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「図書館に行こうと思うのよ」

「はあ……なんでまた」

 校門の付近で出くわした友はまず初めにそう言った。唐突過ぎる会話に妙な耐性を持ってしまったものだ。友はさも当然のように俺の隣に並んで歩き始める。帰る方向が同じなら俺もそれをとやかく言うつもりはない。

「図書館に行こうと思うのよ」

「そいつは今聞いたよ」

「あらそう」

 二度も言う辺りよほど重要なのだろうか。しかしよく考えると友のこの発言と行動にはやや矛盾が生じる。俺は「ちょっと待てよ」などと呼び止めてみるものの、俺自身は脚を止めずに言う。無論だが友もまた俺の呼びかけに応じることなく歩を進めた。

「図書館に行くなら学校を出たら駄目だろ」

 という指摘をすると、友は意外なことにここで脚を止めて振り返った。

 心底馬鹿を見る目をした友が俺の胸板を人差し指で突き刺す。

「はい? あんた馬鹿なの? 図書館って市立の方よ。学校の中のはもう閉まってるでしょ」

「あ」

 思わず間の抜けた声が出てしまった。

 そういえばそれもそうだ。下校時間もそこそこ近い時間帯だ、図書館はとっくに閉館しているだろう。確か我が校の図書館は下校時間の三十分前には閉館だったはずだ。そんなことを失念していたこともそうだが、それを友に指摘された自分が何だか嫌だった。

 何でもない凡ミスを子供に指摘される気恥ずかしさに似ている。

「いや……でも待てよ」

 市立の方の図書館にしたって、この時間ならもう開いてないんじゃないのか。

 こんな田舎町の図書館が遅くまで開いているとは考え難い。子供が遅くまで残っていては、帰り道が危険だからとかそんな理由もあって、図書館は学校の下校時間と似たような時間に閉館だった気がする。

「そうだったかしら?」

 今度は友が俺に指摘される番だった。きょとんとした顔で小首を傾げ、わずかに思案顔になる友が眉を寄せる。だが考えても俺がそうであるのと同じように友もまた確かな閉館時間を記憶していなかったらしく、すぐに「ま、いっか」とか言って考えることを止めた。

「だったら明日。休みだし、明日に予定変更するわ」

 そういえばそうだ。ゆとり教育だかなんだかで土曜が休日になって久しい今日、今更明日の休みに驚くことなどない。が、このとき俺はまるで意表を突かれていた。明日も当たり前みたいに制服に着替えて登校するものだと思っていたからだ。

 これはあれか。

 紗季が、また明日ね、なんて言ったからだろか。

 だから明日図書館に行くことにする、と友は独り言のように呟いた。

 別にそれならば学校の図書館を利用すればいいのではないか、別に休日とはいえ学校は開いているし図書館も開いている。という俺の発言を、しかし友は駄目駄目駄目と駄目を三乗して突っぱねる。何故だろう、無性に腹が立つのだが。

「学校設備の図書館なんて、規模が小さいのよ。それにあそこだとあたしの調べたい文献とかはなさそうだしね」

 理由としては正当だ。

 俺はふと、そこまで図書館に執着する理由が気になったので訊いてみた。すると友はあっさりと「調べたいことがあるから」と言って簡潔に理由を口にし、しかし俺が気になったのは何を調べたいのか、ということの方だ。ここまで友をアクティブにさせる事象が何であるのかには興味がある。

 友は答えに窮するような少しの間を置いて、一度だけ俺と目を合わせた。

 重なった視線は直ぐに離れて、友は、それきり真っ直ぐ続く道の果てへと視線を馳せる。そのまま遠くを見ながら答えた。

「この街のこと、調べたいのよ」

「この街のこと?」

 なんだそれは。学校の宿題か何かで地域新聞の製作でも命じられたのか? 

 冗談交じりに言ってみると友は明らかに気を悪くした様子で頬を膨らせる。

「……だったらあんたも調べなきゃいけないでしょうが、この馬鹿」

 友はぷんぷんしながら続ける。

「大体なによ地域新聞って。小学生じゃないっての」

 友はやけにご機嫌斜めだ。子ども扱いが気に食わなかったらしい。

 挙句には、

「何でもいいでしょ別に。気になることがあるから調べたいだけ。それだけよ」

 無理矢理話題を終わらされた。

 ともあれまあ、好きにしてくれればいい、と俺は他人事を決め込む。へそを曲げたときの友は扱い辛い、だから放置するのが得策なのである。明日でも明後日でも図書館なり遊園地なり勝手に行けばいいのだ。そうしたところで俺の時間は消費されないし、労力も払われない。

「あんたも来るのよ」

 俺の考えがまるで声に出ていたように、友が言った。

「なんでだよ」

「いいじゃない別に。どうせ暇なんでしょ」

「俺だってそうそう暇じゃないさ。用事の一つくらいは……」

 なかった。こういうときに自分の予定のなさがやけに悔しい。

 友は鬼の首を取ったみたいに得意気だ。なんだというのか、この腹立たしい敗北感は。

「そ、れ、に」

 一音ごとに区切って友が言う。

「爽架のことも何か解るかもしれないわよ」

 蒼のこと、というと例の男性恐怖症のことだろう。

 しかしそれについては今更何かを調べるまでもないことだ。蒼のあれはトラウマから来る本能的なもので、反射みたいな現象だと過去に調べがついている。今になって再発症したからまた原因を調べても意味などない。

 と言うとしかし友は首を振った。どころか俺は全く友の意図とは関係のないことを口にしていたらしく、友は呆れた表情でまたいつものあれだ、あんた馬鹿? と言いたげな目を向けてきた。

「そうじゃなくて、どうして今になって爽架のそれが発症したのか、てことよ」

 友の言わんとすることはこうだった。

 蒼の男性恐怖症が再発したのには当然ながら理由があり、ならばその理由を突き止めれば解決策も見つかるのではないか、ということである。トラウマによる精神的な何らかの症候群が再発する、ということについて調べようということらしい。

 蒼のそれについて危機感を持っているのは俺だけだと思っていたが、友もまた俺と同じように問題を真剣に捉えているようだ。しかしながらそれが解ったことで余計に不安が大きくもなった。事の心配をしているのが自分だけではないと知ると、今まで異常に問題が重く感じられる。

「まあ……そうだな。なら俺もついて行くよ」

「決まりだからね」

 じゃ、と言って友が右手を挙げる。ちょうど電柱を挟んで分かれる三叉路に至った時だ。

 颯爽と髪を翻して友は俺に体ごと振り返る。夕陽が逆光になっているにも関わらず、少女の輪郭は鮮明だ。また明日ね、と友は俺を置いてすたすた行ってしまう。俺も似たような別れの言葉を口にして友とは別の方向へ歩き始めた。そして振り返れば道が一本になるころにふと思った。

 そういえば、友の家ってどこだっけ――? 

 思わず脚を止める。

 幼馴染み連中の自宅の場所は把握している。だがよく考えれば友の家の場所だけは知らない。

 今度聞いてみよう、とそれほど重大ではない疑問を脇に置いて俺は、今現在直面している命題へと思考馳せて帰宅を再開した。


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