死闘! 我が永遠の好敵手
左手に盾を構えたまま踏み込み、右手に持った剣を振り降ろす。
剣は唸りをあげて、二足歩行をする鼠型モンスターが一瞬前までいた空間のみを斜めに切った。
小癪な事に、鼠野郎はバックステップで避けたのだ。
踏み込みが浅かったか。
お返しとばかりに大鼠は地面を飛び跳ねて蹴りを放ってくるが、それはどうにか盾で防御する。
大鼠との体格差は1:4といったところ。
身長約180センチの俺に対して、危険な赤い眼光を宿した大鼠の全長は俺の膝下辺り。
そんなものが全体重をのせて蹴りをいれてくればどうなるか。
防御には成功したものの、俺は大きく体勢を崩していた。
しかし何とか踏みとどまり、続けて放たれてきた連続キックを盾で防御し続ける。
というか、空中にとどまったまま攻撃してくるなよ。
足が短いのに何で攻撃が届くんだ。
いったいどんな鼠だ。
ちょっとうざいので、強引に盾を前につきだして盾で攻撃。
不意の盾の一撃に身を弾かれた大鼠が地面をバウンドしていく。
が、ゴロゴロ転がった後、何事もなかったように立ち上がる。
意外とタフだ。
仕切り直しで剣を構える。
左半身を前に出して左手の盾で身を隠し、右手に持った剣は上段水平に。
「はぁっ!」
裂帛の気合いと共に突撃し、盾によって作り出した死角から剣を前に突き出す。
だが剣の切っ先は目標を少し横にそれ、大鼠の肌を浅く斬り裂いたのみに終わった。
技術も練度もまるで足りないからだ。
否。
例え相手がモンスターといえど、命を殺める行為に寸前で俺が躊躇ったからだろう。
そんな俺の胸中を察したのか、大鼠の口元が一瞬緩む。
気のせいだ。
その大鼠の狂暴そうな顔を迷いと一緒に断ち斬るつもりで剣を右に振るう。
届かない。
いや、また躱された。
動きがすばしっこい。
距離を取ろうとする大鼠を追って、剣を振り回しながら追撃をかける。
大鼠も己の命がかかっているため必至に避け続ける。
それは当たり前の事だが、ならば何故こんな町の近くに現れたんだと思う。
なかなか剣が当たらないので、振り回すのをやめて突きに切り替える。
その瞬間、大鼠はバックステップからサイドステップに切り替え、そこから更に90度進行方向を変えて鋭い飛び蹴りを放ってきた。
「くっ……やるな」
大鼠の蹴りが右肩にヒットするも、それほど大した威力ではなかった。
例えるなら、ちょっとした我慢比べのじゃれ合いで、会社の同僚からパンチされる程度のもの。
痛いが耐えられないほどではない。
だからといって受けたいとも思わない。
攻撃を受けたのが肩だったのが良かった。
ただ、もし顔に直撃だったらちょっと洒落にならないかもしれない。
俺の肩を踏み台代わりに空中へ跳んだ大鼠が、放物線の頂点で突然にクルリと宙転する。
普通ならそのまま後は地面に落ちるだけなので、好機だと思う所。
しかし嫌な予感がしたので、その直感を信じて身をさばく。
――刹那。
「うわっ!? あぶな!」
大鼠はいきなりその軌道を変えて直線的に襲い掛かってきた。
「そんなのありかよ……」
明らかに物理法則を無視したその攻撃は、幸いにして身をさばいていた事で回避に成功する。
まるで稲妻キックみたいな攻撃だった。
勢い余ってズザザザザ~っと地面を滑っていく大鼠。
その赤い瞳は明らかに俺を獲物として見ている。
むかつく。
大鼠が地面を蹴るのに遅れて、俺も攻撃のため地面を蹴る。
初撃は盾で受け、間髪入れず剣を走らせる。
だが蹴りの一撃で剣は弾かれる。
剣速が足りなかった。
剣の軌道を見切られ刃のない部分を狙って蹴られたか。
意外とやる。
もしや名の知れたエリアボスか。
盾で防御されようとも大鼠はお構いなしに蹴りを入れてくる。
滞空時間が半端ない。
エアマスターの如く2連蹴りから旋風脚、回し蹴りのコンボ攻撃。
体格差の御陰で威力はさほど感じないが、全て盾で受けているので少し左腕が痺れてきた。
回し蹴りの後に出来た隙を狙って、再び剣閃を放つ。
今度は迎撃される事もなく、ブロンズソードの刃は大鼠の身体を斜めに斬り裂いた。
よし。
……っと喜んだのも束の間。
斬り降ろした刃の後に目にした大鼠の身体は、真っ二つになるどころかちょっと薄皮を斬った程度の傷しかついていなかった。
一撃必殺というのは流石に欲が過ぎたか。
チューーーーーーーーッ!
