ほぼ石♡パンとの遭遇
「ナガメさーん、貴方あなたは今日から料理人でーす!」
まん丸な腹を揺らしながら、目の前に立つ料理長-ルーヴァンが、宣言をした。
周囲の料理人からは、悪意を含むどよめきの声があがる。
顔をしかめ、不満げな者もいる。
けれど、私は『これでいいんだ』と思えた。
この世界のこと、ちゃんと知りたい。
屋敷の主、カイ様に恩をお返しするためにも。
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この世界に来る前、はっきりと覚えているのは、独身で、教員だったということ。人生3度目に赴任が決まった中学校の実態が、聞きしに勝るものだった。
問題行動しかしない生徒。悪質とかいう言葉ではくくれない、いじめ問題。勤務時間外に不登校生徒の自宅訪問。
子どものためと言いながらストレスかけてくる保護者を相手に、神経をすり減らした。
本当なら頼りにしたい同僚教員との関係は、報告と建前ベース。は、さておき。
今どき職員室で平気でタバコふかす、はた迷惑教員A。……受動喫煙には3次まであるのを知らない、っていうか知っててもry
「子どもが生まれたんだよ~。ほらコレ、見てよ、写真!可愛いでしょ」
と連日、自慢してくるクセに、ギャンブル漬づけは1ミリも改めない教員B。……よかったデスね。でも親としてどうなの?
そして、学校視察など評価に響きそうなときだけガラリと態度を変える教員C。……いやいやいや、他の教員からバッチリ見られてることについてはどう思います?その発想がない?なるほどー。
もう、ハッキリ言って嫌いだった。まとめて『反面教師』にしていたけど。
何より許せなかったのは、自分自身だったのかも。本当はもっと整った居心地のいい環境、質の高い教材や授業を生徒のために提供したかった。何より環境が大事だから。
生徒1人1人の個性を見極めて伸ばしたいのに、全然思い通りにはいかない。
そもそも、私には中学の教員向いてない?という葛藤もあった。
ネットからの拾いレシピで夕飯にワンパン料理を作り、1人で手を合わせて食べる、つかの間だけが至福だった。
ハマっていたのは桃色の髪をした中性的なアイドル、ミュリの推し活。
透き通って張りのある声の彼女がメインパーソナリティをつとめるラジオや、動画の配信は時間がなくても視聴した。
ミュリが初出演するという映画を観に、足を運んだ。
ファンタジー作品で、想像よりもはるかに面白い。
堂々と演技するミュリの姿。すっかりスクリーンへと引き込まれ、眩しさで目を閉じた。
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…………そして、気が付くとこの世界へ来ていた。
中世みたいでおもむきのある街並み。
昼間なんだろうけど、グレーの霧みたいなものが至る所を漂い、薄暗くてホコリっぽい。うつむきながら歩いていたり、咳きこむ人々とすれ違う。
通りを歩いていくと、市場のように出店が立ち並んでいたので、見て回る。
……フルーツや野菜は小さく、ちょっとしなびている。商人も居眠りしていて、やる気なさそう。
「お嬢ちゃん、買うの?買わねえの」
突然、バカでかい声で呼びかけられたと思ったら、肉屋のおやじさんだ。
声の感じからして、からかわれている。
商品の肉の色に目が行く。
……青?その隣のは黒っぽい。食べて大丈夫なのかな?
あとから甲冑やローブ姿の人たちが来て、次々に注文が入る。
あんな色でも、支持されてるんだ。あの人たち、冒険者なんだろうか。
再び歩き出す。道行く人々はこちらを見てくるけど、すぐに顔をそらす。
それより問題は……はるか上空を、翼のある大きな生き物が飛んでる。あれってドラゴ……気のせい気のせい。
うん。はるか上空ってことはその……距離めっちゃあるし。大丈夫だよね?だといいな。
水たまりを見つけて、のぞいた。
水鏡に映る姿は、セミロングの茶髪。20代に見える。
瞳の色は……グリーン?!
よくよく見ると、キレイだと……思う。
服は粗末でつぎはぎがあるけど。
ただ、なぜか自分の名前は思い出せない。
「あなた、行くあては?……さっきから、見ていたのだけれど。
もう、日が暮くれてしまうわよ。今日は、ギフォも濃いし」
長い石畳だたみの道を歩き疲れ、座り込んでいたら、1人の女性に声をかけられた。
背筋がしゃんと伸びていて、私より低いくらいの背丈。50代くらいだろうか。
白い色の混じった薄いオリーブ色の髪を、後ろでまとめあげている。
「ギフォ。もしかしてこの霧のことですか?」
「キリ……分からないわ。けれどなぜだか、懐かしい言葉ね。
そこら一帯の空気を灰色にしているのが、ギフォというの。
身体にさわるので、あまり外にいないほうがいいのよ」
私はちょっと、迷ったけれど。
とても優しげなこげ茶色の瞳に見つめられたことと、きちんと整った身なりの人だったので、思わず
「実は今日、この世界にきました。だいぶ、困ってマス……」
と正直に打ち明けた。
子犬みたいな顔をしていたかも。
「ま、もしかして、異世界の人かしら?」
「私にも、よく分からなくて」
私にしてみたら、こっちのほうが異世界だ。
「……うん、貴方、感じがいいし、年齢もぴったりね。
もしよければ、ちょうどお屋敷で働いてくれる人を探しているのよ」
「は、働きます、働かせてください」
急な展開ながら、私はお屋敷の使用人になることが決まった。
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揺れる馬車の中で、自己紹介してくれた。
女性はリネン・コーサカというらしい。街へは買い物に来ていたのだそう。
どことなく、日本人っぽい名前で親近感がわく。
彼女はお屋敷で、20年近くメイド長を務めているらしい。うん、見たまんまだ。
私に声をかけるよう指示をしたのは、お屋敷の主でパンデゥール領主のカイ・パンデゥール。だそうだ。
ただ、あの場に居合わせたわけではなく、普段から困っている人を見かけたらそうするように、という方針らしい。
領主としての責務だけでなく、王国任務で超多忙らしく、日頃から姿を見ることのほうが珍しいという。
会えたらきちんとお礼を言ってね、とリネンさんに言われた。
もちろんそうするつもりだ。
何にしても、彼は私の恩人みたいなもの。感謝して、お仕えしよう!と心に誓った。
ちなみに、この世界での私の名前は、ナガメ。ケーコ・ナガメだ。
元の世界の名前はまったく思い出せないと話したら、わりとあっさりつけてもらった。
説明によると、物事を少しだけ俯瞰して『眺め』ていそうなところがあるから、ナガメ。
大人っぽそうだ、とも言ってくれた。元の年齢は思い出せないけれど、アラサーくらいかな。
少ししか話していないのに、洞察力がすごい。
ただ、ケーコのほうの理由は
「ケーコっぽいから、ですね」
と、ニッコリしながら言われた。
……正直、ちょっと雑な感じはしたけど、名前無しは落ち着かない。
けっこういい名前だと思う。ことにした。
ただ、問題は馬車の中でリネンさんに渡された、石のように硬くて黒っぽいパン。
ひと口目で悟った。ほぼ石。
ひたすら粉っぽく、甘みはおろか、塩気も感じない。
この硬さ……この世界では普通なの?歯、欠けない?と思いつつ、食べきった。
空腹がスパイスになって、何でも美味しく食べられるよね!という期待は打ち砕かれた。
見た目や味や食感はともかく、お腹を満たせた私は、それなりにやる気を出した。
※冒頭、教育現場の登場人物の設定には『誇張』を加えています。
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