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滅亡世界の果てで  作者: 漆之黒褐
第2章
35/52

最高のご主人様

 後に聞いた所によると、事件の詳細は以下の通りだった。


 奴隷を買う金を持って現れた客に、奴隷商は最初から金をぼったくる予定だった。

 最初に勧めてきた女性は、適齢は過ぎてはいても気立てが良く才色兼備で床上手、貴族の家で侍従長をしていた経験もあり、能力評価を加えれば金貨2枚というのが適性価格だという。

 仕えていた家が不幸にあい、賊にまとめて奴隷として売り払われたらしい。

 ただ、明らかに女を求めてやってきた客にはまず買われる事はない。

 つまり、奴隷商は最初から客の反応を見る為に、あの女を捨て値で俺に見せていた。


 質はとても良いが、年齢と若干見た目の問題を抱えている事で破格の大銀貨5枚。

 ならばその逆、適齢であり見た目も良ければ金額は当然高くなる。

 そんな心理を突くかの様に、奴隷商はシズクという狐人族の金髪少女をいきなり適正価格の倍以上の値段でふっかけていた。

 元は金貨1枚半だと言う。


 次に見せた栗鼠族のホノカも実は同じ値段。

 金額を落としたのは、やはり客の様子を見ての事。

 シズクで手応え有りと見て、若干価格を落として今度こそ買わせ様としたのだろう。


 それ以前に、普通は一人ずつ客に見せる様な事はせず、ズラッと並べてどれがお好みでしょうかと聞くらしかった。

 お手つきであろうが何であろうが、客に気に入ってさえもらえれば誰でも良い。

 それをしなかったのは、あの奴隷商は俺に何かあると感じたのか、それとも騙しやすい相手だと思ったのか、はたまた最初から騙すつもりだったのか。

 大金を持っている金払いの良い客が来るというお告げ(クエスト)が発生していた可能性も捨てきれないが、その真相は今となってはもう誰にも分からない。


 兎も角、あの奴隷商は引き続き嘘を吐き続けた。

 3人目に紹介した忠義に厚い犬狼族の美少女カエデもまた、適正価格は金貨2枚半だと言う。

 それを一気に3倍ちょいの値段でふっかけ、シズクやホノカとは明らかに違うという事を強調する。

 その上で、胸は大きいが野蛮で扱い難い猫人族の白髪鬼リリーを――カエデよりも安い金貨2枚の奴隷なのに、5倍の価格を提示した。

 もはや怒りを通り越して、真に受けた自分の馬鹿さ加減に落ち込みたくなる。


 同様に、奴隷紋と奴隷化の儀式の料金も、ほぼでっち上げだった。

 基本料は、奴隷紋の書き込みと奴隷化の儀式を合わせて大銀貨5枚。

 先に付けていた奴隷商専用の奴隷紋の消去は当たり前の事なのでお金など取らない。

 つまり、どの少女を買っても奴隷商は元価格の3倍以上で買わせようとしていたという事だった。


 合計で金貨2枚で買えるシズクを、3.5倍の金貨7枚で。

 同じく金貨2枚で買えるホノカを、3倍の金貨6枚で。

 金貨3枚で買えるカエデは、4倍弱の金貨11枚で。

 リリーに至っては金貨2枚半だったのを、5倍強の金貨13枚で売ろうとした。

 ぼったくりもいい所である。


 ちなみに、奴隷本体価格と奴隷紋+奴隷化手数料で分けられているのは、税率が違うためらしかった。

 より多く設ける為の知恵である。


 そして、実際に俺が買ったアクアだが……。

 金貨1枚で買える普通の奴隷だった。

 先に紹介した美少女獣人4人に比べれば見劣りするし、純血の人の子だからと言って別に価値が高い訳でもない。

 むしろ獣人の方が売れ筋なんだとか。

 手付け金が支払われているという話自体は嘘では無かったが、貴族や大商人は定期的に女を変える為に一括で手付け金を支払っているので、例えシズクやホノカを買ったとしても同じ状況だし、そもそも和解金など発生しない。


