誘惑
結論から言えば、ギルド裏では何も買い取ってくれなかった。
まず食材。
日持ちしないのは基本NGだと言われた。
ギルドは別に飯屋じゃないのだから、大量の食材を買ってもすぐにさばききれない。
転売するのも面倒なので、食材を扱ってる店や飯屋を幾つか紹介するから、そっちで交渉してくれとのこと。
ちなみに酒だったら大歓迎だとか。
教会に帰ったらちょっと見当してみるとしよう。
次に石包丁。
金属製の物が普通に出回っているのだけど?と言われた。
武器屋なら物珍しさで買い取ってくれるかもしれないが、たぶん二束三文だそうです。
うん、期待してなかったけどハッキリ告げられるとちょっとへこむ。
頑張って研いだのに……。
玩具に関しては少し興味を持たれたが、価値が分からないのでやっぱり別の店を紹介された。
ただ、紹介された店の中に先程紹介されたばかりの武器屋が入っていたのは何でだろうな。
木笛って武器扱い?
まぁコマも使う人によっては武器にしているけどね。
「おう、御前か。その顔だと良い値がつかなかったみたいだな。ま、人生そんなものだ。ほらよ、御前さんのギルド証だ。手数料はツケとくぜ」
「ツケ?」
「詳しい事はベルに聞け」
「どうぞこちらに」
この建物にたった3人しかいない癒しの女神の一人がニッコリ笑って俺を席に促す。
思い切り仕事の顔だったが、ちょっと癒された。
一時的に彼女を独占してしまった事で周囲から痛い視線が降り注いできたが、無視無視。
今だけはこの世界にベルちゃんと俺の2人しかいないと思い込む。
「妙な気は起こすなよ。分かったか?」
強引に世界が引き裂かれた。
作り笑顔で、はいと答えておく。
「では、簡単にですがギルドについての説明を行います。ギルドでは……」
そのあとベルちゃんから約10分ほど説明を受けた。
まぁ思っていたのとだいたい同じである。
掲示板に色んな依頼カードが貼られているので、そこから自分に出来そうな依頼カードを選んで処理してくれれば良いとのこと。
依頼を始める場合は、依頼カードに書かれてある番号をカウンターにいるベルちゃん達に告げてギルド証に登録してもらう。
依頼によっては1人しか受けられないなどの人数制限もあるので、その場合は基本早い者勝ち。
納品系の依頼は数量限定じゃない場合は登録不要。
納品物を持ってギルド裏の納品用カウンターに行き、番号を告げればその場で処理してくれる。
報酬にお金以外の品物がついていた場合にも、その納品用カウンターで貰える。
但し、依頼報告をして一定期間内に受け取らないとギルドが安く買い叩いて処分してしまうので注意すること。
そういう取り決めをしておかないと、ギルドを仮の荷物預かり所として利用する輩がいるためらしい。
ちなみにウォンテッドと書かれている納品系の依頼カードもあるんだとか。
いったい何を納品するんだろうなぁ。
くわばらくわばら。
その後の説明では少し驚いた。
ギルド証は身分証明書の代わりになると同時に、ランクごとに取り決められた金額まで貯金通帳代わりにも出来るんだとか。
そのため、ギルド証には指紋ならぬ魔力紋による本人認証システムが使われている。
ベルちゃんからギルド証の説明を受けている途中、認証登録も一緒に行った。
指をチクッとされて血を抜かれた後、ギルド証に手をかざして登録終了。
いったい誰がそんなシステムを作り出したのか興味があるが、まぁそんな事を思いつくのはやっぱあれだろう。
魔法は理論をすっ飛ばして不可能を可能にするから便利だ。
兎も角、このギルド証があればギルドでお金をおろす事が出来る。
但し、ギルド証へ自由に入金する事は出来ない。
ギルド証への入金はギルド発行の依頼カードを処理すると、その報酬金額が振り込まれる。
限度額を越えた場合はどうなるのかと聞くと、即座に換金されるという解答が返ってきた。
換金額が大きい場合は別途ギルド換金証が発行され、依頼主から受け取る事もある。
