその。

 すぐに肉からじゅわじゅわと肉汁が滲み出て、空きっ腹に食欲を誘う香ばしい香りを放ち始める。

 肉欲に負けて唾液が多く分泌。


 まだレアだったが、もう待てない。

 まずは一口、いただきます。

 お腹が空いていたので肉切れ一つでも活力が大いに漲った。

 空腹は最高の御馳走とは良く言ったもので、味付けも何もしていないモンスターの肉でも、思わずうまいと思ってしまった。


 元気を取り戻した事で、足が次の屋台へと向かう。

 さっきの屋台で使っていたタレは買い食いした時に俺の舌にあわなかった。

 肉質はそこまで悪くないのにタレで損していた。

 だから、タレを探して通りを走る。


 こんな時にいったい何をしているのだと思うかも知れないが、これは必要な事だ。

 腹は減っては戦は出来ない。

 空腹のままあのフレイムリザード・ワイバーンと戦っても勝ちは見込めない。

 ついでに、食べるなら美味しい肉が絶対に良い。

 これは勝つための戦略だ。


 次なる目的地であるタレが美味しかった屋台が視界に入ると、突然に横道から投げナイフが飛んできた。

 いったいどうやってこのタイミングを計ったのか、ドンピシャで俺の首筋目掛けて飛来した凶器。

 しかし、さっきの焼き肉で空腹を若干満たし集中力を高めていた俺は、難無くその投げナイフをキャッチする。

 否。

 つい強く握りすぎて、そのまま砕いてしまった。

 ちゃちな武器とはいえ、折角の武器を手に入れられなかったのをちょっと残念に思う。


 だが、今は先に食欲を満たす事に意識を傾ける。

 目的の屋台は紅蓮の炎に包まれていた。

 が、その炎の中に突っ込むとまだタレの入った容器は無事だった。


 早速そのタレに肉を付けようとしたが、その屋台で扱っていた肉は全て火に包まれ炭と化していたため断念。

 仕方なく、隣で生き残っていた店から茄子らしき巨大野菜を手に取り、石包丁・薄刃Ψ菜刀で一閃。

 スライスした茄子をタレに付けて、火で炙ること少々。

 また口の中に唾液が溢れだしてきた。


 ゴクッと喉を鳴らして唾液量を調整した後、焼き茄子に喰らいつく。

 うまい。

 ちょっとタレを浸けすぎた感が否めなかったが、とても美味だった。

 疲れが吹っ飛び、身が引き締まっていくのが分かった。


 同じ過ちを繰り返さないように幾つか野菜を手に、次なる屋台へと向かう。

 さっきの屋台で扱っていたタレは美味いのは確かだが、少し大味気味だった。

 それ故に、味を引き締めて整えるために、もう一つ目をつけていた屋台のタレの入手に走る。

 道中、またセツナが不意打ち攻撃を仕掛けてきたが、腕の一振りで軽く蹴散らす。

 わざわざ隙を作っているのはセツナにバレバレだったが、それでも万に一つという事があるためか条件が整うとセツナは攻撃を仕掛けて来る様だった。


 そんな外野の事はさておき、3件目の屋台に到着。

 燃え尽きていた。


 だが、問題無い。

 その屋台は、すぐ後ろにある肉屋が客引きも兼ねて出している屋台である。

 後ろの肉屋が無事だったので、タレも無事な筈。


 そう思い肉屋の店内に入ると、丁度強盗にあっている真っ最中だった。

 3人組の少年達が口をマスクで覆い、割烹着姿の中年女性にナイフを突きつけている。

 その近くでは背中をナイフで刺され俯せに倒れている中年男性の姿があった。


 悪・即・斬。

 問答無用で首を3つ刎ねた。

 相手が男なら俺に容赦は無い。


 発射台からペットボトルロケットが飛び立つように、生首が血飛沫をあげながら飛ぶ。

 夫が殺されて既に精神がギリギリだったからだろう、遂に精神許容量を越えたのか、その光景を目の当たりにしたうえに血のシャワーを浴びた中年女性は泡を吹いて気絶した。