死すら予感させる一撃を受けたため、大鼠が怒りの咆哮をあげて襲い掛かってくる。
その強烈な気迫に押されて思わず一歩後ろに下がってしまった。
怖い。
だが、殺らなければ殺られる。
「こいっ!」
自らを奮い立たせるためにそう言い放ち、盾を構える。
俺と大鼠の死闘がまた始まる。
それから約10分後。
まだ俺達は死闘を繰り広げていた。
「あいつ、結構やるな」
「だろ? 来て正解だっただろ」
「まさか町のすぐ側でこんな戦いを見られるなんて俺達ぁラッキーだな」
いつの間にか西の門前には人だかりが出来ていたが、今の俺には関係ない。
いや、外野の野次馬連中に意識を向けている余裕などなかった。
脇を締めたまま盾を構え、大鼠に向けて突撃する。
死闘の途中で閃いた戦技〈シールドタックル〉。
ただ守るだけが盾の仕事ではない。
膝ぐらいまでの身長しかない大鼠がこの攻撃をまともに受ければ無事では済まない。
案の定、大鼠はサイドステップで回避する事を選んだ。
しかしそれは計算の内。
先程は右に逃げた所を狙い澄ませた刺突により右肩を斬り裂いた。
今度は左へと回避した大鼠に、左足を軸に身体全体を右回転させた回転撃を叩き込む。
回避から攻撃に転じようとしていた大鼠はまともにその一撃を受け、大きく吹っ飛んだ。
今日一番の大当たりだ。
「おっ? 決まったか!?」
「いや、まだだ。あれじゃ鉄の棒で殴ってるだけだ。斬ってねぇ」
「やべぇ……酒でも飲みながら観戦したくなってきたぜ」
「すごいな、立ち上がったぞ」
「まだやる気か。大人しく寝てればいいものを。それだけ実力が拮抗しているという事か」
「この戦い、いつまで続くのでしょうか。私は今までこんな凄い戦いは一度も見た事がありません」
「今度は奴から行った!? あれだけの攻撃を受けてまだあんな動きが出来るのかよ!」
「あいつ、良い一撃が入ったからって油断してたな。クリティカル受けてるぜ」
「形勢逆転、勝負の行方がまた見えなくなったな」
「どっちも頑張れー」
外野、五月蝿い。
あと、お腹にもろに受けてマジで苦しい。
俺が着ている鎧は胸の部分しか守っていない胸当てだから、お腹の部分はスカスカだ。
だが歯を食いしばって耐える。
ここでお腹を押さえて蹲ったら大鼠のいいようにされるだけ。
盾を両手で押さえながら身体を縮こませ、亀スタイルで大鼠の連続攻撃を受け続ける。
一撃一撃が盾にぶつけられるたびにその衝撃が腹まで伝わり、まるでダメージが蓄積されていくかのように腹が痛む。
てめぇ、調子に乗ってるな?
