絶望感に襲われているわけで。
俺は氷付けのシューベランド王国だった場所を眺めていた。
彼女に拒絶された事に逆上しこの国を滅ぼした。
あの魔王と爺さんに言われていた牛人間よりも、魔王に相応しいのは俺の方だ。
俺は一体何千の命を一瞬で奪ったんだろうか、この国に居た人達には何の罪も無かったというのに。
魔法を使えばもしかしたら死んだ人達は生き返るかもしれないけれど、この氷はまったく溶けない、俺が溶けろと魔法を掛けても溶けない程に強固な結晶と化していた。
これからどうしようか、自殺でもしようか。
そうすれば、来世ではローズに拒絶される事なく結ばれるのだろうか。
それならば自殺するのも良いかも知れない。
けど……また拒絶されたら?
俺はたぶんまともで居られないと思う。
まぁ、今の状態でまともなんてどの口が言えたものかと思うが。
透明に透き通った城と街が丸々治まっている氷の塊を見る。
俺の目の前には倒れて死んでいる者やこちらを悲痛な表情で眺め息絶えている者、城の方には人間とはまるで見えない様に傷つきボロ雑巾の様になったこの国の王だった死体が居た。
彼等はこれから永遠にここで氷付けになったままなんだろうな。
そう思うと胸に今まで人を殺しても感じなかった罪悪感が湧き上がってくる。
ラフィールの時は気にならなかったけれど、何故か今その罪悪感が襲ってきた。まるで、今までの罪を償えと言っているかの様に。
そして、異常な程感じる罪悪感とローズに拒絶されたという絶望感が身体に襲いかかり、俺は長い時間ここで過ごしたと思う、その間の記憶はほとんど無い、ただ生きるのがこれほど辛いと感じた事は初めてだなと思うばかりだ。
「ラフィ、何時まで其処に居るつもり?」
あれから何日経ったのかわからないが、どうやら俺は寝ていたようで、地面に横たわって居た様だった。
気だるい身体に鞭打って座り込むと、後ろにレギンが1人で立っていた。
「いい加減帰ろうよ~、皆が心配してるよ?」
「皆って誰だよ、ローズは俺を拒絶したんだ、見せる顔なんて無い」
「どうしちゃったの? 何時ものラフィは真面目そうな事考えてるけど、実は抜けてる所があるはずでしょ~。
今のラフィはラフィらしくないよ~~」
レギンが俺の事そう見えていたのを初めて知ったけれど、今はどうでもいい。
「俺の事は放っておけって、次死んだら、お前には会いに行くし。
来世ではちゃんと生きるから」
「放っておけるはずないじゃんかぁ、今のラフィを見ててもまるで信用できないよ。
それにローズさんのご両親が是非お礼を言いたいって言ってるし!」
「お礼? 俺みたいな虐殺者へ? 寝言は寝てから言うもんだと伝えろ」
レギンは何を見て言っているんだ、俺の前方にある物を見てもそれが言えるとは到底思えない。
ここから見えるだけでも数百、もしかしたら千人の死体が見て取れる。
「見てみろよ、この氷俺がやったんだぜ? 罪の無いはずの住民まで巻き込んで、ローズに拒絶されたからって理由だけでだ。
お礼なんて言われる程の事はしていない」
「確かにここで死んだ人達は可哀想だけど、君が猶予を与えたから助かった命だってあるんだよ?
ジェネマス夫妻がいい例だねぇ、それにエルドマド帝国やカリブス王国との戦争を避けられたから助かった命だっていっぱいあるんだ」
「それでも、失わないで済んだ命が失われた事も事実だろう。
レギンだって言ってたはずだ、やりすぎるなと。今の光景を見てみろよ、やりすぎだろう?」
「あぁ~もう! ああ言えばこう言って! ラフィがなんと言おうと僕は連れて行くからね!」
レギンが大声で叫ぶと、苛立っているのか俺の方へ盛大に足音を鳴らしながら歩いてくる。
魔法で『近づくな』と言うが発動していないのか、効果がないのか、効いた素振りを全く見せずに目の前まで近づいて来ていた。
「悪いけど、お爺さんにお願いして一時的に魔法が発動しないようにしてもらってるからね!
