草のスープ 【地図画像】
簡単にですが、教会周辺の地図を作成してみました。
チュチュン、チュン、チュン。
小鳥の囀りです。
朝ですね。
徹夜しちゃった……。
夢中になりすぎた。
「あれ? にーちゃん、もう起きてたんだ。早いね」
「おはよう、ビックス。これから水汲みか?」
「まだはえぇよ。誰も起きてないじゃん」
「なら、たまたま目が覚めただけか」
「おれはいつもこの時間だよ? おれの朝はポッポよりも早いんだぜ」
ビックスは決め顔でそう言った。
ハードボイルド風をイメージしてるんだと思うけど、お子ちゃまの顔にハードもボイルドもまるでありません。
犬歯がキュートだ。
「たまにはにーちゃんも一緒にはしらね?」
玉にハニーちゃんも一緒に柱ね?
ああ……頭の中で漢字変換ミスった。
徹夜したせいか、ちょっと壊れ気味のようだ。
「朝、いつも走ってるのか?」
「うん。おれ、体力が余って余って仕方がないんだよね」
ビックスは子犬の獣人。
何となく納得。
「つきあおう」
ちなみに、ビックスは今バージョン3の準人型タイプになっている。
この世界の獣人は、だいたい4段階の変身が出来るらしかった。
バージョン1が、完全獣型タイプ。
つまり、動物そのままの姿である。
ビックスの場合、可愛い子犬になる。
ウェルシュ・コーギー・カーディガンみたいな感じの、小さくて可愛い胴長体形の子犬です。
しかも子供ときた。
抱くとモフモフして癒やされます。
バージョン2が、半獣半人タイプ。
人の形をしているけど、体毛がモサッと肌を覆っている。
夢の中でビックスがマリンちゃんを捜していた時の姿が、そのバージョン2だった。
この姿だと獣人という言葉のイメージがとても良く似合う。
ちなみに、最も戦闘力が高い姿でもあるとのこと。
バージョン3は、準人型タイプ。
今のビックスの姿がそうである。
耳と尻尾のアクセサリをつけた人間だと思ってくれればいい。
バージョン2だと体毛のせいで服を着ると不格好になるので、獣人族である事を隠す必要がない場合には、このバージョン3がよく使われる。
この姿で尻尾をパタパタさせて喜ぶビックスは、女性方のハートを簡単に射止めてしまうかもね。
そしてバージョン4は、完全人型タイプ。
どこからどう見ても人に見えるようになる。
但し、その姿を維持するにはそれなりに力を消耗するので、必要がない限りはこのバージョン4にはならない。
とはいえ、まだ変身に不慣れな幼少時には、このバージョン4に出来るだけなって変身能力を鍛えるのだそうな。
慣れれば寝ている間も人の姿をしていられるとのこと。
「競争だ!」
「そうこなくっちゃ!」
思い上がりも甚だしかったようです。
アッサリぶっちぎられた。
折り返し地点であるウルス村のギルドまで辿り着いた時、ビックスは村を3周して4周目に突入しようかという所だったとか。
別に体力に自信があった訳ではないが、全盛期の大人VS身長半分ちょっとしかない子供という条件でそれだけの差をつけられると、ちょっとへこむ。
徹夜だったから、という言い訳も通じないよね。
まぁ、走った甲斐があったので良しとする。
〈体力Lv1〉〈脚力Lv1〉〈不屈Lv1〉が手に入った。
恐らく、これらの才能は元々俺が持ち合わせていたものだろう。
元いた世界で才能を何も持っていなかったというのは流石にない筈だ。
向こうでは一通りの事ぐらいは出来た。
さしずめ、片道歩いて30分という距離を一度も立ち止まらずに走りきった事で、これらの才能がこの世界もしくは神々に認識されたという所か。
「にーちゃん、おっせー」
ほっとけ。
というか、バージョン3の準人型タイプでその速度と体力なら、バージョン2だといったいどうなるのだろうな。
ちょっとこの世界にいる者達の常識を見直さなければならないかもしれない。
「うーん、今日はとっても調子がいい! にーちゃん、おれもうちょっと走ってくる!」
「あまり遅くなるなよ」
「わーってるって」
あっというまにビックスの姿は見えなくなった。
若いって良いね。
永遠の若さを手に入れた俺が言う台詞じゃないが。
「ただいま」
「あ、けんにぃ。おかえりなちゃい。どこいってたの?」
「ちょっとビックスと一緒に朝をマラソンをしてた」
ただいまを言う前にこちらへ向けてとてとてと走り寄ってきたマリンちゃんの頭を撫でる。
えへへだって。
うーん、可愛い可愛い。
「マリンちゃんはこれから水汲み?」
「うん。きょうのあさは、わたしとくりすがとーばん」
だけどクリスの姿はどこにも見えない。
まだ寝ているのだろう。
「俺も一緒に行こう。クリスは俺がおんぶしていく」
「いいの?」
「もちろん」
早速、雑魚寝の部屋に行ってまだ夢世界に旅立ったまま帰ってきていないクリスを抱っこする。
そしたら、寝惚けている子猫姿のミントちゃんが俺の身体によじ登ってきて、頭の上で丸くなってしまった。
バランスを取るのが難しい……。
そのまま東にある川へと向かう。
手には大きめの壺と、小さい桶。
マリンちゃんも水汲み用の壺を手に持っている。
