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 休日の街の中を、人混みを避けながら奔走する影が二つ。俺と双色遊季だった。

 砂塵を巻き上げながら追尾を続けてくる連中の数は多く見積もって二十かそこらだろう。休日にも関わらずよくもこれだけの人数を集めたものだ。連中は皆思い思いに声を張り上げながら、一見何の統率もないように見えてしかし、隊列を一切崩すことなく全員が一つの巨大な人の塊となって猛追してきている。到底素人の行動とは思えない。となるとやはりあれか。最近発足が噂されていた双色遊季ファンクラブの連中か。

 肩越しに背後を窺う。結果、その時俺の前方は完全に不注意になった。人通りの多い商店街を抜けて道路沿いの街路へ出たその次の瞬間である。背後に迫っていた集団とは別の集団が五十メートルほど先の角から姿を表した。

「チッ――こいつら……!」

 舌を打って、打開策をコンマ二秒で思考する。

 咄嗟に隣で息が上がりそうになっている遊季の手を掴んで引き寄せた。

「遊季、こっちだ――!」

 急激な転回。脚に急ブレーキを掛け、遠心力を利用して遊季を路地へと押し込む。続いて遊季の運動に従うように身を任せて自分も後に続く。細い路地裏では連中のように大挙を成しているのはマイナスでしかない。路地と路地の交差点を幾つも越えて駆け抜ける。あっと言う間に連中を巻くことに成功して安寧が訪れた。

 他に比べれば広い空間に出て上がった息を整えるように体を休める。冬だと言うのに汗で背中が湿っていやがる。

「冬なのに汗掻いちゃったよ……。着替えないと風邪引くよね」

「俺の回想と被せるなよ」

「え? なに?」

「何でもない」

 平然と笑いやがるがちょっと洒落になってない。街中であれだけの人間に追い掛け回されるとなると、これはもう警察か軍隊に出動を要請したい。あんなものは創作物の中でしか許されない光景だ。現実ではさすがに有り得ない。

「遊季おまえ……最近、追われることが多すぎないか? それもあんな人数に」

「あはは……」

 笑い事じゃないぞこれは。

 一体なにをしたのだろう。密かにファンクラブが設立されるのは百歩譲って有り得る話だとしても、今の街中チェイスはやり過ぎだ。こないだの昼休みにしたって、そんな過激な真似をする連中が密かにファンクラブなんて組織するのか。

「あはは、凄い人気だね」

「遊季おまえ……実は俺の知らないところで毎日追われてたのか?」

「それはないかな、さすがに。でもお姉ちゃんといっしょにいるときは、割りと大勢に声を掛けられたりもしたよ」

「大勢ってどれくらいだよ」

 思案顔。斜め上を向いて、俺の額辺りを視線がさ迷っている。ややあって遊季は言った。

「十人くらいかな」

「大概じゃねえか」

 ……いや。

 リアクションこそそんなだが、遅れてその情景を想像してみるととてもそれどころではなかった。

 同時に俺の頭にある疑問が浮かぶ。それは疑問というよりもはじめは靄のような違和感から始まり、しかし最終的に行き着いたところを言葉にするならばそれはやはり違和感と呼ぶべきなのだろう。俺は咄嗟にそれを、独り言でも独白にするのでもなく遊季への詰問にした。

 なあ、という呼びかけがあったかどうかは定かではない。

 ただじっと互いの目が合って、遊季は自然とその流れから、次に俺から出る言葉が自分に宛てられたものだということを理解しただろう。俺は言った。

「おまえたち、最後にいっしょにいたのっていつだ?」

 幼い頃の情景なら容易に浮かぶ。

 まだ紗季の髪が半端に長かった頃の記憶では、二人が手をつないでいる様子さえ克明に思い出せる。だがどうだろう。高校の制服を着た二人が。手をつないでいるどころか並んで立っている様子さえも曖昧だ。それはあまりにも自分の中では自然すぎる風景で、近親とも思えるほどに近い二人が並んでいる姿を想像することは容易い。