お爺さんも心配してるんだから、ラフィには立ち直ってもらうよ」
魔法が効かないならばと、身体を動かし抵抗するが、どれぐらいの日数が経っているかわからない間、飲まず食わずで過ごした俺では、現ギルドマスターのレギンに抵抗する事なんて出来なかった。
抵抗をしたが然程の効果も無く、レギンに抱き上げられ、抵抗できない様に縄で簀巻きにされて馬車に横向きに乗せられた。
「は、離せって! 俺の事は放っておけと言っているだろう!」
「放っておけるはずないでしょ~、僕はラフィの大親友だよ? 君が元気ない時は支えてあげるの、ローズさんが君を拒絶したって、僕は君を拒絶しないし、君の事を慕っている人は他にもいるんだから。
ローズさんを諦めろって訳じゃないけど、一度の拒絶で諦めるなんてラフィらしくないよ~。
だからねぇ、とりあえず今はローズさんの事は僕達に任せて君は元気になる事だけ考えなよ」
「……」
どうにか放っておいてもらおうかと口を開くが、言葉を紡ぐ事も出来ず、俺は項垂れる事しか出来なかった。
レギンの顔を見れば、普段ならば微笑が浮いているはずの表情は酷く無表情に変わり、視線が強く俺へと刺さっている、怒りと悲しみが混ざった様なレギンの視線を受けて、俺は何も言えなくなったんだ。
「うん、じゃあ戻ろうか~」
さっきの無表情は何処へ行ったのか。笑顔になると、レギンが馬の腹にかかとを軽くぶつけようとした寸前、俺はある事に気付いた。
俺は今馬の背に自分の腹を支点に乗っている。
つまりだ、馬が動くと俺の腹に甚大なダメージが……
「レギン、ちょっ……あばばばばばば」
レギンは俺が呼ぶのも無視して、一気に馬を走らせたかと思うと、ほぼ全速力と言ってもいい速度で馬を走らせた。
勿論その衝撃は俺の腹筋に甚大なダメージを与えて……というか、マジで痛い! 内臓破裂するってこれ!
「レレレギンッちょちょっちょ…イデェ! しし舌噛んだって!」
かなりの速度で馬が駆けるのと同時に腹部には激痛が走る。
あ、これ俺死ぬんじゃね? ちょっと諦めずに生きてみようかなとか、ほんの少しだけ考えてみようかなとか考えたけど、これ死ぬんじゃないの俺。
ただ、俺が死ぬまで続くのではないかと思われた地獄の時間は現実的時間としては意外と早く終焉を迎えた。
勿論、俺の体内時間では永遠に感じられる時間だった訳だが……
どうやら、少し離れた位置に馬車とシャロンやローグウッドも待たせて居た様で、そこには馬車が1台置いてあった。
馬車を見ると、2頭立ての馬車の様だが、そこには1頭の馬しかいない。
ああ、もう1頭はこの俺を拷問に掛けたとしか思えない鬼畜な馬ですか……というか、マジで内臓破裂して死ぬ……
「ふぅ……2人ともおまたせ、シャロン悪いけど、ラフィのお世話お願いね?」
「はい! 是非私にお任せください! セラフィくんの手取り足取り腰取り世話をさせていただきますよ!」
やっぱり、もっと激しく抵抗して逃げた方がよかったか……?
なんだよ腰取りって、卑猥な響きにしか聞こえないのは気のせいだろうか。
「ぬぐぐっ……兄としては納得できるものではありませんが、ギルドマスターの命令ならば従います……小僧! 妹を傷物にしたら、俺が死んでも殺してやるからな!」
何処を聞けば、そんな言葉を吐けるんだ……むしろ、俺をお前の妹から守ってくれよ。
なんて言葉に出すほど元気は無く、1人悶絶していると、レギンは異変に気付いたのか、慌てた風に俺の縄を解いて服を脱がせ、腹部を見た。
シャロンはレギンに脱がされる俺の姿を見た瞬間鼻血を噴出し倒れ、ローグウッドは妹の名を呼びながらシャロンの介抱をするため横抱きにしている。
なんというか、色々と濃い兄弟だ……
そんな事を考えていたが、レギンの反応が固まっている為、自分の腹部に目を向ければ。
俺の腹は真っ青に変色していた!
どう見ても内出血してるじゃねぇかああああ
「これはレギンのせいだな」
「アハハ…ごめんねぇ?」
すごい棒読みは謝罪を受けたが、何時ものレギンの対応で自然と頬が緩む。
「まぁ、いいさ。気にしてない」
ローズと会うのは恐いけれど、今はレギンに弱い自分を支えてもらおうと笑顔を向けて呟いた。
「これからもよろしく頼む」
「うん~、勿論だよ。
僕達は魂で繋がった親友だからねぇ」
こんな恥ずかしいセリフを恥ずかし気も無く言えるんだから、レギンは強いなぁと脱帽するだけだった。
ちなみに、シャロンは鼻血を吹いたまま気絶した為、俺の世話やシャロンの介護はレギンが行い、ローグウッドが馬車の御者席で運転していた。