あと例外として、ギルド証を作る時にお金の持ち合わせないと借金がつく。
ベルちゃんに言われるままギルド証を手に取って意識を集中させてみると、視界の外側にある見えないエリアにギルド証に記憶されている内容が浮かび上がった。
相変わらずに見難い仕様だな。
なので、目を瞑って世界を闇で満たす。
こうすると表示された内容に意識を集中させやすく、よく見えるようになる。
表示された内容には、俺の名前とギルドランク、出身地や犯罪歴、目的およびそれらの真偽判定結果、そして現在ギルド証に貯金している金額が出ていた。
銀貨7枚か。
相場が分からないので高いのか安いのかよく分からない。
説明は続く。
ギルドランクはDから始まり、順にAまで上がっていくという。
Aの次はAA、その次はAAA。
その上はS、更に上はSS、その更に上はSSS。
そしてトップがMランク……マスターの略らしい。
なんかちょっとややこしいが、数えてみたら丁度10段階評価になっていた。
ただ、Sランクで既に一流らしいので、その上はもう気にしなくて良いと言われた。
なら何でその上のランクがあるのかと聞いたら、そういうレベルの難易度だからだと。
参考までにMランクの依頼はあるのかと聞くと、魔王を倒すという依頼がありますという解答が返ってきた。
報酬はこの世のあらゆる富と権力らしい。
いったい誰がそんなものを与えられるのかは知らないが、Mランクの依頼を受けるにはその2つ下のランクであるSSランクの資格が必要なので、そもそも受けられる人自体がほとんどいないらしい。
ちなみに、俺は新入りなので現在のギルドランクはD。
受けられる依頼はBランクまで。
もしチームを組んで依頼を受ける場合は、そのチームの中で一番低いギルドランクの者が受けられるランクの依頼までとなるとのこと。
「説明は以上です。それでは頑張って依頼を処理してくださいね」
「はい。ありがとう。これから宜しく」
最後に握手を求めると、ベルちゃんは普通に応じてくれた。
こんな所にも俺のいた世界の名残が見え隠れしている。
この分だと、探せば色々と前任者達の情報が見つかりそうだな。
「説明は終わったか。何か困った事があったら、あそこのテーブルで暇を持て余してる奴等に声を掛けてみろ。奴等は基本、サポーターだ。そういう依頼を受けた上であそこにいる」
そう言われてテーブル席の方をみると、ちょうど目のあったいかにも盗賊っぽい男が手を振ってきた。
なるほど。
仲間を集めるにしても見知らぬ者同士だとどうしても話しかけにくい。
それを解消するための一計といった所か。
サポーターという依頼を受けてあの場にいる事で会話の切っ掛けが出来るし、新入り達のサポートも同時に行わせる。
恐らく時間単位、人数限定、低報酬の依頼だろう。
何でギルド内にいるのか分からない穀潰し達よりは、サポーターという明確な位置付けを持っている者のが話し掛けやすい。
あの一見盗賊そうに見える男はどこかのPTに誘われるのを待ちつつ、ああしてサポーター業をしながら小銭を稼いで自分の顔も広げているのかもしれないな。
「んじゃ、頑張れよ新入り」
「どうも」
何となく握手を求められそうな予感がしたので、さっさと振り返ってギルドを出た。
可愛いベルちゃんと握手したばかりのに、禿げ親父の脂ぎった手に上書きされなくない。
「まいどあり~」
ギルド長のグレッグさんの奥さん達(予想以上にみんな若かった!)に紹介された店を梯子して、ようやく教会から持ってきたアイテムを売り捌いた後――アイテムって言ってしまった――適当に大通りに軒を連ねている屋台を見て回る。
アイテムを売り捌いて出来たお金は、銀貨6枚に大銅貨6枚。
屋台で売られている串焼きやスープは、どれも大銅貨1枚あればお釣りがくるような値段だった。
ちなみに、各アイテムは以下の値段で売れた。
川魚が1匹あたり銅貨3枚で、計50匹分。
塩分が採れる草――名はワカブらしい――が、桶一つ分で大銅貨8枚。
