ミズガルズスネーク
異世界に住んでいると、たまにモンスターバトルをしたくなる事がある。
「アクア、今日は湖まで狩りに出かけよう」
「狩り……ですか? 食糧の備蓄は十分ありますので、わざわざ狩りをする必要はありませんが」
「素材が欲しい」
「あまり無闇に命を奪っては……」
「狩るのはモンスターだ」
「すぐに準備致します」
森の動物達と生活を共にしている為か、アクアはこの場所に来てから少しずつ肉を食べる事を忌避する様になっていた。
広さばかりある屋敷を造ったが、俺達2人が実際に使うのはほんの少しのエリアだけ。
使用していない部屋のほとんどは、森からワラワラと集まってきた動物達によっていつの間にか占拠されてしまっていた。
増改築時に部屋の扉を開閉式のドアにして、しかもレバータイプのドアノブを付けてしまったのがそもそもの失敗だった。
家のドアは馬のエドガーでも通れる大きさだ。
意外に知能の高いエドガーが顎でドアノブを下げて扉を開け、動物達を連れ立って家の中に入っていく姿を見かけた時にはもう遅かった。
ドアの開閉原理が分かれば、動物達も自分達でドアを開ける様になる。
大抵の動物なら、ジャンプしてドアノブにぶら下がればドアが開く。
巨大なモンスターがウロウロしている世界で、俺やアクアの様な小さな人間を森の動物達はまるで恐れない。
俺とアクアの新居が、森の動物達にとっても新居となってしまったのは、全くの誤算だった。
もはや家族同然と言っても良いぐらいに、同じ屋根の下で暮らす動物達。
そんな彼等の仲間を殺して食べようという気など起こる訳がない。
アクアが狩りと聞いてまるで乗り気では無かったのは、そんな理由からだった。
「準備が出来ました。いつでもいけます」
だが、モンスターを狩るという事であれば別。
動物とモンスターは全く別の生き物である。
例え姿形が似ていたとしても、普通の動物の数倍以上の大きさをしているモンスターは、人と動物の両方にとって共通の忌むべき敵として認知されていた。
その一番の原因は、どのモンスターも肉食である事。
モンスターは、基本的に人も動物も無差別に捕食して食らう。
モンスターがモンスターたる所以は、生きとし生けるものにとって脅威にしかならない存在だから。
それ故に、モンスターを狩る事に反対する者はまずいない。
余程の狂信者でも無い限り。
そういう者は、一般的に邪神の信者と呼ばれているらしかった。
「その武器は、俺がこの前試しに作ってみたアーバレスト……の改良版か?」
「はい。力の無い私には、遠くから射る方がご主人様のお役に立てるかと思いまして」
アーバレストは、弓の弦に鉄を使った大型のクロスボウである。
但し、鉄の弦が手元に無かったため、絹糸を縒り合せて色々加工を加え、結果的に鉄よりも強靭で切れ難い弦が出来たのでそれを使用している。
いったいどうやったらそんな物が出来るのかと問われれば、才能で……としか答えようが無かった。
「この前使っていたコンポジットボウでは攻撃力不足か」
コンポジットボウは、複数の材料を張り合わせた合成弓と言えばいいか。
複数種類の木材、動物の骨や角を板状にして張り合わせてあるので、射程と破壊力に優れている。
が、騎射も想定して作ったためそれほど大きくない。
「そういう訳ではありませんが、私の力量では狙いが付け難く、射れば射るほど体力を消耗して弦を引く力も落ちていきます」
「そう簡単には腕は上がらないか」
「力不足で申し訳ありません」
「いや、気にするな。あまり焦らず、自分にあった武器が何であるかを捜していけばいい。そのうち何かこれという武器がアクアにも見つかるだろう」
今の所、アクアが所持している才能には戦闘系のものは無かった。
水魔法は使えるが、それは基本的に生活用に特化されたものであり、水弾を放って敵を貫くという様な威力のある攻撃魔法は無い。
