メアリお嬢様の帰郷
所々、分かりにくい表現(訛り)があるかもしれません。
馬車の車輪が砂利を噛む音が、だんだんと懐かしいものに変わっていく。
窓の外に見えるのは、見慣れた丘と、秋色に染まりかけた木々。ああ、帰ってきたんやな――そう思った瞬間、胸の奥がちくりと痛んだ。
「お嬢様、そろそろお屋敷が見えてまいります」
「ありがとう、クロエ」
侍女の言葉に頷きながら、私は指先でハンカチをいじる。
王都の学園を出たものの、結局、婚約の話はどれも実らなかった。お父様はそれを気にしてらして……。
「もう二十にもなって、相手もおらんとはな」と、おとぅ、いえ、お父様の眉間の皺が思い浮かぶ。
わかっとります、私がとっぱすけ(慌てん坊)なんは。落ち着かんし、ようけ失敗もする。でも、それだけじゃないんよ。――恋、したこと、ないんやもん。小説のような焦がれる恋してみたいなあ。で、三年間過ぎてしもた。
門の前で馬車が止まり、家の紋章入りの旗がはためく。
見慣れた玄関前に、使用人たちが整列していて、私は少し背筋を伸ばした。
その中に、ひとり見覚えのある顔を見つけて――思わず目を丸くした。
「……あんた、まだおったん?」
「いきなり『おったん?』て言われても困るわ、お嬢様」
緩い声。気の抜けたような笑み。
そう、執事見習いのノエルだ。昔から妙にマイペースで、仕事より昼寝のほうが得意。けど、器用な手先と要領の良さで、なんだかんだと屋敷に残ってる。
「久しぶりやね、ノエル」
「三年ぶりですやろか。お嬢様、相変わらず賑やかそうで」
「ほっときんせぇ。あんたは相変わらず、気ぃ抜けた顔しとる」
「そりゃ、昼に呼ばれたら眠い時間ですけぇ」
……この人、ほんとに変わらん。
それが懐かしくて、ちょっと安心してしまう自分が悔しい。
廊下を歩くと、ノエルがいつの間にか荷を持って後ろに続いていた。
「別に頼んでへんで?」
「どうせ俺が運ばんと、あとでお嬢様がこけさるけぇ。荷物ごと倒れたら大変やし」
「な、なんよ! そんなことせぇへん!」
「ほんまかねぇ?」
顔が熱くなる。やっぱり腹が立つ。負けた気がする。けど、なんか、嬉しい。何や、この気持ちは。
部屋に入って、窓を開けたら、懐かしい風が吹き込んできた。
ノエルが静かに荷を置いて、一礼する。
「よう帰ってきんさった。……お嬢様」
その声が、やけに柔らかくて。
「……あんた、そんな顔もできるんやね」
「俺も三年で、ちぃとは成長したけぇ」
「ふん」
背を向けながら、窓の外を見た。遠くの森が金色に光っている。
胸の奥が、また少しちくりとした。
――どうしてか、あの声が、耳から離れへん。
部屋について着替えてからお父様の部屋へ帰宅の挨拶をする。
「お父様、ただいま帰りました」
「よお帰ってきたな。道中、しんどうならんかったか」
「大丈夫でしたわ」
ここは王都の令嬢仕様でいかないと!
「三年間の学園生活、滞りなく済みました。いたしましては、学園に通わせて頂きましたこと、誠に感謝を…」
「ああ、かまへんよ。ところで、なんでそないに堅っ苦しいんや」
「いややわ、お父様。中央では、きちんとした言葉遣いをせねばならないとおっしゃったではないですか」
「えー?そないなこと言うたか?」
隣りにいた執事のメイナードは「言うとりんさりましたなあ」と首を縦にふっていた。
もー!おとぅ、忘れっぽいんやから!
メイナードは私と父の会話をニコニコしながら聞いていたけど、何か思い出したように口を開いた。
「ところで、ノエルには会いましたか」
「玄関入ってすぐに会うたわ」
「息子はまた何か失礼な事、お嬢様に言うとりませんでしたか」
「いつも通りやわ」
「…一回、締めときます」
「いつもん事やし、気にしてへん」
メイナードは納得してへんみたいやったけど、ええ、言うたら、ええんよ!
で、数日後。
「お嬢様、この時期は収穫祭の準備で屋敷は猫の手も借りたいほど忙しゅうなりますけぇ、しばらくお付き合い頂けますか」
ノエルはそう言うと、いつもの気の抜けたような穏やかな笑みではなく、どこか戦場の指揮官のような顔になった。
「わ、わかったわ。私も手伝うしけぇ」
「ありがとうございます。特に、今年の目玉イベント『豊穣の女神コンテスト』の準備が……」
私はぴくりと反応した。
「…あれ、まだやっとるんや…」
「村の男どもが、収穫への感謝を込めて一番美しい『女神』になりきる、というもんですが……しかし、参加者が年々減ってしもて。そこで、景品を豪華にしよう、ということになりましてん」
「景品かぁ。それは頑張りがいあるねぇ」
いっちょ、一肌脱ぎますかいな。
それから、私はノエルと二人一組で、近隣のお店を駆け回ることになった。もちろん、景品を出してもらうため!
