第六章「気づかれた想い、揺れる世界」
六月の終わり。夏の足音が近づき、制服の袖をまくる生徒たちの姿が目立ち始めた頃。
咲良と琴葉は、相変わらず“秘密の恋人”としての時間を、校内のすみっこや放課後の影の中で積み重ねていた。
しかし、幸せな時間ほど、いつか誰かに見つかる。
そして、それは思いがけないかたちで訪れた。
「ねぇ、咲良。最近、なんか変だよ。誰かと……付き合ってる?」
放課後、バスケ部の後輩・**三橋蓮**が、体育館の裏で不意に咲良に尋ねた。
彼は咲良のことをずっと“憧れの先輩”として見ていた男子生徒のひとり。
真面目で誠実な彼の告白に、咲良は丁寧に、でもはっきりと答えた。
「……好きな人がいるの。ごめんね、蓮くん」
「……そうなんですね。そっか……なんか、ずっと先輩の表情がやわらかくなった気がして」
彼は少し寂しげに笑って、頭を下げた。
「先輩が幸せなら、それでいいです」
その言葉に、咲良の胸が締めつけられるように痛んだ。
一方、琴葉のほうでも、ちいさな“ざわめき”が始まっていた。
「ねえ琴葉ちゃんって、最近、咲良先輩と仲良しだよね?」
クラスメイトの**伊緒**が、休み時間に何気なく言った。
琴葉の親友でもある彼女は、咲良にほのかな憧れを抱いていた。
「え、う、うん……まあ、ちょっとだけ……」
「……なんか、ずるいな」
伊緒のその言葉は、軽い嫉妬に混じっていて、琴葉の胸にチクリと刺さった。
「咲良先輩って、誰にでも優しいけど……琴葉ちゃんには特別優しい気がする。もしかして――」
ことばの続きを、伊緒は飲み込んだ。
でも、その表情はすでに、すべてを悟っているようだった。
数日後、ふたりの“親しい仲”を噂する声が廊下に流れ始めた。
「もしかして、付き合ってる……?」
「先輩、女の子と……?」
不確かなささやきが、じわじわと広がっていく。
咲良も琴葉も、互いに気づいていながら、それを口に出せずにいた。
「……隠すの、つらいね」
屋上のベンチで、ふたりは静かに並んで座った。
琴葉がぽつりとこぼすと、咲良は黙って彼女の手をとった。
「大丈夫。私たち、間違ってないよ。好きになった相手が、たまたま女の子だっただけ」
「うん……でも、みんなにどう思われるか、やっぱり怖くて……」
咲良は、琴葉の手を強く握りしめた。
「じゃあ、怖いときは私の顔を見て。私がここにいるって、忘れないで」
琴葉の瞳に、ぽろりと涙が浮かんだ。
「先輩……大好きです」
「私も。――大好き」
ふたりはその日、もう隠すことをやめようと決めた。
まだ不安はある。きっと痛みもある。でも、それでも。
隠して怯えるより、真っすぐに想いを抱きしめていたい。
恋を、ふたりで守っていこう――そう誓った夕暮れだった。