どこにでもいそうな普通の村娘というのが俺のアクアに対する評価だった。
まぁ村娘にしてはやたらと畏まっていて少し不自然な点も見受けられるが。
そこは主人と奴隷の関係をキッチリと分ける為なのだろうと思っておく。
「ご主人様の凶剣の様に、私も早く自分に見合う武器と巡り会いたいです」
「……あれはあるから使っているだけだ。俺の得意武器とは違う」
「そうなのですか。何でもスパスパと斬ってしまわれるので、てっきりそうなのかと思っていました」
準備が出来たので、俺とアクアのペアでモンスターハンティングに出かけた。
略してモンハンだ。
俺は幾つか作成してある武器の中で、とりあえず一番手にしっくりくる大小の木刀を2本選び、片手に1つずつ持っている。
凶剣と名付けた大剣は重たいので〈アイテム空間〉の中に仕舞ったままだ。
あんなものを持って歩きたくない。
木刀二刀流の他は、アーバレスト改でも使用している縒り合せて強度を上げた強絹糸で作ったアークシルククローク――袖のない外套なのでマントにも見える――で首から下を覆っていた。
強絹糸は熱や酸にもそれなりに強いという特性を持っているので(絹なのに)、炎を吐くモンスターや酸性の唾液を飛ばしてくるモンスターでもそれなりに耐えられる予定である。
予定である。
そんなモンスターには出会いたくないのが本音。
靴は革製のレザーブーツ。
左腕の上腕にはコンポジットボウと同じ様に複数の材料を張り合わせて作った複合盾のバックラー。
滑り止め用に薄くしたレザーグローブの上に強絹糸製の指貫グローブ。
上下の服は普通のシルクで作った黒のチュニックとズボン。
ちなみに下着もシルク製なので、お蚕様には本当にお世話になっていた。
基本の戦闘スタイルは、才能:盾防御を利用したバックラーでの防御か、動きやすさを重視した服装による回避の2つ。
盾があるのに木刀二刀流なのは、初めから木刀で敵を倒す気がないからである。
相手が雑魚であればバックラーの出番を減らし攻撃特化。
そうで無ければ防御もしくは回避主体に動き、攻撃はアクアに任せる。
必要があれば凶剣を取り出せば良いしな。
尚、木刀は日本で売られている稽古用のものではなく、しっかりと刃がついた木の刀である。
大小の二振りなので、折角なのでそれぞれ木太刀・Ψ村月、木小太刀・Ψ正光と銘打ってみた。
使い勝手が良ければ少し量産し、街に行った時にでも売ってみようと思う。
アクアの装備は、先程の会話で出てきたアーバレストをメイン武器として、懐に1本サブウェポンとして折った大剣の破片を研ぎ直して作ったマインゴーシュを忍ばせている。
腰には投擲用に作った、同じく大剣の破片から生まれた棒手裏剣を5本。
服装は、髪の色に合わせた薄い水色をしたシルク製の膝まであるワンピースの上に、革製の胸当てを付けている。
足は強絹糸製のタイツ。
靴はレザーブーツだが、俺の様に膝下まではなく脛ぐらいまでしかない。
アークシルククロークで首から下を覆っているのは俺と同じだが、俺が灰色に近い黒色なのとは対照的に、アクアのクロークは透き通りそうな薄い水色をしていた。
コンポジットボウを使用していた前回は指を保護するために三ツカケを付けていたが、今回はクロスボウ型であるアーバレストなので普通に五指の薄地のレザーグローブを付けている。
「アクア。これも付けておけ」
「これは?」
「見ての通りのブレスレットだ。無いよりはマシだろう」
「有り難う御座います。大事に使わせて頂きます」
一応、防御用なんだがな。
大事に使ったら意味がないだろうに。
アクアの戦闘スタイルは、武器を見て分かる様に距離を取って攻撃するアーチャーだ。
接近戦用にマインゴーシュも持たせているが、今の所その出番は考えていない。
どちらかというと、敵を仕留めた後に素材を剥ぎ取る為に使用する。