この3つの容積を足しても大した水量にはならないが、だからといって分不相応の大きさの壺や桶を持って行っても持ち帰れない。
台車とかがあれば良いのだが、残念ながらそんな物はなかった。
「この川の下流には何があるんだ?」
教会の東に川がある。
教会の南南東にウルス村がある。
ウルス村の南西に森があり、その先にグラント山がある。
町はウルス村を西に行った先、教会からであれば西南西に向かった所にあるのだとか。
川はグラント山の南東付近から出て、森の中を通り、ウルス村を南から東に向けてぐるっと回り込んでいるらしい。
ウルス村の東で川は2つに別れるらしいが、その一つがそのまま北に向けて流れていく。
その途中で、教会にいる子供達は水を汲んでいた。
「あっちはきけん。まじょくのとちある」
「そ、そうか」
おおう……意外と身近に超危険スポットがあったよ。
もう少し詳しく聞いてみたら、川よりも魔族が住んでいる土地の方が教会から近かった。
お隣さんなんだ……。
「おりなければだいじょーぶ」
崖になっているそうです。
となると、川は滝になっているという事か。
川遊びや川釣り中にうっかり溺れでもして流されたら、えらいことになりそうだなぁ。
戦々恐々としながら水を汲んで、教会に戻った。
尚、クリスとミントちゃんはついに夢の世界から帰って来なかったよ。
期待していた腕力の才能も手に入らなかった。
くすん。
「きょうのみずくみ、なんからくだったね。けんにぃといるとたのしいからかな?」
教会に着いた後、そんな嬉しい事を言ってきたので思わず抱き付いてしまった。
やばい、変質者の気が出てきたかも。
でも、マリンちゃんも喜んでいたから別に良いか。
水をキッチンに置いて、朝御飯の調理を開始。
早々に逃げようとしたマリンちゃんを捕獲し、前に立たせて朝御飯を作り始める。
なんかユキさんの火踊る調理を見て育ったからか、みんな料理に対して恐怖を覚えているようだった。
ユキさんのファイヤークッキングは凄まじいの一言に尽きる。
消し炭になった食材は数知れず。
それはそれとして、クッキングスタート。
鶏もどきのポッポが産んだ卵を俺がパカッと開いて、マリンちゃんが混ぜ混ぜ。
「まぜまぜ~」
「まじぇまじぇ~」
二人の共同作業です。
卵料理の他には、毎日採り溜めしている食べられる花や草を石包丁で適当な大きさに切って、サラダを作ります。
パンはウルス村で作ったのを分けてもらっている。
ただ、冷めたままだとなんかいやだったので、ユキさんを呼んで火をもらった。
卵焼きやスクランブルエッグを作るには必要だったしな。
この世界には便利な石があって、なんと火をつけると暫く燃え続けてくれる。
コンロの代わりになるのだ。
火焰石という名がついているその石は、北にある魔属領との境にある崖付近で取れるのだとか。
ちょー欲しい。
なんか色々作れそうな気がする。
燃える火焰石の上に平べったい平石を置いて暫く熱する。
熱した平石はフライパンもしくは鉄板の代わりである。
まだあまり熱くなっていない状態の時にパンを並べて暖める。
平石が熱くなってきたらパンは端の方に移動させて、水の入った壺を置いてぐつぐつ。
なんかよくわからないダシが取れるという草を入れて、更にぐつぐつ。
草のスープが完成した。
このスープには微量の塩分が含れているというのは、ここ最近ずっとこのスープを飲んでいるので既に知っている。
塩分は大切だからな。
スープを作った後は、マリンちゃんが混ぜ混ぜした溶き卵を熱々の平石の上に流し込んでジューッ。
「じゅー」
「ぐちゃぐちゃ」
マリンちゃんの手でグチャグチャにかき混ぜてもらい、スクランブルエッグが出来上がる。
その後の卵焼きは俺が作る。
もちろん、油なんてものはない。
フライ返しなんてものもない。
でも石ヘラは昨日徹夜して作った。
「あうち」
「しっぱい?」
予想通り卵が平石にくっついててひっくり返すのに失敗した。
仕方ない、証拠隠滅だ。
スクランブルエッグが増えました。
「これ、あたしがちゅくったの!」
「あらあら~。マリンちゃんはお料理がお上手なんですね~。と~っても美味しいですよ~」
半分は俺が作ったスクランブルエッグなのだが、手柄は全部マリンちゃんにもっていかれました。
ま、別に良いよね。
「あれ?」
「ん? どうした、ビックス」
「これ、いつものスープだよね?」
「……いつもよりおいしい」
「だよな。にーちゃん、何かしたのか?」
「いや、特には何も。昨日と同じ作り方だと思うが」
「おれの気のせい……じゃねぇよな」
「すーぷ、おいちぃね」
何か不思議な力でも働いているようだ。
はて、これがクラフト系の才能効果という奴なのだろうか?
昨日、各種才能を取った時に〈料理・基礎〉も含まれていたから、もしかしたらそのせいかもしれない。
料理が上手くなるんじゃなくて、料理が美味くなるのか……。
はたまた別の才能もしくは技の影響か。
「ケントさんは~、良いお嫁さんになれますね~」
ユキさん、俺は男です。
そんなうっとりした表情で見つめてもらっても、俺はユキさんのお嫁さんにはなれませんからね……。