一夜明けて、なわけで。
「随分毛のツヤが良くなったわね」
朝日が上がり始めた頃、俺は1人広場にある井戸で、行水をしていると背後から声をかけられた。
纏わりついている水を、体を震わせて飛ばした後に声のした方へ向いた。
そこには疲労感はあるが何処か充足感に満たされているような表情のセリーアが立っていた。
そして一目見てわかったが事後だろう。
しかし、彼女に番が出来たなんてのは聞いたことがないのだが……
相手が聞くのも憚れて、聞くに聞けず、再度行水しようと井戸桶に水を入れようと意識を向けると、彼女は驚くべき事を言い始めた。
「フィゾーって凄い情熱的なのねぇ、始めてあったその日に押し倒されるなんて思いもしなかったわ。
それに、コボルトの私にを熱烈に口説くなんて」
……は?
水を頭から被ったせいでの聞き間違いかと思いながらも、彼女を再度見ると、手を頬に当て、身体をくねらせながら言っていた。
いや、きっと聞き間違いだ、うん。
「あ、ラフィもローズさんと結ばれたって、フィゾーから聞いたわよ、おめでとう」
どうやら、聞き間違いでは無かったようだ。
というかだ、レギンがセリーアと…え?
「フィゾーなら、私の家に居るわよ、ここに来る前にお父さんにも怒られちゃったわ、嫁入り前に何してるんだと。
声が出ちゃうのはしょうがないわよね、フィゾーが激しいんだもの」
彼女の言葉が、考えていた事が正解だと告げている。
あいつは何を考えているんだああああ!
人間だけじゃ飽き足らず、コボルトにまで手を出してるのか!?
「詳しい事は、彼から聞いて頂戴。
私の家の場所覚えてるでしょ?」
セリーアはそう言うと、俺の横を通り過ぎ、行水を始めた。
とりあえず、聞きたい事はあったが、それを聞くのはレギンにすべきだと考えて、水分が完全に抜けてない身体のまま、セリーアの家へと向かう。
セリーアの家に到着し、扉を軽く叩くと、すぐに西の集落の長だったセリーアの父親が出てきた。
俺の存在だと気付いた瞬間、困り果てた表情を浮かべて、俺へと抱きついてくる。
『族長! 娘が……ウチの娘が……』
彼の慌て様に心底同情しながらも、落ち着かせて彼女の寝室へと案内してもらった。
どう見ても、冷静ではない彼と一緒に部屋に入るのは良くないと判断し、居間で待つ様に伝え、寝室へと入る。
人間が集落に入りはじめてから置かれるようになった寝台の上には、レギンが幸せそうな表情で寝息を立ててるのが、目に入る。
その、これ以上の幸せがない様な表情を浮かべたレギンを見て、どうしてくれようかと黒い感情を浮かばせながら、そっと近づいていく。
気付く奴は気付きそうなぐらいの雰囲気を出しているのに、まったく起きそうにないレギンを眺めながら寝台の真横にまで到着すると。
「んふ~……ムフフ」
顔をニヤけさせながら、俺に抱きついてきたレギン。
たぶん、セーリアと勘違いしているんだろう。
少しすると、感触が違うのか、眉を八の字に歪めさせて、目に力が入り始めた。
どうやら、目が覚める兆候だろう。
「ん…?」
薄らと目を開き、俺と視線が合うレギン。
「よう、お目覚めか?」
俺の声を聞いて、普段ののほほんとした表情は何処かへ消し飛んだのか、心底驚いた表情を浮かべながら、飛び起きるレギン。
少しでも距離を置こうとしたのだろう、俺とは反対側の壁に背中ごと激突していた。
「あ、あれ? セリーアは? というか、なんでレギンがここに居るの~?」
口調こそ、間延びしているが、顔は驚きのあまりヒクつき、顔中からは冷や汗が垂れ流されている。
そして、視線は色々な場所に泳ぎ、誰がどう見ても大慌てしているのがわかる。
「俺がここに居る事はどうでもいいんだがなぁ……なんで、お前はここに居るんだ?」
「ええっとぉ~……なんでだろう~?」
ニヘらと焦りながらも笑顔になり誤魔化そうとするレギンに徐々に距離を詰めていく俺。
「ラ、ラフィ~? 距離がちょっと近いと思うんだけどなぁ」
レギンは、後ろには壁があるため下がれないと考え、扉のある方に横へ横へと逃げようとしている。
だがしかし、逃がすはずもない、俺は先回りして、レギンと扉の真ん中へと身体を滑り込ませ、レギンの目を見る。
「レギン、言い訳は?」
「ちょ、ちょっと待って! コレには深い訳が!」
「まぁ、それは死後の世界で再会してから聞こうか?」
「いやいや! 今でもいいと思うよ! だ、だから落ち着こうよ、ね?」
本当に余裕がないのだろう、普段の言動とは違い、ハキハキと喋り始めるレギンを見て、更に困らせてやろうと畳み掛ける事にした。
「さぁ、早く吐けよ、遺言ぐらいはセリーアに伝えといてやる」
「ち、違うんだってばぁ。
彼女はセレニアなんだよぉ!」
「誰がそれを信じるんだああああ!」
言い訳の酷さに呆れながらも、レギンを怒鳴りつけて、右手を振りかぶる。
『実は本当なんじゃよ』
そして、このタイミングで爺さんの声が頭の中で響いた。
「ほ、ほらぁ、お爺さんも言ってるでしょ! 本当なんだってば!」
「いいか、レギン。
俺が最も信じられないモノが2つだけある……それはな、胡散臭い爺さんとやけに親しくしてくる人間だあああ!」
「そ、そんなぁあああああ」
我慢の限界だと言わんばかりにレギンへと飛び、襲い掛かるが、レギンは寝台から転げ落ちながらそれを回避した、その勢いのまま扉を開け部屋から脱出していく。
「レギン待ちやがれえええええ」
すぐに体勢を整えて、レギンの後を追うが、俺が扉を潜る頃には、家から脱出して、その後ろにはセリーアの父親が追いかけているのが見えた。
『よくも私の娘をおおおおおお!』
「殺しはしないから待てやああああ!」
「ひ、ひいいいいいいい」
俺とレギン達との追走劇が始まり、はや数十分。
あまりの騒ぎに、何事かと飛び起きてくる人間とコボルト達の視線の先には、大量の汗を流しながら逃げるレギンと、目が血走り明らかに異常な雰囲気をかもし出している俺、数十歩程遅れて、ゼハァゼハァと息切れを起こしているセリーアの父親の姿があった。
「ちょ、ちょっと落ちついてよラフィイイ」
「俺は冷静だああ!、お前こそ落ち着いて報いを受けやがれえええ」
何故俺はレギンに追いつけない!?
