第八章「文化祭と嫉妬とチョコレートの誓い」
夏の余韻を残したまま、二学期が始まった。
十月、文化祭の季節がやってきた。
咲良の三年生クラスは「カフェ」。琴葉の一年生クラスは「お化け屋敷」。
「先輩、カフェやるんですよね。制服姿……見ていいですか?」
「うん……琴葉のほうも楽しみ。お化けとか、意外と得意そう」
そんな他愛のない会話も、いまは二人にとって甘くて切なくて――
文化祭前日、準備の片付け中。
咲良が椅子に登って飾りを直していたとき、不意にバランスを崩した。
「きゃっ!」
間一髪、後ろから咲良を支えたのは、クラスメイトの男子・白石光。
背が高く、爽やかで誰にでも優しい彼は、学年でも人気者。
「大丈夫? 先輩って、意外とそそっかしいんですね」
「う、うん……ありがとう」
――それを廊下の窓から見ていた琴葉の胸が、キュッと締め付けられた。
文化祭当日。校舎は笑顔と喧騒に満ちていた。
琴葉はお化け役の仮装をして、精一杯がんばっていた。
けれど咲良が来る時間になっても、なぜか落ち着かない。
(先輩……光くんと話してる時間の方が多いんじゃ……)
そう思っていた矢先。
「咲良先輩ってさ、誰とでも仲いいんだよねー」
後輩女子の一人が、何気なく言ったその言葉に、琴葉は無意識に反応していた。
(“誰とでも仲いい”……じゃあ、私もその一人にすぎない?)
胸の奥が、つんと痛む。
その日の夕方。
片付けを終えて、二人は裏庭のベンチに腰掛けていた。
「ごめんね……今日、あんまり琴葉と話せなかった」
「……いいんです。先輩は、みんなに頼られてるから」
いつもなら笑って返せたはずの言葉が、今日は棘のように胸に刺さる。
咲良は気づいた。琴葉が、寂しがっていること。
そして、自分もまた、琴葉のそばにいられなかったことを、悔しく思っていることに。
「琴葉……私、みんなに優しいって言われるけど――ほんとは、琴葉にだけ特別でいたいんだ」
その一言で、琴葉の目に涙が浮かぶ。
「……じゃあ、証拠ください」
「え?」
琴葉は制服のポケットから、手作りの小さなチョコレートを取り出した。
「今日、先輩にだけ、あげようと思ってたんです。文化祭の思い出に」
咲良はそのチョコを受け取り、そっと琴葉の指にキスを落とした。
「ありがとう。甘くて……嬉しい」
そして、ふたりは、誰もいない裏庭でそっと唇を重ねた。
学園の喧騒とは別世界の、甘く、切ないキス。
その夜、琴葉のスマホに咲良から届いたメッセージ。
「チョコレートより甘いのは、琴葉の唇だったよ。明日、また“先輩と後輩”を演じるけど……心はずっと、隣にいるからね。」
琴葉は、頬を染めながら返信した。
「じゃあ、また隠れてチューしてくださいね。先輩のこと、大好きです。」