弓系の武器を使わせているのは、これといって武術の経験が無いからである。
素人に剣を持たせて前に出すよりかは、なんちゃってアーチャーの方が役に立つ。
狙いを誤れば俺にプスリと刺さりかねないが、素人のアクアもそれが分かっているので無闇やたらと射る様な真似はしない。
「攻撃します」
近接前衛防御型の俺と、遠距離攻撃型のアクア。
ファーストアタックはアクアが行い、敵が接近してくれば俺が前に出て戦った。
新しい矢のセットが終わるまでの時間を俺が稼ぎ、適当なタイミングで戦技〈シールドバッシュ〉などを使ってモンスターを弾き飛ばす。
誤射する範囲から俺が逃れたらアクアが矢を放つ。
その繰り返し。
「これでまだ3匹目か。今日は少しエンカウント率が低いな」
「きっとご主人様を恐れて二の足を踏んでいるのでしょう」
今し方仕留めたモンスターの首を念のため斬り落とし、動かない事を確認する。
敵の全長は約4メートル。
尻尾からお腹の辺りまで細長い身体が続き、お腹から首にかけて少し横に広がった体躯をしている巨大な蛇。
言わばコブラの巨大化版が、本日狩っている敵の正体だった。
そんな巨大蛇が俺ぐらいの高さまで頭部を持ち上げ、襲い掛かってくる。
正直、前いた世界でそんな化け物に襲われればすぐにあの世行きだろう。
蛇の攻撃はとても早い。
開いた口から見え隠れする牙が、次の瞬間には身体に突き刺さっていても全くおかしくない。
幸いにして毒は持っていない様だが、そんなものは何の慰めにもならないだろう。
アクアに身に付けさせたブレスレットは、噛み付き攻撃を主体としているこの敵を想定しての装備だった。
人間、攻撃を受ければまず咄嗟に腕で防御しようとする。
ならばそこに防具を着けておけば、ダメージを回避する事もまた可能。
俺は最初から防御主体なので盾を前面に出す事で噛み付き攻撃を防げるが、アクアは盾を持っていないので基本回避するしかない。
手首付近だけとはいえ、負傷する可能性が低くなるなら付けない手は無い。
「もう少し奥に行ってみるか」
「はい」
俺の腕の太さの倍ぐらいあるモンスター大蛇――ミズガルズスネークの皮を剥ぎ取り、血抜きした肉を〈アイテム空間〉に収納する。
アクアが何か言いたそうな顔をしているが、気付かない振りをしておく。
やはり珍しいのだろう。
いや、明らかに異常な能力なのだろう。
そんな便利な能力、聞いた事が無いと。
どこまでも気付かない振りをしておく。
獲物を求めて俺達は森の奥へと進む。
川沿いに上流へと向かう道もあったが、そっちはそっちで魚類モンスターと戦う事になる。
水上の敵でもアクアの攻撃は通るが、そこで倒してしまうとモンスターは川に沈んでしまい素材をゲット出来なくなるので、今日は森の中を進んだ。
もちろん、現在地を見失わないように川の位置を確かめながらである。
「このまま進めばそのうち湖があるそうです」
「その情報はこの辺りでは有名な話なのか?」
「はい。隣国へ逃亡する際に中継点として良く使われていると聞いた事があります」
「つまり川沿いに進んでいると、偶然誰かと出くわす可能性も低くないという事か」
「あくまで噂の域なので、私には分かりかねます」
「念のため注意しておこう」
川から少し離れた場所を進んでいても、それはあまり変わらないと思うが。
それにこの川はキロス方面へと続いている。
奴隷の売り買いが盛んな街へと通じているのならば、逃亡者だけでなく密輸ルートとしても使われているだろう。
俺達が住んでいる屋敷は川から少し離れた位置にあるのでそう簡単には見つからないと思うが、少し用心しておくか。
ちなみにそんな場所にある小屋を偶然発見する事が出来たのはエドガーの御陰である。
森の中で迷子になった時に、途中からはエドガーの野生の勘に頼って着の身着のままに歩かせていたらあの小屋へと辿り着いた。