 恐らく、奴隷商はアクアを売り込む気など最初から無かった。

 金貨1枚半で買える奴隷を30倍以上の金貨50枚というもはや詐欺でしかない価格を提示したのは、俺の所持金を読み切った上でのふっかけだった。

 まず買わないだろう限度額を超えた商品を見せる事で、先に紹介した4人が安いと思わせる算段でもあったと思われる。

 加えて、それまでの会話で客が相場や一般常識をまるで知らないと気付いた。


 鴨が葱をしょってきたとは、まさにこの事か。

 事前に情報を集める様な事もせず奴隷屋に直行するという愚を犯した者の末路としてはそんなものだろう。

 景気よく金貨30枚をポンと支払った俺を、奴隷商はどれだけ心の中で嘲笑っていた事か。


 しかし、上手く行き過ぎれば恐怖を感じてしまうのも人の業。

 金貨1枚半の奴隷を金貨30枚で買ったとばれれば、どれだけ恨みを買うか分かったものではない。

 故に、奴隷商は俺を奴隷化するという策に打って出た。

 勿論、残りのお金もついでにせしめようという気持ちもあっただろう。


 奴隷化の儀式に、魔方陣の支援は必要ない。

 相手を奴隷化……隷属状態にするのは奴隷紋書き込みの上位技術に位置するが、奴隷紋が書き込まれていればそこから隷属状態にするのはそれほど難しい作業では無かった。

 いわば相手に抵抗される事が一番の障害なので、奴隷紋で罰を与えて大人しくしさえすればいい。

 奴隷紋が書き込まれている事で相手の魔力を支配しやすくなっているので、隷属させやすくもなっている。

 つまり奴隷紋さえ書き込む事が出来れば、もはやその者は奴隷なのである。


 ならば何故、奴隷商は俺を隷属化するために魔方陣を用いたのか。

 それは、俺に奴隷紋を書き込む事が出来ないからである。

 他人の魔力が身体の中に入ってくれば当然気が付くし、それが奴隷紋を作り上げている作業であれば尚更気が付く。

 余程の魔力量と魔力操作力を持ち合わせていなければ、相手が気付いて抵抗する前に奴隷紋の書き込みは終える事が出来ない。

 そもそもそれだけの力があれば、相手の抵抗を強引にねじ伏せて奴隷紋を書き込む事が出来る。

 何より、例え魔方陣を用いたとしても奴隷商はそんな力の域には到底届かない。


 故に、奴隷商は一計を巡らした。

 最初にアクアへの奴隷紋書き込み作業を通常通りに行い、俺に魔力の流れを感じさせる。

 但し、本来は俺から魔力を少し奪いその魔力をアクアの体内に奴隷紋として使うだけの所を、わざわざアクアの中に俺の魔力を直通で流し、必要ない情報を与えた。

 つまり、事前にそういう作業を行うのだと思わせる事で、次に行う奴隷化の儀式で抵抗されない様にする為でもあった。


 奴隷紋が書き込まれていない状態から、一気に隷属化する為にアクアの魔力を借りたのも一つの作戦だった。

 奴隷紋の書き込み時に、俺は一度アクアの魔力と混ざり合っている。

 その感覚を知った事で、奴隷化の儀式でも同様の事が起こると俺に予想させる。

 その上で、俺とアクアの双方の身体中で魔力を混ぜ合わせ、その裏に奴隷商の魔力を潜ませる。

 魔方陣を使用したのは、大掛かりな作業となるため奴隷商本人だけの力では足りないか、時間が掛かり過ぎるからだろう。


 実際にこの手口で騙された者は何人もいるらしかった。

 そして俺は別にその手口に気付いた訳でもなかった。

 ただ不信に思っただけ。


 奴隷商が奴隷化の儀式を行う前に、俺はアクアを隷属化した。

 その時に、奴隷紋が書き込まれていれば隷属化するのは容易い事だと気付いた。

 にも関わらず魔方陣が用意されている。

 それはいったい何の為か。


 奴隷商が何をしてくるのか身構え抵抗し、観察する。

 悪意ある魔力の流れを感じ、俺を隷属化しようとしているのだと悟る。

 故に斬った。


 ただそれだけだった。