 念の為、呼吸と脈拍を確認。

 男性の方もまだ息をしていた。

 背中のナイフを引き抜くと刃はほとんど刺さっておらず、血も吹き出てこない。

 おでこを見るとタンコブが出来ていたので、そっちが気絶した主な原因か。


 2人とも命には別状無しという事で一安心。

 多少心苦しいが、店の奥に入って目的の肉とタレを入手する。

 一応、女性の手に代金を握らせて、これは決して窃盗じゃないと強調しておく。


 肉、野菜ときたので、今度は肉を食べよう。

 入手したばかりの肉とタレを使い、バーベキュー。

 肉汁よりも多くの唾液が口内に溢れ出てくる。

 空腹は敵だ。

 思わずまたレアのまま肉にかぶりついてしまった。


 うむ、うまい。

 世界が広がるような感覚に満たされた。


 俺が焼いた肉はやはり美味しい。

 この肉屋の屋台で出す串焼き肉はウェルダム並かそれ以上に焼きすぎだったので、そこで大きく損をしていた。

 注文を受けて焼くスタイルではなく、焼き続けて客が現れたら即売りのスタイル。

 肉屋なのに肉の扱いが明らかに下手だった。

 もしくは、焼きすぎの肉が大好きな売り子だったか。


 さて、食材は揃った。

 次は炭の入手。

 ただ燃えているだけの赤火を使って焼くよりも、炭の大火力で焼く方が美味しくなる。

 それに、周囲で燃えている火は燃やしているものがものだけに煙も発生し、肉を不味くする。

 煙で燻して干し肉を作るなら兎も角、焼き肉に煙は不要。


 そんな訳で、最後の目的地へと向かう。

 炭を使って肉を焼いていた屋台が一件だけあった。

 料金もその分高くなっていたが、その屋台の店主はこの通りで売っている串焼き肉屋の中では間違いなくトップクラスの腕の持ち主。

 焼いている所を見ても、見事という他なかった。

 ただ、いかんせん扱っている肉の種類と質が悪く、更にタレがまるで肉とマッチしていなかった。

 肉を焼く才能は持ち合わせていても、味音痴か料理下手だったのだろう。


 天は二物を与えず。

 生きていくだけで背一杯、才能を育てる機会も伸ばす機会も中々持てない下の者ほど、そういう傾向が強い。

 才能は、平民2つ、商人4つ、貴族5つが基本。

 例えその屋台の店主が冒険者としての過去を持ち合わせていたとしても、ピンポイントで料理関係の才能を持っている可能性は高くない。

 焼くのが上手だったということは、以前は炎の魔導士としてそれなりに名を馳せていたのかもしれない。

 本人がいないので確かめる術はないが。


 炭が手に入ってもまだ肉は焼けない。

 面倒だが、焼くための環境が必要だ。


 という訳で、適当に石を集めて即席の石釜戸を作り上げる。

 次に肉を置くための鉄網が欲しかったが、そんなものを扱っている屋台はどこにも無かった。

 なので、肉に串を刺して串焼きスタイルを取る。

 石包丁で手頃な大きさに肉と野菜を斬り、串へと刺していく。


 食材の下ごしらえが出来たら、今度はタレの調合。

 割合は7対3ぐらい。

 出来たタレに串肉を突っ込み、数秒待つ。

 タレから引き抜き、よくタレをきる。

 ちょうどよく石釜戸の方も準備が出来たので、順番に並べていった。


 ジュージューといって串肉が焼けていく。

 食欲を大いに刺激する香ばしい香りが周囲に立ち込み始める。

 時折ひっくり返したり、タレを塗って味を染み込ませること数分。

 前座としての野菜串を全て食べ終えた頃、本命の串肉がようやく完成した。


「儂にも1本いただけるかな?」


 早速、串肉に食らいつこうとしたら、どこかで見た事のある無精髭の男性が現れた。

 どうやら臭いにつられて来たらしい。

 別に断る理由も無かったので、1本銀貨1枚で売ってやった。