エドガーが初めからあの小屋の位置を知っていたとは思えないので、本当に偶然だったのだろう。
とはいえ実際に小屋を見つけてくれたのだから、エドガーには本当に感謝している。
「ご主人様、敵を発見致しました」
「撃て」
「はい」
アークシルククロークの裏に10本ほど収納している矢から1本を手に取り、アーバレストに装填したアクアが敵に狙いを付ける。
最初の攻撃だけ命中精度を上げるために三脚を立ててアーバレストを預けていた。
片膝を付き、アーバレストの先端に付けている照準用の照門の溝を片目で覗き込むアクア。
「攻撃します」
三度の戦闘で照門の位置ずれは微調整されている為か、それとも単純にアクアの腕が上がった御陰か。
発声に一瞬遅れて引かれたトリガーによって高速で射出された矢は、標的であるミズガルズスネークの顎下辺りに見事に命中した。
「命中致しました」
「良くやった。だが、やはり一撃で仕留めるのは難しいか」
「残念ながら、急所を射抜く自身がありません」
脳に当たれば倒せる……と言うだけなら簡単だが、解体してみると脳はとても硬い頭蓋骨でしっかり保護されていたため、距離が遠すぎると威力が足りず頭蓋を突破出来るか分からなかった。
背中を覆っている鱗も非常に硬く、滑らかな曲線を描いているため矢が弾かれやすい。
「ご主人様、右にも敵が。今の攻撃で気付いた様です」
視線を向けるまでもなく、音で何となく分かった。
蛇独特の歩法――上半身を持ち上げた後に下半身を引き寄せる横這い移動を素早く繰り返す事で、地面と擦れる音が等間隔に森の奥から鳴り響いてくる。
警戒して蛇行する事も無く、一直線に迫ってくる2匹目の巨大コブラはどう考えても友好的な雰囲気ではなかった。
「もう一匹が近づいてくる前に片を付ける。アクアはあいつに一矢放った後、もう一匹に向けて進路を塞ぐ様に撃ち続けてくれ。無理に命中はさせなくていい」
「はい。……攻撃します」
敵との距離が零になる前にアクアが攻撃の準備を終え、狙いも定めないままトリガーを引く。
バシュッという音と共に矢が勢いよくアーバレスト改から離れ、無傷のミズガルズスネークへと向かう。
同時に俺も右手に握った木太刀・Ψ村月を振り上げ、左腕のコンポジットバックラーを前に突きだしたまま突進を開始。
戦技〈シールドタックル〉を発動。
真っ直ぐ付き向かってきた矢を身体をくねらせるだけで回避したミズガルズスネークに、全体重を乗せた盾の一撃で以てぶつかる。
しかし俺の攻撃兼体勢崩しの技は、ヘッドバットによる攻撃によって相殺された。
「なかなかやる。だがっ!」
研ぎ澄まされた木太刀の刃がガラ空きの胴を斬り裂く。
ミズガルズスネークの背中の鱗は硬くとも、剥き出しの腹は肉と皮しかないため柔らかくて防御力が低い。
俺が持っている木刀が打撃用の武器ならば打撃に強いミズガルズスネークの腹部との相性は最悪だっただろう。
が、木工と研磨の技術および高い経験値によって作り出された匠の一品、斬撃武器と化した木製の刀、木太刀・Ψ村月のによる斬撃攻撃とミズガルズスネークの腹部の相性はバッチリだ。
「流石です、ご主人様」
ヒットアンドアウェイ、攻撃した直後にバックステップで下がった俺にアクアが絶賛の声をあげる。
しかし戦闘はまだ終わっていない。
ミズカルズスネークは手傷を負っただけで、まだピンピンしている。
腹をバッサリ斬られたところで、ミズガルズスネークの戦意はまるで衰えていなかった。
むしろ手傷を負った事で益々盛んとなっている。
もう一度〈シールドタックル〉を発動させて突撃する。
ミズガルズスネークは一瞬頭を上げた後、先程と同じ様に勢いよく頭をぶつけてきた。
否。
ぶつけるというよりは、殴り付けるようにミズガルズスネークは頭を振ってきた。
