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滅亡世界の果てで  作者: 漆之黒褐
第1章
12/52

車輪

 教会での生活に慣れたとはいえ、解決すべき問題は多い。

 その一つが水問題。

 この教会の水事情はちょっと悪かった。


 ウルス村ならばすぐ近くに川がある上に、村の中に井戸もあるというのに。

 村では飲用や炊事用の水は井戸を使い、洗濯などは川を利用する。

 井戸から水を汲むのは老いた者しか住んでいない村では重労働の一つに入るが、それでも井戸のない教会の水事情に比べれは遙かに良い。


 10歳に満たない子供達が教会に集まっているのは、この付近一帯を統治しているらしい領主が行った人狩りを警戒してのこと。

 たまたまビックスやマリンちゃん達は川遊びしてたため人狩りの魔の手から免れた。

 が、いつまた人狩りが行われる分からないため、ウルス村から離れた場所にあるこの教会に隠れているという。

 教会も決して安全な場所ではないが、ウルス村にいるよりは幾分か安全なのだろう。


 ただ、この教会には井戸がない。

 教会は初代魔王によって世界が滅ぼされる前に造られた建造物らしく、この後いくつかの建物を建てた後にこの地を砦化する予定だった。

 その時、井戸も掘る予定だった。

 しかし初代魔王の侵攻が思いのほか早く、断念せざるをえなかったとか。


 そして何より、川まで少し距離があるのも問題だ。

 川の水は煮沸すれば飲用に使えない事もないが、汲むだけでも大変である。

 俺の足で片道約20分。

 子供達の足ではその倍かかる。

 毎日のように交代で水汲みしているらしいが、子供達の体格では一度に汲んで来れる水の量は少なく、また時間がかかるのでとても大変だ。

 水汲みを楽にするアイテムとかもない。


 水は命。

 綺麗な水も欲しいが、そもそも水自体の入手が面倒な環境にある。

 俺がクラフト系の才能を取ろうと思ったのも、この水問題を含めた子供達の生活環境を何とかしたかったため。

 才能ポイントを振って才能を取るまでは、物作りより先に清掃作業を行って教会内を清潔にしたり、衣食住の3つのうち食も何とかする必要性にかられていたので、そちらの方を頑張っていた。

 清掃はだいたい終わり、食に関してもユキさんからキッチンの仕事を奪ったり、鶏もどきのポッポの暮らしを良くした事で何とかなりそうである。


 故に、そろそろ本格的に水回り問題を何とかしよう。


「ユキさん、ちょっと森まで行って木材を取ってこようと思う」


 だが、素材がないと物は作れない。

 そして、木は重要な素材である。


「はい~。デートのお誘いですね~」


「え? いや……」


「ちょっと待ってて下さいね~。少しおめかししてきます~」


 一人で行くつもりだったのだが、何かいきなり妙な雲行きになった。


「お待たせしました~。さぁ、行きましょうか~」


 ユキさんは石斧を持っていた。

 デートとおめかしと石斧。

 いったいどこでどういう風に繋がっているのだろうか。


「え~と……それは?」


「枝を切りに行くんですよね~? まさか木を切り倒すつもりですか~?」


 ああ、なるほど。


「切り倒すつもりはないが……」


 切り倒しても教会まで運べないと思う。

 竹とかが生えてたら1本まるごと持って帰っても良いが。


 釈然としないながらもユキさんがとても良い笑顔をしていたので、それ以上はあまり深く考えないようにした。

 もしかして、ユキさんなりにアプローチしてきてる?


 一度ウルス村のギルドに顔を出した後、更に南下して森に入る。


 ちなみにギルドの掲示板からは、例の『若い男の人募集。12歳以上。独身。報酬:家と畑』という依頼が消えていた。

 どうやら、俺が素直に村長宅へ行かなかった場合に対する罠だったようだ。

 のこのこと釣られて行ったら、さて何が待っていたんだろうな。

 拘束される未来はたぶん変わらなかったと思うが。


「気をつけて下さいね~。この森には熊さんが出ますので~」


 ある日。

 ……森の中。

 …………熊さんに。

 ………………出会った。


「あら~」


 本当に出会ってしまった。

 おぉおっ!?




『クエストが発生しました。

 クリアすると、ユキ・ホワイトスノウの好感度が大きくあがります』


 ・目の前にいる熊を一撃で倒し、ユキ・ホワイトスノウに格好良い所をみせろ!




 無茶言うな!

 戦闘系の才能をこれでもかというぐらいに取ってるなら兎も角、今の俺に身長倍ぐらいある熊を倒せる訳ないだろ!

 一撃で倒すどころか、一撃で殺されるわっ!