コボルト族でも1,2を争う程脚の早い追いつけないレギンに歯噛みしながらも追い続ける。
何時の間にか、セリーアの父の姿は無かった。
何週目になるかわからないが、セリーアの家の前を通り過ぎると、セリーアとその父の姿が見えた、そして……その横にはローズの姿も。
しかし、ローズの表情は何処か不機嫌そうな表情を浮かべ、直感的に彼女が怒っている事がわかった。
レギンは、彼女の後ろに隠れ、彼女は1歩俺の前へと出る。
自然と俺の脚も止まり、彼女と視線が混ざるが、明らかに彼女は怒っていた。
「あ、ローズさん…「私怒ってます」……え?」
何故彼女は怒っているんだろうか?
「目が覚めたら、ラフィさんが居ないし……家の中を探しても居ないし……
家に出てみれば、フィゾーさんを追い掛け回していて、セリーアさんに話を聞いてみれば、セリーアさんを抱いたから怒ってるんじゃないかと言われました」
確かに、間違いではないが……
コボルト族は基本的に番いとなった場合、他の雄との接触は基本的にご法度だ。
同意の上でならいいが、セリーアとレギンは昨日であったばかりのはずだ。
とても同意の上でとは思えない。
「し、しかし……「目が覚めたら隣には誰もいなくて、家を出れば別の女性のために追いかけてる貴方を見た私の気持ちがわかりますか?」……すいませんでした……」
謝罪はしたが、さっぱりわかりません。
「ローズさん、わかってないみたいだ……ごめんなさい!」
レギンはここぞとばかりに、反撃をしようと、彼女に囁くが、彼女の眼力と言うのか、視線を向けられた瞬間謝罪している。
「フィゾーさんもフィゾーさんです! 出会って早々何をしているんですか!?
人間とコボルトの仲が悪くなったらどう責任をとるつもりですか!」
え、ええと……彼女は種族間の仲が悪くなる事を危惧して怒ってるのだろうか?
「はぁ~人間もコボルトも男は変わらないわねぇ。
ローズさんは目が覚めたときに、ラフィが隣に居なくて不安に思ったし、家を出れば自分を蔑ろにした挙句、別の女のために怒ってるんだもの。
そりゃ嫉妬もするわよ」
発言したセリーアへ顔を向け、ソレは本当なのかと彼女へ視線を向ければ。
先ほどの怒りは何処へ飛んだのか、顔を赤面させて俯いている彼女が居た。
「え、ええと……それはすいませんでした……」
「それに、私とフィゾーさんはちゃんと同意の上よ」
「ほ、ほらぁ! 僕の言った通りでしょ~」
そうセリーアが言った途端、俺の前に出て胸を張るレギン。
ドヤ顔が腹が立ったので、手刀を顔面に叩きつけてから、セリーアへと顔を向ける。
「あ~、ついな……取り乱していたみたいだ。
大騒ぎしてすまなかった」
セリーアへと謝り、頭を下げると、左前方に居たローズの気配が動いたと思った途端、背中からブチブチィッと言う音と痛みが駆け抜ける。
「イイイイイィッ!?」
何をされたのかはすぐにわかった。
ローズの手には、俺の白い体毛が一撮み分握られていたからだ。
「あ、あのローザさん……?」
「私怒ってますから」
「あー……はい、すいません……すぐ戻るつもりではなかったのですが……」
「とりあえず、戻りましょうか?」
ここでは話すつもりはないと、暗に告げられ、セリーナの父は何がおきているのか分らない表情をうかべていた。
彼にも同情の念を送りながら、数分後の自分はどうなるのだろうと不安に思いながら、彼女の後を着いていく事にした。