真正面からぶつからず、硬い鱗で覆われた頭部から背中にかけて盾とぶつかるミズガルズスネーク。
その背に木太刀を振るうも、硬い鱗に弾かれて刃は通らなかった。
硬いが故に、ミズガルズスネークの背中は斬撃とは相性が悪い。
ならば刃の無い峰で打てばいい。
刀は、斬ると打つの両方の攻撃が出来る武器だ。
「ご主人様、下です!」
しかしそれを実行に移す前に、下からミズガルズスネークの顔が迫ってきた。
咄嗟に左腕を引き、脇を締めて下からの攻撃に備える。
間一髪それは間に合い、蛇の頭は再び盾と衝突した。
「こっちは大丈夫だ。もう一匹の方に集中しろ、アクア」
「ですが……」
どうもアクアは俺が気になって仕方が無い様だった。
アクアが気にするべき手負いのミズガルズスネークは、一度攻撃を受けた事で慎重になったのか、右に左に上に下にと死角を捜しながら蛇行して迫ってきている。
ここでアクアが見失う様な事があれば、少し面倒な事になるのは間違いないだろう。
グレートハイドバロックほど隠密技術が高い訳ではないが、蛇は敵に忍び寄る技術を持っている。
あの巨体で空から降ってきたら怖い。
仲間を呼んで来られでもしたら更に面倒だ
……仕方ない。
もう少しこのミズガルズスネークとの戦闘を楽しみたかったのだが、アクアの集中を妨げる原因にはご退場願おうか。
命には代えられないしな。
「アクア、撃たなくていい」
俺が一度距離を取ろうとすると、俺が相手をしているミズガルズスネークにアーバレスト改の照準を定めたアクアを止める。
左手に逆手で木小太刀・Ψ正光を持ち、その峰にある溝に木太刀・Ψ村月の刃を当てて居合いに構える。
木小太刀を鞘に見立てる。
戦技〈零の太刀〉――その改良技を放った。
「え?」
木太刀・Ψ村月を振り抜いた後、ミズガルズスネークの身体は真っ二つとなっていた。
飛ぶ斬撃というものを見た事があるか。
俺は見た事がある。
何故なら、俺がそれを使えるからだ。
「え? え? ええっ?」
初めて飛ぶ斬撃を見たアクアは混乱していた。
「……こ、これは風の魔法ですか? ご主人様は召喚魔法の他にも魔法が使えるのでしょうか?」
この世界では、基本的に1人1系統の魔法しか使う事が出来ない。
魔法は信仰する神より授かる力。
信仰出来る神は1神まで。
その2つのルールにより、まず2系統の魔法は使う事が出来ない。
但しそれは絶対ではない。
信仰する神を変える事で、その時に大きな代償を払う事で、2系統以上の魔法を扱う事が出来る。
「あの……ご主人様は、背神経験がお有りなのでしょうか?」
信仰する神を変える事は、その神との繋がりに背く事。
故に、あまり褒められた行為ではなかった。
「これは戦技だ。魔法ではない」
「そ、そうなのですか。ほとんど魔法にしか見えない戦技があるという話は聞いた事がありませんでしたので、少し驚いてしまいました。ご主人様は凄い技術をお持ちなのですね」
「……まぁな」
本当はスキルの類ではなく、ちょっと試してみたら出来ただけなのだが。
戦技と言って納得してくれるならそうしておこう。
「む」
「どうされましたか?」
「……いや、何でもない」
どこかで覗き見でもしていた神がいたのか、いつの間にか戦技〈風の太刀・疾/零式〉というのが増えていた。
「む」
「どうされましたか?」
「……もう一匹を見失った」
「え? あっ……!」
言われてアクアも気付いたらしく、口に手を当てたままで少し固まった。
自分の犯した重大な失態にアクアが顔を青ざめさせる。
「次は見失うな。とりあえず、今は警戒しながら進もう」
飛ぶ斬撃の件はこの際有耶無耶にしてしまうか。
「はい……申し訳ありません、ご主人様。この償いは必ず今夜に」
むしろそれでは明らかに夜の罰を期待している様にも思えるのだが。
敢えて指摘しないでおいた。
シチュエーションは大事だからな。