攻撃のリズムを身体で覚える。
時間が経てば経つほど腹の痛みはひいていく。
その代わり疲労は蓄積していくばかりだが、まだいける。
もしかしたら才能:不屈Lv1の効果かもしれない。
大鼠の攻撃タイミングに合わせ、戦技〈シールドバッシュ〉を叩き込む。
〈シールドタックル〉が盾を構えたまま身体ごと突進する技なら、〈シールドバッシュ〉は立ち止まったまま盾を前に突き出す技。
威力は低いが、大鼠の体勢を崩して隙をうむには十分である。
これらのスキルは、同じ様な動作を繰り返していたら急に開花した才能:盾防御Lv1に付随してゲットしたスキルだった。
他にも幾つか覚えている。
こんな才能を俺は持ち合わせていたんだなと意外に思う。
〈シールドバッシュ〉でうまく大鼠の体勢が崩れたので、間髪入れずに剣を走らせる。
振り降ろした刃は大鼠の堅い皮に阻まれ肉を断つ事は出来ず。
しかし鈍器としての役割は果たし、大鼠はそのまま地面に顔から衝突した。
追撃をかけたい所だが、大鼠の連続攻撃に耐えるために止めていた息が限界。
思い切り息を吐き、貪るように大気を吸う。
そして気を引き締めた時には、大鼠は起き上がっていた。
くっ……また仕切り直しか。
一瞬の睨み合いの後、再び俺と大鼠は激突する。
大きくバックジャンプした大鼠が、重力と釣り合う跳躍の最頂点でまた宙転。
物理法則無視の強力な攻撃が、それを予期し踏ん張って待ち構えた俺の盾と激しくぶつかり合う。
大鼠から見れば巨人でしかない俺の身体が若干のけぞる。
完全には耐えきれなかった。
腕が痛ぇ!
その俺の視界の中で、再び大鼠がまた宙転する。
まさかの連続稲妻キックだった。
勝負を決めに来たのか。
もう一度盾で防御するも、衝撃を吸収しきれず後ろに弾き飛ばされた。
「決まるか!?」
決めさせてたまるかっ!
倒れそうになるのを強引に踏ん張り、剣を地面に突き刺してでもダウンを回避する。
2度ある事は3度あるという。
ダウンした所で3度目の稲妻キックを受けたら、怪我程度で済むとは到底思えない。
何より、野次馬がいる前で無様にダウンしたくない。
幸いにして、大鼠は無理をして攻撃を繰り出していたためか、追撃はしてこなかった。
大鼠が長い浮遊を終え、疲れた表情をして着地する。
そのまま身体を支えきれず片膝までつく。
瀕死という訳ではないが、ダメージの色は十分に濃い。
しかしやる気は満々。
そうこなくっちゃな。
剣を地面から引き抜き、再び俺は身構える。
大鼠もそれに呼応して膝を地面から上げ、腕を開いた姿勢で力を溜める。
この死闘は恐らくまだ続く。
互いに好敵手だと認め始めていた俺達は、そんな予感を覚えながら地を蹴った。
町に辿り着いたのが遅かった事と、ギルド登録したり持ってきた荷物を売ったりしていた事で結構な時間が過ぎてしまい、山向こうの上にあるお日様が夕焼け色に染まり始めていた。
正直、町の外に出てモンスターと戦おうと思わなければ良かったと思う。
大枚はたいて買ったばかりの武器防具は、僅か1時間も経たないうちに随分と草臥れていた。
「はぁ……はぁ…………せやっ!」
動きが随分と衰えてきた大鼠の胴をブロンズソードがカウンターで薙ぐ。
刃は毛皮を切り裂き、肉を露出させて血を飛沫かせる。
酷く疲労した事で無駄な力が消えたせいか、刃筋が剣筋と一致し段々と斬れるようになってきた。
だがまだ大鼠の体力を削りきる事は出来ない。
肉を断たれても骨を断つ気なのか、大鼠は胴を斬られながらも空中で回転し、強烈な後ろ回し蹴りを放ってくる。
同じく動きが随分と衰えていた俺は、ヒビが入り所々壊れているバックラーで防御しようとして失敗した。
大鼠の小さな足が、俺の額にヒットする。
デコピンよりも数段強い痛みが発生し、同時に頭が後ろに弾き飛ばされる。
しかし威力が足らない。
多々良を踏むも、倒れる事はなかった。
続いて襲ってきた旋風脚はキッチリ盾で受け、その次の瞬間に〈シールドバッシュ〉を叩き込む。
盾の一部が破砕し破片が飛ぶが、構わず前へ。
重たい右腕をあげ、振り降ろす。
まるで重力に引かれているだけの斬撃。
しかし腕を引く事は忘れない。
叩くのではなく、断ち斬るのでもなく、摩擦で斬る。