 流石に高すぎると思ったのか、男は最初お金を出すのを渋っていた。

 だが、俺がとても美味そうに串肉を食べる姿を見て、抗議の声をあげてくる腹の虫に遂に根負けしたのか、意を決して懐から銀貨を取り出す。

 その時、石釜戸に並べられていた串焼きは、最後の1本となっていた。


「こ、これは……!?」


 肉にかじりついた瞬間、顔色を変えた男は放っておいて、手早く後片付けを済ませて出発。

 お腹の虫を駆逐した後は、武器の入手に走る。

 武器性能は自前の方が明らかに良いのだが、強度の面でどうしても問題が出てくる。

 あと、間合いがもっと欲しい。

 故に、弓などの射撃武器、ハルバードなどの長物、鉄バッドならぬ鉄棍棒あたりを探して色々と店を回っていった。


 それと、防具を一新する。

 防御重視の重量装備から、軽装の動きやすい格好へとフォームチェンジ。

 フレイムリザード・ワイバーンの攻撃が防御出来ないなら、回避するしかない。

 兜を仮面に、アークシルクジャケットと鎖帷子を脱いでシルクシャツだけに、ズボンもアークシルクからシルクへと変える。

 網篭手は指貫きに、脛まである厚底ブーツは脛下までのブーツにする。

 ただ、そのままだとブレス攻撃に抗えないので、ブレス対策用にマントを身に着けた。


 これで準備は完了。

 屋根の上にあがり、敵の姿を探す。

 戦闘音はずっと聞こえていたので、レベッカはまだフレイムリダード・ワイバーンに殺されていないと確信していた。


 しかし、最初に俺の目に映ったのは……。












「オオオオオオオオオッ」


 執拗に攻撃を仕掛けてくる敵に対してフレイムリザード・ワイバーンが咆吼を放つ。

 自身が絶対的な強者である事を自己暗示し、弱者である敵を圧倒するためにフレイムリザード・ワイバーンは力の限り咆えた。

 物理的な破壊すら伴うそれは弱き者ならば身を震わせ時に気絶させる。

 生物としての格の違いを自他共に知らしめ、心身共に深く刻み込む。


 衝撃による攻撃と精神に作用する攻撃の2つの特性を持ったそれは、迫り来る敵に対し確かに効果を発揮し、一時的にその動きを止めた。

 だが、それだけ。

 有効範囲内にたまたまいただけの一般人達の大部分が怯み、立つ事すらままならなくなっているというのに、最も効果を発揮して欲しい相手にはほとんど効いていなかった。


 真正面から近距離で浴びせかければ大概の生物はそのショックで行動不能に陥れる自信をフレイムリザード・ワイバーンは持っていた。

 だが今、フレイムリザード・ワイバーンと対峙している戦士――《焔雪女帝》の異名を持つレベッカ・イグニクスは、咆吼の衝撃で一時的に身体が止まるだけで、すぐに何事も無かったかのように動き始める。

 約2倍の体格差があるにも関わらず、まるで歯牙にもかけず攻撃を再開してくる矮小な存在に、フレイムリザード・ワイバーンはその怒りを五指の爪牙にのせて迎え撃った。


 過去、その五指の爪牙で砕けぬ物は無かった。

 あらゆる生物の頂点であるドラゴンの一撃ほどとは思わないが、その爪牙で二十年ほどこの付近一帯にトップとして君臨していた巨熊の命を奪った経験を持つフレイムリザード・ワイバーンは、その絶対なる一撃に強い自負を持っている。

 その最強の一撃が、またしても撃ち払われた。

 この一撃で殺してやる……その意思を込めて振るったにも関わらず、予定していた軌道を途中で強制的に変えられ爪牙は空のみを裂く。


 未だ響く咆吼を、甲高い音と大気を裂く音が掻き消す。

 既に滅びた先代文明にて飾り物のレプリカとして撃ち鍛えられた大剣フーランルージュの赤く燃え彩る剣身が、レベッカの胴を斜めに裂く筈の鋭く尖った爪を正確に受け流し、最強の一撃を不発に終わらせる。