「あ、あの……ご主人様……」


 何となくカッとなり後先考えず奴隷商を斬り捨てた後。

 頭が真っ白になり暫く固まっていると、アクアが躊躇いがちに話し掛けてきた。


「何だ?」


「私は水の魔法が使えますので、血をお流ししても宜しいでしょうか?」


 青ざめた顔でアクアはそう申し出てくる。

 気を抜けばすぐにでも気を失いそうな顔をしているのに、俺の為に頑張っている様だった。


 少し考えて……。


「お湯は出せるか?」


「申し訳ありません。お湯はちょっと……」


「あ、あた、あたし、が……みず、みみずを、お湯に……でで、でき、できま……できま、す……」


 シズクが怯えながらそう言ってくる。

 狐の血を引いているから、火の魔法が使えるのだろう。

 狐火だな。


「なら頼めるか? 水で流すより、お湯で絞った布で身体を拭きたい」


「ははは、はい! すぐにでも!」


 アクアとシズクが合同でお湯を作り始める。

 その間に俺は奴隷商が着ていた服を剥ぎ取り、適当に剣で斬り裂いて布へと変えていく。


 他3人の少女達はとても怯えた様子で遠巻きに俺の事を見ているだけだった。

 酔っ払いのリリーもすっかり酔いが醒めてしまったらしい。

 そう考えると、あんな喋り方でも意外にシズクの方が物怖じしない性格なのだろう。

 反対に、一番気丈だと思われたカエデが俺から一番距離を取っていた。


「ご主人様、出来ました。失礼します」


 自分で拭こうと思っていたが、それは自分の仕事だと言わんばかりにアクアが俺の身体を拭き始める。


「あた、あたしが……絞り、ましゅいぁっ!……ましゅ……」


 シズクが噛みました。

 怯えながらちょっと頬を赤く染めてはにかんでいる。

 可愛いので頭を撫でた。


「あ、あの…………え、え? ……えっ?」


 ついでに魔力を注ぎ込み、処理を済ませる。

 手を離すと、シズクの髪は金色からどす黒い血の色へと変わっていた。


「あ、すまない。血が付いてるんだった」


 服を剥ぎ取る際に血がベッタリと手に付いていた事を忘れていた。

 人を殺した事でまだテンパっているのだろう。


 シズクの手から綺麗にしたばかりの布を奪い、拭いてやる。

 気が動転していたシズクは俺になされるがままだった。

 目を瞑ってくすぐったがる獣が一匹。


「ひぁっ」


 誘惑に負け、上向きに付いている三角形の獣耳をさわさわと素手で触れてみるとシズクが驚いて逃げる。


「さて、これからの予定だが……」


 聞きたくないと言わんばかりに獣3人娘の耳がパタッと閉じた。

 随分と嫌われたものだ。


「アクア、この奴隷屋から誰にも見つからず無事に抜け出せると思うか?」


「難しい……と思います。ですが、ご主人様ならば口を封じるのは容易いかと」


「……全員、斬れと?」


「い、いえ……申し訳ありません。言葉足らずでした。この店にいる者達は使用人を含めて全員が奴隷です。ですので……」


「この奴隷商の仲間は誰もいないのか。部屋の外にいる警備の者や見張りもか?」


「はい。無理矢理従わせられていた者ばかりです」


 なるほど、だからか。

 奴隷商が一瞬で殺されてしまった為、事前に受けていた命令に従い助けようとする間も無かった。

 主を失った瞬間、隷属化の効果が消え去った為、どうして良いか分からず彼等も途方に暮れていると。


 今なら彼等を俺の奴隷にするのは容易いだろう。


「いちいち処理するのも面倒だな。放っておいても問題無いと思うか?」


「すぐにこの街を出るのであれば」


「お尋ね者確定だからな。だが、街を出るのは明日だ。先にやる事がある」


 それが最初から目的だったし。


「……では、死体だけでも隠しておいた方が良いかと。発見が遅れれば、それだけ逃げ果せる可能性も高くなります」