それは包丁で野菜を切る時と同じ事。
本物の斬撃が大鼠を襲う。
その斬撃を身を以て理解している大鼠は、剣の腹を蹴って軌道を変える。
蹴られた剣に引かれ右腕が横に振られる。
そのまま剣は大地に当たって跳ね返り、また刃の一部を欠けさせた。
関係ない。
今度は鉄の棒として剣を扱い、大鼠の脇腹を撃つ。
「串焼き~、大鳥の串焼きはいらんかねー。一本大銅貨1枚だよー」
「おう、4本くれ。後、酒はないのか?」
「すみません、酒は扱ってないんです。何せ急だったもので」
あまりに疲れているためか、外野の声も耳に入ってこない。
今は無心に我が永遠の好敵手を倒す事のみに集中する。
撃ち飛ばされた大鼠が地面に着地し、サイドステップで左側へと向かう。
死角からまた稲妻キックを放つ算段か。
あれは痛かった。
腹に受けた時も痛かったが、足下目掛けて繰り出された時にはその一撃が足払いとなり顔から地面に激突した。
鼻の骨が折れたかも、と思うぐらいに痛かった。
今度は見失わないように、慎重に盾を構えながらその場で方向転換する。
案の定、数度続いたサイドステップの着地と同時に、地面すれすれの稲妻キックが飛んできた。
低すぎて盾で受ける事は出来ないので、思い切りジャンプして躱す。
鼠が足下をチューー!っと鳴いて行きすぎる。
「さぁさ、他に賭ける奴はいないかね? 世紀の大決戦、場末の格闘家グラチュエイターVS我等が英雄様。掛け率は1.4対1.6と低いが、こんな大一番は滅多に見られない! ならば賭けて楽しまなきゃ損だぜ損! 掛け金は大銅貨1枚から銀貨1枚までだ。さぁさ、賭ける奴はいないかね!」
「いやいや、なかなか見所のある戦いですなぁ」
「この戦いには学ぶべき所が幾つもある。よく見ておけ」
「はい、師匠!」
ジャンプするのも辛ければ、着地した時のショックを膝で吸収するのも辛い。
だが泣き言は言ってられない。
膝に鞭を打ち、もう一働きしてもらう。
着地に失敗した大鼠がゴロゴロと転がりながら止まる。
その大鼠目掛けてダッシュ。
「はぁぁあああああっ! やぁ!」
右腕を弓なりに後ろへ引き絞った後、一直線に剣を前へと突き出す。
地面水平に突き向かった切っ先は、走力ものせて大鼠の喉元目掛けて疾く奔る。
間一髪、その死の刃を察知した大鼠が身体ごと首を捻り回避。
必殺の一撃は大鼠の首の皮1枚を斬っただけに終わる。
構わず、そのまま盾ごと大鼠にぶつかる。
〈シールドタックル〉が大鼠の身体を再び吹き飛ばす。
だが身構えられていた。
来る事が分かっていれば耐える事も出来る。
大鼠は身体をぐっと縮めて刃を食いしばり〈シールドタックル〉を耐えて見せた。
瞬間、俺の背中に戦慄が走る。
大鼠の紅に染まる瞳がカッと見開かれ、強力な一撃を放とうとしているのが分かる。
渾身の稲妻キックをこのタイミングで放とうとしているのが分かる。
まずい。
強引に〈シールドタックル〉を繰り出したせいで、身体が制止仕切れない。
そんな状態でまともに稲妻キックをくらったら、俺の前方向へ進もうとする力のベクトルが稲妻キックから生み出される強烈な力のベクトルに加算されて、より大きなダメージとして俺に襲い掛かってくる事になる。
思考は間に合わなかった。
判断も間に合わなかった。
反応仕切れなかった。
チューーーーーーーーーーーーッ!!
迅雷の如く、空中から超加速して降りてきた大鼠の脚撃は、左手に持った盾をすり抜け俺の身体に突き刺さった。
「おおおっ!? 決まったかっ!」
世界がゆっくりと流れ始める。
俺の身体がゆっくりと後ろに倒れていく。
心臓目掛けて降下してきた大鼠の姿がすぐ目の前にあった。
その大鼠の小さな脚がめいいっぱいに伸ばされ、俺の胸へと突き刺さっていた。
渾身の必殺攻撃は、俺の胸に凶悪な衝撃を与え、心臓の鼓動を止める。
息が止まっていた。
肺から空気が無理矢理に押し出され、酸素を渇望した。
だが吸うことは叶わず。
胸を貫いた衝撃は背中まで伝わり、そして背中の向こう側へと貫けていった。
大鼠の赤い瞳が愉悦の色に染まっている。
決まった、という確信に満ちていた。
口元には笑みが浮かんでいた。
――勝機!
