ぷろろーぐ
/0
白い闇を切り裂いて、長く尾を引く星が流れていた。
月明かりはとっくに雲に飲まれ、星の明かりも当然ない。
なのに彗星は雲さえも貫いてその存在を世界に知らしめる。
吹雪の夜に吐息が凍えた。
「――……」
ぽつりと落ちる言葉は粉雪のように。
風の音に飲まれて飛ばされて、もう既に何を言っているのか聞き取れない。
腕の中の温もりはとても弱弱しい。今にも消えてしまいそうだ。この吹雪の中で蝋燭を立てるようなもの。冷たい風に容赦なく掻き消されてしまう。
彼女が何を言ったのかは上手く聞き取れなかった。風の音がうるさいのもそうだったが、俺自身が白い息と共に吐き出す声もまた妨げになっていたのだ。口の動きだけは鮮明。だからこそその動きが少しずつ力を失くしていくのが解る。
「…………」
そっ、と伸びた手が頬に触れた。驚くほどに冷たい。風に奪われてしまいそうな彼女の手を握る。そうしていないと直ぐに落ちてしまいそうだったからだ。とっくにこの環境で命を維持できるほどの体温が残っていない。
終わりを、白い闇の中で理解した。
「――――」
そうして。
白くて深遠な闇が包む屋上に大きな光が降りてくる。
彗星が、ちょうど頭上を飛来していく。雲を割って、煌々と世界を照らす。
ずっとずっと遠い、眩い光の中――終わりは夢の始まりへ繋がって、フェンスで囲われたこの場所を、この街を、あらゆる思いを巻き込んで巡り出す。
*
彼女は街を愛した。
街は彼女を愛した。
だからこれは、小さな願いの物語。