飛んだ先は……
「……は? 転勤、ですか?」
春麗ら、桜が舞い散り眠気を誘う季節の午後。
本郷剣斗という名を持つ俺は、上司より奇妙な言葉を聞いていた。
「うち、海外支部なんてあったんですか?」
「俺も初耳だ。が、なんかあるらしいなぁ」
「はぁ……でも何で俺なんですか?」
「それもよくわからん。なんでも、先方の希望らしい」
「俺、そんな目立つことした覚えないんですけどね……」
「十分目立ってただろうに……」
上司のその言葉を、俺は聞き流す。
仕事柄、残業当たり前という職場に俺は所属していた。
だが、俺は残業しない。
命令を出されても突っぱねる。
だって面倒だし。
それにノルマは人並み以上にキッチリ出している。
適度な給料が貰えればそれでいいのだ。
給料の上がり方がかなり鈍かったけど、まぁそれはそれ。
3X歳になっても薄給だが、独り身なので全然困らない。
貯金も出来てるし。
のんびり人生を謳歌するだけ。
だったのだが……。
「まぁともかく、そういう訳だから」
「そういう訳と言われましてもね……拒否権って、あります?」
「受けるか会社を辞めるかじゃないか?」
「まぁそうですよね」
というか、管理職の人が軽々しくそんな言葉を口に出しちゃダメでしょうに。
「なに、面倒は全部先方が見てくれるらしいし、一度現地を見てきてから判断すりゃ良いだろう」
「自費で現地視察なんて嫌ですよ」
「そこも面倒見てくれるらしい。至れり尽くせりだな」
「……ちなみに、何語です?」
「知らん。自分で調べろ」
「ですよねぇ……」
そんなこんなで、残っていた仕事をパパッと終わらせて次の週。
俺は先方から送られてきたメールを頼りに空港へと赴き、旅行気分でゲートを潜った。
ちなみに、帰ってきたらもう会社に俺の席はない予定。
溜まってた有休はここぞという時に消化しておかないとね。
「……って、いったい俺はどこへ連れて行かれる気だ」
そんな俺の目の前に現れた飛行機は、随分と小さなジェット機だった。
金持ちが持つような、プライベート級のこじんまりした機体。
「本郷剣斗さま、本機はもうまもなく離陸致します」
しかも、他に乗客なしの完全貸し切り状態。
但し、綺麗な客室乗務員というのはいなかった。
機長以外は誰もいなさそうだったけどね。
声の感じからしてその機長は女性のようだったけど、まさか飛行機を操縦中の人にフライト中の世話をしてもらう訳にもいかないし。
「離陸します」
加速を終えた飛行機が言葉通りに地面を離れ、加速Gが浮遊感へと変わる。
ぐんぐんと地上が離れていく。
その間にも飛行機は加速。
ついには雲を越えて、俺は大空の人へと。
「……まだ上がるのか?」
普通ならそのくらいで水平飛行に移ると思っていたのだが、飛行機はまだ機頭を上に向けていた。
しかも加速中。
まぁプライベートジェットならそういうものかと勝手に納得しながら、眼下の景色を俺は楽しむ。
が……。
「まだ……あがるの、か?」
俺の瞳には、地球が見え始めていた。
「大気圏を突破致します」
「はいぃっ!?」
機内アナウンスで流れてきた耳を疑う言葉に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「世界の壁を突破致します」
「……はっ?」
それ以上に耳を疑う言葉を聞いた瞬間。
俺の意識は霞のように消えていった。