ガァンという音と共に大鼠の身体が右に殴り飛ばされる。
戦技〈シールドブロウ〉。
左腕に持った盾で大鼠の身体を殴り飛ばす。
大鼠の顔が大きく歪み、口の中から鋭い歯が外れ宙を飛ぶ。
いったい何が起こったのか理解出来ないまま、大鼠は宙を飛んだ。
渾身の稲妻キック。
その必殺の一撃を受けて、とうとう防具としての役割を終えたレザープレートを強引に剥ぎ取り身を軽くする。
正直、賭けでしかなかった。
だが運命は俺に味方をした。
絶対の急所を狙った大鼠と、絶対の急所だけは防具で守ろうと思った俺。
それが勝敗の分かれ目。
大きく息を吸う。
これが最後と言わんばかりに、限界まで息を吸う。
息を吸いながら、まだ驚愕の中にいる大鼠へと向けて全力で駆ける。
「はぁ!」
戦技〈シールドタックル〉。
盾を構えたまま大鼠にぶつかり、その小さな身体を更に吹き飛ばす。
もう一度攻撃を受けた事でようやく現実に意識を戻した大鼠が怒りの声をあげる。
紅色に染まる瞳が俺を睨み付けてくる。
その瞳には、決死の覚悟が浮かんでいた。
空中軌道にありながら慣性の法則を無視した宙返り。
もはや見慣れた必殺技の初動。
来る!
ここからだ。
このタイミングしかもうない。
この大鼠を倒すには、たった一撃では足りない。
この大鼠の意識を絶つには、生半可な攻撃ではダメだ。
この大鼠から勝利をもぎ取るには、残っている力の全てを注ぎ込むしかない。
チューーーーーッ!
何も無い空間を蹴って、大鼠が急加速する。
その一瞬を見切り、戦技〈シールドバッシュ〉をカウンターで叩き込む。
バックラーに大きなヒビが入った。
力と力がぶつかりあい、どちらか一方が押し負ける。
2つの力は拮抗しなかった。
押し負けたのは……体格の小さい方。
ここにきて絶対の体格差が浮き彫りになる。
勝機の予感が、確信へと変わる。
左腕が動く。
左腕に呼応するかのように左半身が動く。
記憶の中でボクシングアニメで見たとある光景が浮かんだ。
最初は、リバーブロー。
俺が繰り出したのは、2度目の〈シールドバッシュ〉。
大鼠の身体が破ぜる。
首が曲がり、腕がひしゃげ、身体中の傷から血を飛沫かせ、見るも無惨な姿を晒す。
だが俺の攻撃はこれでは終わらない。
稲妻キックで得た速度が徒となり、二度も盾で全身を殴られたのにまだ空中で制止している。
その小さな身体目掛けて右腕を大きく振り上げる。
ブロンズソードの刃で大鼠の身体を真っ二つに斬り裂くために力を込める。
しかし俺は見た。
大鼠の目はまだ死んでいなかった。
もはや半死半生であるにも関わらず、闘争の光がその瞳には宿っていた。
防御される――そう思った。
その瞬間、また脳裏にとある光景が浮かび上がる。
あのアニメでは、リバーブローを放った後にガゼルパンチを繰り出していた。
だが、それはただガゼルパンチを繰り出した訳ではない。
殺気によるフェイントを織り交ぜて相手の防御を別の場所へと誘い、意識していないノーガードの部分へとガゼルパンチを叩き込んでいた。
切り札をきるのはここしかない。
最後の最後まで残していたそのスキルを、俺は発動する。
能力〈気配隠し〉。
その瞬間、俺の姿は大鼠の意識から半ば消え去った。
しかり振り上げた右腕が大鼠の意識から消える事はない。
ブロンズソードの刃が唸りをあげて襲い掛かってくるという光景を大鼠は確信していた。
そこに襲い掛かった戦技〈シールドストライク〉は、無慈悲に大鼠の身体を吹き飛ばした。
〈シールドストライク〉は、〈シールドバッシュ〉と〈シールドタックル〉を合わせた上位技ようなスキルである。
〈シールドバッシュ〉は腕の力だけで叩き付ける技、〈シールドタックル〉は走る力でぶつかる技。
それが合わさるという事は、走ると同時に盾を叩き付けるという事である。
当然、与えるダメージも大きくなる。
