裏話 歪神アズリ
人の住む世界の隣に、一つの空間として歪に彩られた世界が存在する。
今にも捻れ砕け散りそうな異空間。
人の住む世界が産まれた時よりも昔から存在するその世界は、人々より神よ呼ばれる者達の中の1神、歪の神アズリによって作り出された酷く不安定な個神空間だった。
他の神々との交流を避け、自ら作り出した空間に引き籠もり続ける神。
人間界にもほとんど興味を向けず、信仰を集めて《徳》と人々が呼ぶ力を回収して自らの力を高める様な事もしない。
無限に続く時の中で、その時すらも歪めた空間で、アズリは特に何をするでもなく眠りに就いていた。
「……客か」
約20年ぶりの来客。
それより以前の50年間は、たまにとある者が利用していた。
更に昔へと遡れば、頻繁に多くの者達が利用し、この世界は賑わっていた。
「古の文明が作り出した転移装置がまだ残っていたか」
アズリが眠りに就いたのは、アズリのいる個神空間を訪れる者が減り、通行料として力の源である《徳》を接収する事がなくなったため。
《徳》が無くともアズリという存在は揺るぎもしないが、《徳》はあればあるだけ他の神々への賄賂に利用できる。
《徳》の量を競い合い、またその力を使って暇潰しの様に勢力争いを繰り広げるという降らない遊びに興じている他の神々との交流を極力避けているアズリにとって、《徳》はただ単にちょっかいを出して来ない様にお願いする為のものでしかなかった。
ただ、古の時代には人間界に住む者の大半が転移装置を使ってアズリの個神空間を利用していた為、人々の信仰を集めなくとも膨大な量の《徳》がアズリの元へと勝手に集まっていた。
それはアズリの意図していた事ではなかったが、他の神々は効率良く《徳》を回収し続けるアズリの事を次第に忌々しく思う様になる。
遂にはアズリに対し全面戦争を仕掛け、アズリが最も嫌がる他の神々との交流を問答無用で行う様になった。
それは主に《徳》の量が少ない下位の神々――亜神達と、血気盛んな中位クラスの神達によるものであったが。
その戦いは、圧倒的な《徳》の量でアズリの方に軍配が上がった。
「やはり全てを破壊するには至らなかったか」
アズリが最も嫌う事態が引き起こされた事で、アズリは《徳》の賄賂を数百年ぶりに別のお願いの為に利用した。
事の発端となった転移装置の破壊を、他の神々に依頼した。
他の神々にしても当時のワンサイドゲームは望む所では無かった為、引き籠もり神として名高いアズリのそのレアな願いを断る理由は無かった。
かくして、世界は神々の一方的な都合によって滅びを向かえる。
その世界の外から送り込まれてきた異世界の人間に、全ての責任をなすりつけて。
「こいつか」
20年ぶりに現れた客の元へと赴いたアズリは、そこで一人の青年を発見した。
転移装置が無くとも歪の神アズリを信仰神として煽げばこの異空間世界を利用する事が出来るのだが、肝心のアズリという神の存在を人々は忘れ去っている。
また、アズリを信仰神とする者が現れれば、アズリ自身がそれを知る事になる。
だが、現在アズリを信仰している者は皆無。
結論から言って、気を失って倒れている青年は間違いなく古の転移装置を使ってアズリの個神空間へと入ってきたと断定出来た。
「……ほぉ? ただ飛ばされて来ただけの者かと思えば、空間操作のレア才能持ちか」
一応、身元確認の為に青年の事を調べるアズリ。
他の神々の力が及んでいる可能性もあり全てを知る事は出来ないが、大抵の情報は読み取る事が出来た。
特に今は直接触れる事も出来る。
ほぼ全ての才能とスキルをアズリは青年から読み取る。
「どの神の属性かは知らぬが、信仰離れもしているのか」
信仰離れとは、文字通り信仰していた神を見限るという事。
信仰していた神から授かる魔法の力も同時に失うが、その際に代償である《徳》を一定量支払う事で、一部の力は残す事が出来る様になる。
言わば、複数の魔法属性を使いこなせる様になる為の、ちょっとした裏技だった。
だが青年は完全に信仰離れをしているらしく、力の名残がまるで無かった。
「それに、神の息が掛かっていないにも関わらず読み取れない才能もあるな。何者だ、こいつ」
それ以上に気になる事をアズリは発見し、アズリは久しく忘れていた感情を思い出した。
人々の記憶より忘れ去られし歪の神アズリは、青年に興味を覚えた。
「信仰する神がいないのならば丁度良い。これも何かの縁。私の力を貸し与えるとしよう」
アズリは本来禁忌とされている力を躊躇いなく使う。
公平を期すため本人の意思で信仰神とするのを待つのが鉄則にも関わらず、神の意思で強制的に信仰神を決めるというルール違反を犯す。
似たような方法で、夢枕に立ち信仰神として崇めさせる手法もあるが、そちらも基本的にルール違反とされている。
とはいえ取り締まられている訳ではない上に、力の行使には大量の《徳》を消費する。
《徳》に価値を見出していないアズリは悩む事すらしていなかった。
「《徳》はいずれ10倍返しにしてもらうとして……なんだ、ほとんど《徳》を持っていないではないか。これでは神の声が伝わらぬな。仕方ない、こちらもサービスとして50ほど与えよう」
それもルール違反とされているのだが、アズリは構わず青年に力を注ぐ。
「ついでだ。私からも依頼を出しておくとしよう。……ふむ? なんだ、どの神が囁いているのかは知らぬが、私の力を使えと囁いた神がいるな。20年、流石に同情でも誘ったか。ならば簡単な内容にしておくか」
何でも良いので貢ぎ物をしろ、という内容のクエストをアズリは発生させる。
他の神が出したクエストにくっつける事で、うまくいけば同時に達成出来る様にもした。
その際に確認した他の神が出したクエスト報酬は、普通に考えて持ち運びがかなり不便なものだったので、それを踏まえて自身の出したクエストの報酬を決める。
その時うっかり、自身の出したクエストを達成しなければ他の神だ出したクエストの達成報酬を受け取れない様にしてしまったが、些細な事だとして黙殺した。
「おっと、対策も無しにあまり長く此処にいると人の寿命はあっと言う間に尽きてしまうのだったか」
もう少しじっくり調べたかったが、やむなく青年を人間界に強制送還させる為の窓をアズリは開ける。
その出口は、青年が入ってきた入口とは別の場所へと繋げる。
青年が気を失っていた事から、何らかの事故に巻き込まれた可能性を考慮しての事だった。
「では、貢ぎ物を楽しみにしている」
そう言って、アズリは青年を出口へと放り込んだ。
その次の瞬間。
「ほぉ……意外と早かったな」
巨大なラバと共に現れた青年の姿に、アズリは内心ちょっと吃驚するのだった。