「ゆ、ユキさん。に、にげ……」


 やばい。

 ちょっと腰が抜けかけてる。

 足が言う事をきいてくれない。


 まさかこんな形で死がやってくるとは思いもよらなかった。

 だが、何とかしてユキさんだけは逃がさないと……。

 俺が死んでも、ユキさんがいればまだ子供達は救われる。

 ここは覚悟を決めて……。


「うーん、クエストの報酬にあった良い事って、もしかしてこの熊さんですかね~」


 ――あれ、ユキさんが普通だ。

 こんなピンチでもまだ天然でいられるのか……。


 などと思っていたら、ユキさんが石斧を持っていない手を前につきだして。


「えいっ! フレイムチェーン」


 なんか場違いなほどに可愛い声でユキさんがそう叫び、掌から赤い鎖を3本出した。

 鎖はまるで蛇のように熊目掛けてウネウネと高速で蛇行し、熊の全身に絡みついていった。


 って。

 え?


 一瞬で赤い鎖に雁字搦めにされた熊は、鎖から逃れようと藻掻く。

 しかし動く度に鎖は締まり、熊の自由を奪っていく。

 同時に、焦げ臭いにおいが周囲に立ちこめる。

 よくよく見ると、ユキさんの掌から出ている鎖は炎そのものだった。


 鎖の形をした灼熱の炎が、熊の身を捕らえていた。


「ごめんなさいね~。今は~、ケントさんとデートの途中なんです~」


 そう言ってユキさんはぴょんと飛んで、手に持っていた石斧で熊の眉間を殴った。

 自分の身長よりも高く飛んで、石斧でドゴッという怖い音を出した。


 熊が白目をむき、前のめりに倒れた。


「……」


 俺も白目をむいて倒れたい気持ちだった。

 ユキさん、ぱねぇ。

 あなた何者ですか。

 それなりに力を持ってる人は、初代魔王によって残らす殺されたという話ではなかったのだろうか。


 言葉を失って熊を見ていると、ユキさんが俺の方に向き直り、にこっ。


「さぁ、行きましょうか~」


 ユキさんは絶対に怒らせないようにしようと、心に誓ったのだった。

 あと……もしユキさんに襲われたら――うん、諦めよう。









 その後は何事もなく、手頃な大きさの枝を数本切って教会に帰った。

 何も無かったのがちょこっと残念だったが、まぁそんなものだろう。

 人気の無い場所とはいえ、熊が出る場所というのはなぁ。


 ちなみに、ユキさんが倒した熊は気絶しているだけでまだ生きている。

 4メートル近くもある熊なので、殺したところでどうやっても持ち帰れないからだ。

 無駄に殺生もしたくないし。

 ただ、後で聞いた所によると、あの大きさで実は子供とのこと。

 親になると10メートルぐらいって……。


 流石異世界、生態系も半端ねぇ。


「にぃに、なにしてるの?」


 持って帰ってきた枝の1本を教会東の川辺で処理していたら、カリーちゃんがやってきた。

 その手には壺。

 今日は力を持て余したビックスが午前中に水汲みをやりまくってたので、午後の水汲みは不要という事になっている。

 どうやら俺の様子が気になって遊びにきたらしい。

 水汲みは、たぶんそのついでか。


「ちょっと日曜大工を少々」


「にちようだいく? なにそれ」


「もうすぐ完成するから、見てもらった方が良いな。感想も聞けるし」


 そう言いながら、俺は最後の作業に取りかかった。


 棒状にした木3本を*の形に組み合わせる。

 *にした棒は中央を削っており、ピッタリと合わさるようになっている。

 その中央に芯を入れて固定。


 更にその周りに、12分の1の円弧上にした木を取り付けていって輪にする。

 勿論、こちらも芯や留め板をはめて、そう簡単には壊れないようにする。

 天然の接着剤があれば尚良いのだが、それはまた今度。


「しゃりん?」


「ん、正解」


 同じ物をもう一個作る。

 出来上がった2つを並べ、間に太い木の棒を差し込む。

 この時だけちょっとカリーちゃんにも手伝ってもらった。


「完成」


「え、かんせい?」


「そう、完成。今の所は、だけどね。ここまでだ。残りの材料はまだお家にある」


 見た目にはボビン――糸を巻くための筒状の道具を巨大化したような物が出来上がった。

 まるで綱引きの綱でも巻き取るような、そんな感じのもの。

 枝1本という材料で作る事が出来たのはそこまでである。


 この後の工程は、荷物を載せるカゴ部分の作成と、手で持つ部分の作成となっている。

 俺が作成しているのは荷物を運ぶための荷車だった。

 但し、子供用サイズ。


 水を汲んで蓋をした壺や桶を乗せて2人がかりで引けば、これまでよりも多くの水を少ない労力で運ぶ事が出来るようになる見通しである。