真っ二つに斬ったミズガルズスネークの頭部を念のため斬り死んでいる事を確認してから皮と肉を剥ぐ。
内蔵とか薬の原料になりそうな感じがしたが、いったい何の薬になるか分からないし誰かに試飲して実験したくもないので今は放っておく。
それに〈アイテム空間〉の容量は無限ではないしな。
「……ああ、そうか。今度から荷物を入れるリュックか何かを持ってくるか」
「リュックですか? でしたらエドガーも一緒に連れてきては」
「検討してみよう」
馬のエドガーに〈魔力紋操作・魔王位〉を使って隷属化させたら、エドガーの才能も見れる様になるのだろうか……などと考えながら森を歩いていると。
「湖です」
姿を消したミズガルズスネークがいつ襲い掛かってくるかも分からないというのに、意識散漫だった俺の代わりにいち早くアクアがそれに気付いて教えてくれる。
「水浴びは……」
「当然、危険ですね。どんなモンスターが近くに潜んでいるか分かりません。しかしご主人様がそれをどうしても望むというのであれば……」
湖を見て真っ先に不埒な映像を思い浮かべた俺に、アクアが控えめに魅力的な提案を投げてくる。
「……いや、いい。安全第一だ」
涙を飲んで諦めた。
「ご主人様、気配を消して下さい。誰かいます」
いきなり無茶な事を言うアクアにとりあえず頷き返し、身を潜める。
気配を完全に消せるようになれば、きっとカメハメ破も撃てるかもしれない。
飛ぶ斬撃が放てるのだから、いつかは可能だろう。
もっとも、魔法がある時点で似た様な技は誰か使えると思うが。
「あれは……ゴブリンか?」
口に人差し指を立てるという可愛い仕草をしたまま俺に密着して様子を窺っているアクアの耳元で囁く。
「少し右にある山に洞窟が見えます。もしかしたらマインゴブリンかも知れません」
目を凝らしても見えなかった。
アクアの視力はかなり良いらしい。
マインゴブリンという事は、あの洞窟は鉱山という事か。
マインゴブリンはゴブリンの親戚だが、好んで鉱物資源を掘るという特徴を持っている。
予測だが。
「……いえ、マインエルダーゴブリンですね」
「何が違うんだ?」
「ゴブリンは個体能力が低い種族ですが、エルダーが付くと能力が若干上がり、見た目も少し人のそれに近くなります」
「なるほど。ゴブリンより上位の亜人種か」
「そう思って頂いて構いません」
俺の目に映るゴブリンの顔は遠すぎてまるで判別が付かない。
せめてもうちょっとこっちに近づいてくれれば少なくともどんな顔をしているのかが分かるというのに、残念ながらゴブリンは横を向いてて遠ざかる方へと向かっていた。
「こっちでは友好的な種族なのか?」
「こっちではというのは良く分かりませんが、言葉が通じればいきなり襲い掛かってくる様な事は無いと聞いています」
「話せるか?」
「申し訳ありません。ゴブリン語はちょっと分かりかねます」
まぁそうだろうとは思った。
例え話せたとしても、見る限り明らかに武器と思われるものを持っているのであまり話したいとは思わないが。
「暫く様子を見る」
「はい」
何にしても、言葉が通じない以上、彼等とは遭遇するべきではないだろう。
こちらが先に発見出来たのは良かった。
このままやり過ごすというのが賢い選択である。
……などとそんな事を思っていると、誰かが俺の肩をちょんちょんと叩いてきた。
アクアの悪戯だろうか。
こうやって密着していると、たまにアクアはそんなスキンシップをしてくる事がある。
振り向けば、きっと頬が人差し指でぷにっと押されるんだろうな。
だが、振り向かない事には先に進まない。
騙されるために俺はゆっくりと後ろを振り返った。
その瞬間。
ゴスっ。
何かが頭部を強打し、俺の意識は唐突にそこで途切れた。
意識が途切れる寸前に、そういえばミズガルズスネークを見失ったままだった事を思い出した。