 俺が何をしたいかすぐに思い至ったアクアの顔が人形の如く色を失う。

 アクアではなく、彼女よりも見目の良い他4人の誰かとナニをするとでも思ったのだろう。


「ならば、このソファーの中にでも隠しておくか」


 継ぎ目の部に剣の刃を当て、〈零の太刀〉でスパッと斬る。

 流石に死体には触れたく無いのだろう、従順な姿勢を見せるアクアだったがこの時ばかりは率先して動く事は無かった。

 死体を前に立っていられるのは極力見ない様に意識しない様に心掛けてているからに他ならない。

 協力的な姿勢を見せていたシズクも動かなかった。


 奴隷商の身体を2回に分けてソファーに押し込む。

 作業が終わった後、見た目には前と変わらないソファーがそこにはあった。

 ……血の跡さえ無ければ。


 上から押してみると弾力性には問題なさそうである。

 余程良いソファーを使っていたのだろう。

 多少座り心地は悪くなっただろうが、恐らく気付かない筈。

 実際に座って確認する気は無い。


「お拭き致します」


 また身体中をアクアに満遍なく拭かれた。

 ちょっと癖になりそうだ。


「後はこの飛び散った血の処理だが……」


 スプラッタ劇場万歳。


「私の魔法で水を流し、集める事が出来ます」


「便利な能力だな。頼めるか?」


「はい」


 褒められても嬉しくないだろうが、アクアは少しだけ喜んでいた。

 死体が見えなくなった事で余裕が出てきたか。


「あ、あの……あた、あたしは、どど、どうすれ、ば……」


 一連の事態からようやく復活し、同じく余裕が出来たシズクが躊躇いがちに聞いてくる。


「好きにしろ」


「……え?」


「あいつらにも伝えてやれ……って、処理がまだだったな」


 俺が視線を向けると、耳は塞いでいても瞳は閉じていなかった3人がビクッと震える。

 構わず3人に処理を施す為、近づいていく。

 壁を背後にしているため逃げられない3人は、互いに抱き付いてただただ怯えているだけだった。


 その一人一人の頭を優しく撫でながら処理を施す。

 予想通り、ホノカとリリーのお腹の下辺りには奴隷紋が書き込まれていた。

 その奴隷紋は、あの奴隷商のものではなく、他の誰かのものが複数。

 彼女達が何らかの拍子に奴隷商を殺す事が出来たとしても、すぐに他の誰かの奴隷になるだけで意味は無いと分からせる為のもの。


 しかしカエデには奴隷紋が一つも書き込まれていなかった。

 奴隷商はいったいどうやってカエデを従わせていたのだろうか。

 

 ……などと思っていると、カエデの体内に送り込んでいた魔力が急に抵抗を受けて弾かれた。

 なるほど、書き込みたくても書き込めなかったという訳か。

 誰か人質でも取って従わせていたか、もしくは主として認めた者以外は受け付けないという事か。


「処理は済んだ。そっちも終わった様だな。ならば行くか」


「はい。ご主人様の行かれる所、何処までも付き従います」


 随分重たいな。

 隷属化処理は最小限だけの筈なんだが。

 というか、俺は絶対に言わせてない。


 俺の歩みに先立って、アクアが扉を開ける。

 どうすれば良いのか分からない獣美少女達は、その俺達の姿を見ているだけだった。

 仕方ないので、扉が閉められる前に振り返り、アクアを手で制する。


「運が良かったな。御前らはこれで自由の身だ。後は逃げるなり各々好きにしろ。これはサービスだ」


 そう言って、俺は金貨を1枚指で弾いた。

 その金貨が扉の間を通過した瞬間、まるで示し合わせたかの様にアクアが扉を閉じる。


「ご主人様は、私にとって最高のご主人様です」


 あの4人よりもアクア1人を選んだ俺に、アクアは心の底から感動していた。

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