茶葉専門店の前では、
「ノエル、このお茶屋の旦那さんは渋いけぇ、先に甘いもんの話で気ぃよぅさせんとな」
「へいへい。お嬢様の作戦に乗りますわ。景品は高級茶葉一点張りで攻めましょう」
商店街の老舗菓子舗では、私は身振り手振りで収穫祭の熱意を語る。ノエルはその後ろで、芸人のように丁々発止のやりとりをしたり、菓子を美味そうに食べ、褒めてたりしている。
「ほう、お嬢様も熱心ですなぁ。ノエル君もよう頑張っとる。あんたら二人見てると、息ぴったりやわ」
と、ご主人は笑ってる。
「ありがとさんです、旦那」
とノエルは涼しい顔で受け流す。私は恥ずかしいようでいて、否定したいような、けどなんか嬉しいような、モヤモヤした気分になった。
結局、老舗菓子舗からは最高級の焼き菓子セット、雑貨店からは珍しい織物のハンカチ、茶葉専門店では茶葉三点セット(高級茶葉はアカンかった)、そして、特大景品が飛び出したんは、一番大きな総合商会だった。
「今年の1位の景品はな、ワシが太っ腹になって用意した。南の海への二人一組の旅行券や!収穫の疲れを南国で癒すんがええやろ!」
ノエルと私は顔を見合わせた。南の海!それは王都の貴族でもなかなか行けない、豪華すぎる景品だ。
これで参加者増えるやろ!
そして収穫祭当日。
「お嬢様、この飾り付けはそないに曲げたらあきまへん」
「うるさいわね、ノエル!あんたはそっちの仕事の監督しときぃ!」
バタバタと準備が整い、いよいよ豊穣の女神コンテストが始まった。参加者は景品の豪華さからか、例年よりは多くなっている。隣村からの参加者や、この町の美貌自慢の猛者達が次々と登場する。あれ、ノエルどこいったん?
舞台の方を見ると、私は一際目を引く「女神」に釘付けになってもた。
「次は、エントリーナンバー七番、『永遠の豊穣』さん!」
現れたんは、淡い緑色のドレスに身を包み、編み込んだ髪に色とりどりの花を飾った、息をのむほど美しい女性がおった。その立ち姿は優雅で、動きには無駄があらへん。
「わ、綺麗……」
私は思わず呟いてしもた。
隣にいた侍女のクロエが、顔を伏せながら小声で言う。
「私よりも、綺麗だわ……」
しかし、その女性の顔に、私は見覚えがあった。というか、見慣れた気が抜けた顔だ。
「……ノエル!?」
その「永遠の豊穣」さんは、私の呼びかけに、優雅に微笑んだ。いつもの気の抜けた笑みではない。高レベルの作り笑いだ。私も引きつった笑顔を返すしかなった。
結果は、満場一致でノエルこと、「永遠の豊穣」さんの優勝だった。
頭を抱えて唸るメイナード。
「あのアホ息子め、まさかほんまにに参加しよるとは……しかも、優勝しよるし…」
大笑いするおとうは、
「わっはっは! あのノエルが、あそこまでやりよるか!面白い!実に面白い!」
おにぃのラルフも、おとうと一緒に大笑いやし。
おかあは、俯いて肩を震わせてる。泣いているんかと思いきや、よう見ると笑いをこらえとるようやった。
翌日。
ノエルはいつもの執事見習いの姿で、私の1日の計画を確認する。それを聞きながら、早速、昨日の件に触れてみることにした。
「あんた、よりによって、女神コンテストって。信じられへんわ」
「南の海に行きたかったもんで」
「ふん。で?その旅行券、誰と行くつもりなん?二人一組やで?」
ノエルは手を止め、少し目を伏せた。
「……少し待っとってください、お嬢様」
「なんでよ?」
と首を傾げた私を残して、ノエルは部屋を出ていった。
数分後、戻ってきた彼の両手には、真っ赤な、素朴な花で束ねられた小さな花束があった。千日紅やわ。
そして、いつもの緩い声ではなく、少し震える真剣な声で告げた。
「メアリお嬢様……いえ、メアリ。この旅行券、一緒に行ってください」
「え……?」
「それから、結婚してください」
私の思考がとまってしもた。目の前にいるのは、いつものノエル。でも、その瞳はまっすぐで、真剣そのもの。
「……え、あ……あんた、それ、冗談……」
私が再起動した頃には、話はとっくに決まっていた。
父と母は「ようやった!」「南の海、楽しんできんさい!」と大祝福。おとぅとおかん、いつ来たんや!
兄のラルフは「ノエル!お前、まさかあんな美人やとは!俺にも、相手紹介してくれへんか!」と真顔で言ってくる。
侍女や侍従たちも「旅行の出発はいつですか?すぐにでも行けますよ!」と、私達よりも興奮していた。
それから数日後、私とノエルは、南へ避寒旅行となった。
馬車に揺られながら、私はドライフラワーにした、あの千日紅の花束を抱えてる。
「なあ、ノエル」
「なん?メアリ」
ノエルの名前の呼び方が、いつの間にか「お嬢様」から「メアリ」に変わっていた。
「なんで、プロポーズの時、あの花やったん?千日紅やろ?もっと、バラとか、カーネーションとか、ええ花はいっぱいあったのに」
ノエルは窓の外を見ていたが、私の言葉に、真っ赤な顔で、俯きながら答えた。
「……花言葉が、」
彼の視線は、私の手元の花束から離れない。
「……変わらぬ愛、やから」
私が求めていた、小説のような焦がれる恋は、案外身近なところにあったのかもしれへん。私は、顔が熱くなるのを感じながら、そっと千日紅の花束を抱きしめた。