 だからこそ確信が持てないのだ。

 自分の脳裏に浮かぶ光景が捏造ではないのかと。

 あまりにも自然すぎるからこそ自身の頭の中で風景をコラージュしているのではないか、と。

 遊季は下唇に人差し指の第二間接を触れさせる。薄い胸が上下して荒れていた息を整える。それに従って、指には時折熱い息が吹きかけられた。遊季もまた俺と同じ疑問を抱いたのだろうか。遊季は普段ならたいていの質問には淀みなく返してくる。けれどこの時ばかりはコンマの沈黙を置いた。

 例え答えたくない質問であっても、こいつは適当な口述で誤魔化しにかかる。だから沈黙は困惑を意味しているのだと、俺は、十年以上もの長い間をともに過ごした幼馴染みの挙動に連動する心中を察した。

 世界からすればそよ風が吹くほどの間でも、それは間違いなくこの場に置いて不自然な空白だった。

 やがて、体外時間にすれば刹那ほどの沈黙を挟んで遊季が口を開く。

「そんなの」

 返答は秒を待って、

「毎日いっしょにいるよ」

 遊季は言った。

 ……それはまあ、そうだろう。

 自分の中で塞ぎ込んでいた事柄でも、他人の言葉によりほつれが解ける時もある。今の俺はまさしくそうだろう。何故なら双子を相手にして「おまえ達が最後にいっしょにいたのはいつだ」などという質問をしたのだ。そりゃあよほどのことがないかぎり――特に双色姉弟に関しては――二十四時間以上も顔を合わせないことは稀だと言える。

 だからこその不可思議も発生するのだ。

 なぜそんな質問に遊季は僅かな思案を必要としたのか。

 だがそれは考えても仕方のないことだ。突拍子もない質問に対して人は不必要な困惑を強いられることがある。俺は無理矢理言い聞かせるように思考して、この場での自分を治めた。

「ところで律は何をしてたの? 休日はあの薄暗い部屋からほとんど出ないでしょ?」

「人聞きの悪い言い方をするな」

「じゃあ何さ。日光浴でもしてたの?」

 この寒い中で誰が日光浴なんてするか。

「友と図書館に行ってたんだよ。何でもあいつ、調べたいことがあるとか言っててな」

「へえ、そうなんだ。相変わらず保護者してるよねえ、律は」

 保護者とはまたずいぶんな言い様である。言われても兄妹が大概だと思うのだが。

 遊季はまたいつもの悪戯を思いついた瞳を輝かせる。俺を言葉でからかう時にいつも見せる楽しげな笑顔だ。こういうときに関しては遊季は友と同じくらいのあどけなさを発揮する。うっかりその性別を忘れさせられるほどに。

「お姉ちゃんと律と友がいると、なんだか親子みたいだったよね」

 くすくすくす、もはや隠し切れない笑いが零れ出している。

 むぅ、と俺は目を細めて反抗の意思を表明する。しかし遊季はそれこそを楽しんでいるのだと、いつもこうしてから思い出すのだ。こちらも口頭での反撃を試みたいが、相手が遊季となるとうまく口が回らないのはいつものこと。結果として毎回、こういう無言の抗議になってしまう。

「なのに律ってば浮気者だよねー。爽架にも隙があれば直ぐに言い寄るし」

 ふざけるな。人の顔を見るなり衝動的に殺戮してこようとする謎の人類なんぞに誰が。

「ちょっとは渚を見習いなよ」

 なんだそれは。反面教師という意味でか。

 言うと遊季は、これは意表をつかれた、とばかりきょとんとした。だが直ぐに得心したような表情を肯定する。そうか、律は気づいてないんだね、なんて付け足しやがる。

「渚ほど一途な男の子はいないよ」

「何を、冗談を」

「だって渚はさあ、ずーっと一人の女の子が好きで、ずーっと恋してるんだから」

「だから」

 何の話だというのだ。

「まあ、今更こんなこと言うのもなんだけどね」

 今までは何となく言うのを避けてた節もあるけど、と付け足して。

「渚はさ、ずっと昔から、お姉ちゃんのことが好きだったんだよ」

 それは、今も変わらないんだよ。

 と言って、遊季はやっぱり後味が悪いや、こういうこと言うの、と苦虫を噛み殺したような顔をするのだった。

 そんな、とある休日の昼過ぎ。

 街の喧騒も遠い、静かに冷たい空気が満たされたその空間での閑話である。


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