そんな技を不意打ちで放てばどうなるか。
大鼠には何が起こったか分からなかっただろう。
来ると思っていた方向から攻撃はやってこず、全く意識していなかった方向から強烈な一撃を叩き込まれた事で、大鼠はこれまでにない大ダメージを受けていた。
それでもまだ意識が残っているようだが、もはや身体は言う事が聞かないだろう。
しかしこちらとて無傷では済まなかった。
強力すぎる一撃は、バックラーに残されていた耐久も最後まで削り取った。
バックラーがバキッという音と共に真っ二つに割れる。
もはやこの手に残っているのはブロンズソードだけだった。
命を救ってくれたレザープレートは破壊され、何度もこの身を守ってくれたバックラーも遂にその役目を終えた。
後はもう、大鼠を攻撃して倒しきる以外に残されている道はない。
「うおおおおぉぉぉぉぉっ!!」
例のアニメでは、最後に左右からの強打を浴びせ続ける事で相手の意識を狩り取った。
それに習い、俺はブロンズソードで大鼠の身体を斬り刻む。
何度も何度も剣を振り降ろす。
右に左にと、交互に剣を斜めに振り降ろす。
力のある限り×印を大鼠の身体に刻み込む。
斬る、断つ、殴る、撃つ、そんなのは関係無しに兎に角がむしゃらに剣を振るった。
ブロンズソードの刃が大鼠の左腕を肘の先で斬り飛ばす。
右肩に当たり、肩の骨を砕き割る。
刃の切っ先が未だ闘志を宿す左目をとらえ、大鼠から片方の光を永遠に奪い去った。
右足が付け根から2つに裂ける。
それでもまだ大鼠は生きていた。
死んでもおかしくない状態にあるというのに、残っている赤い右目で俺の姿を映し続ける。
最後のその時まで、大鼠は決して諦めていなかった。
心のどこかでまだ俺は命を奪う事に躊躇しているのか。
否、そんな筈はない。
俺の攻撃は確かに大鼠の命を狩り取りにいっている。
意識を絶つのではなく、命を奪いにいっている。
剣という武器は、命を絶つための道具。
それを振るっている事が何よりの証拠。
命を奪う覚悟をした。
大鼠を殺す決意をした。
それを行動に移した。
ではいったい何が足りないのか?
「決めちまえ、ぼうず!」
「トドメを刺すんだ!」
「削るんじゃない! 絶て! そいつには根性がある!」
そうか、トドメの一撃が足りないのか!
この大鼠は根性を持っている。
どんなに小さな攻撃を積み重ねても、根性という才能もしくはスキルを持っている相手はHP1で耐え続ける。
一定以上のオーバーキルをしないと、根性を持っている相手は高確率で倒せない。
そういうカラクリか。
最後の攻撃をするべく両手でブロンズソードを握る。
ずっと全力で攻撃し続けていたので、恐らく次が本当に最後の攻撃になるだろう。
俺は大地を蹴り、大きくジャンプする。
両手に持った剣を振り上げ、残された力で渾身の一振りを放つ。
全力で、ブロンズソードを大鼠へと叩きつ……違う!
ブロンズソードの刃が大鼠へと触れる。
その瞬間――俺は力の方向を少しだけ手前へと引いた。
『才能:刀技Lv1に開眼致しました』
『戦技〈零の太刀〉に開眼致しました』
叩き付けるのではなく、手元へと引く。
大鼠はその一撃を受け、まるで紙を斬るかの如く手応えのないまま真っ二つになり、絶命した。
その最後に、大鼠はとても満足した笑みを浮かべて逝った。
「おおおっ! ついにやりやがったぜあいつ!」
「よくやった! よく頑張った!」
「やべぇ……涙が出てきたぜ。なんて戦いだ」
「フッ……まだまだこの世には計り知れない奴がいるものだ。俺ももっと精進せねば」
そんな盛り上がる外野の喧噪を遠くに聞きながら……。
力尽きた俺は、人生最大の好敵手と認めた大鼠の横に倒れた。
ほんと……今日は、厄日だな。
だが、こんな厄日がたまにはあっても良いと思う。
そのまま俺は意識を手放した。