 耐久性にはちょっと自信ないが、まずは数を揃えて色んな荷物を楽に運べるようになるところからスタート。

 改良、改造はもっと後の話。

 今は試作段階である。


「うまく出来てるか確認したいから、この真ん中部分をクルクル回してお家まで運んでみてくれないか?」


「うん、いいよ」


 耐久チェックとバランスチェックをかねて、カリーちゃんに荷車の車輪部を運んでもらう。

 その代わりに、カリーちゃんが持ってきた壺に川の水を汲んで俺が運ぶ。


「くるくる~。おもしろい」


 思いの外カリーちゃんは楽しそうだった。

 ただ、時折に車輪が跳ねたり、早く回しすぎて車輪に置いて行かれたりすると大いに慌てていた。

 荷車用の道の舗装も考えておかないといけないか。

 石に何度もぶつかっていたら車輪の破損も早くなる。

 要チェックや!


「あら~。ケントさん、それなんですか~?」


 物珍しさにどんどん集まってくる子供達+α。


「にーちゃん、それうまいのか?」


 どう見ても食べ物じゃないだろうに。

 子供達の中で最年長の食いしん坊くんには、この後川に連れて行って魚採りでもさせるか。

 帰りは完成した荷車にビックスが採った大量の川魚を積んで試験運用。


「これに荷台をつければ荷車になる予定だ」


 もう一つ車輪をつけて3輪車にするかどうかはまだ悩んでいる。

 いや、やっぱり2輪車でいいか。

 3輪にするぐらいなら、4輪にして馬車を目指した方が良い。

 まだこの世界で馬は見てないけど、たぶんいるだろう。

 森であった熊を調教して引かせるという案も……いや、ないな。


「ケントさんにそんな才能があったなんて、驚きです~」


 いえ、俺からしてみれば熊を一撃で倒してしまうユキさんの才能の方が驚きです。


「この車輪の曲線、どうやって出したんですか~? 凄く滑らかですね~」


「けんにぃ、すごい」


 俺からしてみれば滑らかには程遠いのだが、ユキさん達にとっては十分に驚きであるらしかった。

 木材の削りや面出しには、連戦全敗中の卵焼き作成に使用している石ヘラを使用している。

 全敗といっても、昨日と今日の2回しか挑戦してないけど。

 でも流石にちょっとへこんだので、暫く卵焼き作成は控えようと思う。

 という訳で、石ヘラくんは調理器具から木工器具に転身しました。


「おにーちゃん、ぼくこれほしぃ!」


 まだボビンでしかない荷車の車輪部と制作に使用した石ヘラを見せびらかしていたら、5歳の少年クリスがそんな要望を出してきた。

 欲しいと言ってきたのは当然ボビンの方。

 カリーちゃんがクルクル回して押す姿を見せたところ、僕も私もやるやるとみんな言う。

 物珍しさから遊具にも見えてしまったようだった。


「そのうちな」


「ぜったいだよ! ゆびきりげんまん!」


 俺のいた世界での約束の仕方を教えたら、あっと言う間に広がってしまった針千本。

 子供達の数だけ飲まなければならない針が増えました。

 針万本じゃ足りないなぁ。


「指切りげんまん、嘘吐いたら針千本、飲ましちゃいますよ~」


 ユキさんも子供でした。


 その後、荷車が出来上がっていく姿を見たいという事で、みんなで川に向かった。

 折角なので、道中にある石を横に避けてもらって荷車用の道作成に協力してもらう。








 その帰り道。

 完成した荷車の上には、予想以上に大漁に採れた魚が積みあげられた。

 今夜は荷車完成記念の焼き魚パーティーだ!

ちょっとここでキャラクター整理。


本郷剣斗……主人公。元3X歳のサラリーマン。永遠の若さを手に入れて、現在22歳?。クラスト系の才能を取りました。


ユキ・ホワイトスノウ……水色のセミロングヘアー。穏やかな瞳。おっとり系。面倒見の良い少女。推定15歳。160センチぐらい?。火属性の魔法が得意。ケントさん、と呼ぶ。

カリー………9歳の少女。肩上までの赤髪でカールを巻いている。にぃに、と呼ぶ。

ミント………子猫の獣人。女の子。よく寝ている。最近のお気に入りはケントの頭の上。

ビックス……子犬の獣人。男の子。元気です。一番早くに目が覚め、毎朝走ってる。にーちゃん、と呼ぶ。

マリン………7歳。ツァイラーグ種族の少女。ケントの気配隠しを見切る。ちゅ言葉。けんにぃ、と呼ぶ。

クリス………5歳ぐらい。ガリ痩せの少年。たまに言葉の中に漢字が混じる。隠れた才能が……!? おにーちゃん、と呼ぶ

ポッポ………鶏もどき。メス。ビックスと一緒に寝るのが大好き。なので、ビックスが目を覚ますと必然的に目を覚ます。卵を産むのがお仕事。



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