 フレイムリザード・ワイバーンは怒りで沸騰する思考の中で、目の前にいる存在を忌々しく思う。

 何も出来ずに自身に狩られ死んでいくだけの虫螻の種族が、何故、どうして、自身の攻撃に抗う事が出来ているのか理解出来なかった。


 爪牙の先端が僅かにでも触れれば旋嵐の亜神ヴァレリの力によって纏わりついた風が敵の防御を越えて肉を削り取り、一緒に気力をも奪い取る。

 まともに喰らった相手は絶命する他なく、防御に自信があるものほど特に高い効果を発揮する。

 いわば防御無視の攻撃。

 堅い防御力を有する相手の傲慢さを穿つ、フレイムリザード・ワイバーンが最も勝利を重ねている要因の一つだった。


 だがその一撃は何度繰り出しても敵に当たる事は無かった。

 自身よりも獰猛な笑みを浮かべた焔髪の女戦士の、旋嵐の亜神ヴァレリの力を以てしても砕けない大剣によって幾度となく防がれていく。

 爪尖が豊かな双丘に触れるまであと指1本ほどの距離というギリギリのタイミングで大剣が分け入ってきた時には、陽光を反射する大刃の存在に思わず舌打ちした。

 忌々しき邪魔者を掴み取り上げようと力を込めても、小さな身体の何処にそれほどの力を有しているのか大地のように微動だにしなかった。


 最強の誇りが傷付くほどの驚愕、怒りに歪む表情。

 筋肉が隆起し掴んだ大剣を砕かんばかりに力を込める。

 岩すら容易く砕き割る自慢の握力に耐えられる物など存在しない、ましてやそれが薄い金属の板ならば尚更だ。

 その握力の強大さからして形を保つのは困難を極め、曲がりもしない事はあり得ない。

 その両方が可能だったとしても爪牙には旋嵐の亜神ヴァレリの力が宿り、堅いだけの物などその堅さに関わらず削り取ってしまう。

 触れた時点で防御無視の風に削られ、最悪刀身そのものが消失しても不思議では無いのだ。


 しかしそれに耐えた大剣は、そしてそれが当然とでも言うような嬉鬼の表情を浮かべる女戦士は、いかなる幸運と膂力の持ち主か。

 砕け無いならせめて奪い取らんとしたにも関わらず、敵は武器を掴んだ腕を放す事無く大地に足を着けている。

 ならばと身体ごと空中に持ち上げようと力の向きを変えるも、その寸前で敵は剣を突き出してきた。

 ほんの僅かな間隙を正確についた攻撃は爪の上を滑り、先にあった手の平を傷付ける。

 たかが傷一つ、気にするほどのものでもない。

 だが自身の攻撃が当たらず、敵の攻撃ばかりが繰り返し自身の身体を傷付けていくというのには我慢ならなかった。


 お返しとばかりに咆吼と一緒に口から炎を吐くが、敵はまるで怯んだ様子無く炎に包まれる。

 その身を紅蓮の炎に包まれても敵は全身が燃やされる事はなく、大剣の一振りで炎を蹴散らした後には火傷一つない前見たままの姿で現れてくる。

 フレイムリザード・ワイバーンは確信を持って、敵が炎に連なる神の信仰者だと認識した。

 それも、数多いる亜神などという最弱種の神族ではなく、その上に君臨する強大なる神を信仰し、その見返りの恩恵を得ていると。

 亜神は無条件で力を分け与えてくれるが、神は気に入った者にしか力を分け与えない。

 それ故に、その恩恵は亜神よりも遙かに純度が高くしかも強力。


 ここに至ってようやくフレイムリザード・ワイバーンは、敵が想像していた以上の強敵だったと認識を改めた。

 炎のブレス、旋嵐の亜神ヴァレリの力が宿った爪撃、その2つは炎に連なる神の恩恵と理解出来ぬ金属で出来た大剣によって対策されている。

 だが強さというのはそれだけで決まるものではない。

 かつて倒した巨熊も、炎のブレスはぶ厚い毛皮によってあまり効果が無く、爪撃は俊敏な動作で悉く回避していた。


 慢心を捨て、この敵を巨熊よりも強大な存在だとして仮想する。

 爪撃が直撃すれば倒せるなどと思うのを止める。

 自らを捕らえた化け物との壮絶な死闘……その先に訪れた敗北というとても苦い味を経験した事で、フレイムリザード・ワイバーンは一つ上の高みへとのぼっていた。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 そして……その成長を見届けた旋嵐の亜神ヴァレリがまた一つ、フレイムリザード・ワイバーンに力を分け与える。

 物理防御を無視する衝撃波を伴った凶悪な咆吼が、収束砲撃の如き紅炎の熱風と共に一直線にレベッカの身に襲い掛かる。

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