伯爵イモは銀貨3枚で売れた。
石包丁は5本ほど持ってきたのだが、先程までいた武器屋で1本あたり大銅貨2枚だった。
玩具の類もついでに買い取ってもらえたが、全部で大銅貨3枚。
銅貨は10枚で大銅貨1枚になり、大銅貨は10枚で銀貨1枚になる。
つまり、分かりやすく言うとアイテムは全部で銅貨660枚に化けた。
ただ……現在手持ちのお金は、その半分以下の銅貨210枚となっていた。
俺もやはり現代人だったのだ。
本物の武器防具を見てしまったが最後、気が付いたら剣と盾それに胸当てを購入してしまっていた。
ゲーム世代に生きてきた者として、武器を持ってモンスターに立ち向かうというのは一種の夢の様なものである。
手元にお金が出来てしまった事で、その欲求に抗う事が出来なかった。
さっきまでギルドにいたというのも悪かったのだろう。
依頼を受けて、モンスターを退治し、お金を得る。
そんなある意味憧れてしまうような暮らしをしている男達があそこにはごまんといた。
実現可能なレベルで目の前にその夢が転がっていれば、ついつい手を出してしまうのはゲーマーの性だろう。
まぁ、買ってしまった物はもう仕方がない。
これは身の安全を守るために必要なものだと自分に言い聞かせる。
さっきまでは石包丁という武器があったが、全部売り払ってしまったので代わりになる物が必要だったのだ!
「串焼き1つください」
「あいよ。銅貨5枚だ」
何の肉を使っているのかよく分からない串焼きを買う。
日本の屋台で買う焼き鳥の肉よりはちょっと大きい。
が、タレなし。
目算、150円ぐらいか?
となると、銅貨1枚で約30円。
大銅貨1枚で300円、銀貨で3000円になる。
そこから暗算していくと、川魚が一匹90円、ワカブが桶で2400円、伯爵イモが9000円。
石包丁は1本600円、玩具は全部で900円。
ついでに、さっき買ったばかりの中古品の青銅の剣と木の盾、皮革の胸当てが合計で13500円となる。
装備品は頑張って値切っているので元値はもっと高いし、新品だと更に高くなるので正直安いのか高いのかよく分からない。
石包丁がちょっと安く買い叩かれすぎな気もするが、まぁそんなものかと納得しておこう。
結構よく切れるのになぁ。
それにしても……なんか、剣を持ってると身が引き締まる気がする。
刃物なら石包丁を持っていたというのに。
やはり最初から武器として作られた物は違うという事か。
これで俺もいっぱしの剣士だ。
いや、俺は日本人だから侍だ。
ふむ……血が、たぎるな。
この勢いのままちょっと町を出てモンスター退治と洒落込むかな。
もちろん、振りだけだが。
教会からこのビザンテまでの道中、モンスターなんて見かけた事がないので、そう簡単に出会える訳がない。
「ん? 町を出るのか。身分証はあるか?」
西の門から出ると、門の前で長い槍を持って立っていた門番らしき男性の一人に呼び止められた。
「結構。あまり遠出するなよ。日が落ちる前に帰って来い」
ギルド証に記録されているランクDという情報を読み取ったのか、門番は軽くそう注意してくれた。
軽く手を振って了承の意を示す。
そして意気揚々と道を外れて南西に向かうと……。
「いきなりか」
10歩も歩かないうちに二足歩行している鼠のようなモンスターに遭遇した。
おお……まさか自分の方から倒されにやってくるとは。
頭の中で思わずチャララララ~というエンカウントミュージックを流してしまったではないか。
チラッと後ろを振り向く。
俺の視線に門番達もすぐに気が付いて状況を察する。
そして彼等は胸の前で腕を組み、頑張れよというような笑みを俺に投げかけてきた。
つまり、このモンスターは駆け出しの俺でも十分に倒せる雑魚という事なのだろう。
初戦闘が町のすぐ近くで、しかも助けてくれる人がいるいうのはなんと好都合か。
「悪く思うなよ」
そう言って、俺は腰に釣り下げていたブロンズソードを鞘から引き抜いた。