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夜景の沈黙

作者: 花咲 甲二郎

女性と話をするのが好きだ。笑顔を見るのは何よりも幸福感に満ち溢れる。しかし会話が続かない。くだらない言葉が口から漏れる。そして自己嫌悪。

「和馬君、その話さっきもしたよ」

助手席の絵理亜えりあが外を向いたまま呟いた。付き合って三ヶ月だが距離感は変わらない。「そうだね。ごめん」なぜ謝らなければならないのだろうか。すでに今日三回謝っている。今日も同じパターンなのかな。

帰ろうと言うのはいつも絵理亜の方からだ。そのとき残念な気持ちよりも安堵感の方が胸を包む。好きな人とデートをしているときに相手を楽しませたいという気持ちになるのは自然なことだと思う。しかしそれとは裏腹に僕の言葉は不自然になる。それが苦痛になっていた。絵理亜が映画の話を始めた。

「先週観たのは女性検事が利権に巣くう悪と戦うストーリーでね、主人公の苦悩の描き方が絶妙で・・・」

絵理亜は説明がうまい。全く耳にしたことのないタイトルであったが最後には観終わった後のように全身の心地いい汗を感じた。人を介して映画に感動するのは初めてのことだった。「すげーな」そういうと絵理亜は肩をすくめた。多分映画の感想だと思ったのだろう。本当は絵理亜の喋りに脱帽という意味なのだが。

語彙と恋。妙な駄洒落が頭に浮かんだ。どんなに好きな人がいてもその人と満足に会話ができないのは不幸だ。エアポケットに入り込んだ錯覚に陥る。さっきまでかいていた汗が蒸発していくのがわかる。また沈黙が車内を包む。丘の上の駐車場には僕のセダンだけが停まっている。夜景がぼんやりと浮かんでいる。

胸が痛い。沈黙は苦痛だな。

「マニュアル車運転できないんだ、私」

シフトノブをガチャガチャ動かす。一速から順に五速まで入れたとき無意識に絵理亜の右手を掴んだ。「Rに入れるのはだめだよ」そう言って助手席側を見た。見目麗しい顔があった。「後には戻りたくないからね」キッスをした後夜景に目を戻す。絵理亜の手は冷たかった。

「和馬君の手って暖かいんだねー。私、冷え性だから気持ちいい」

僕は何も言わず口の端で笑った。それから十五分以上も沈黙が続いた。手を握ったまま。

胸が痛い。沈黙は快感だな。


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