第四章「それぞれの想い、ゆらぎの予感」
五月の風が緑の香りを運ぶ頃、生徒たちはすでにゴールデンウィークの余韻から日常に戻りつつあった。
咲良は、教室で窓の外をぼんやりと眺めていた。琴葉と毎日会って、何気ない会話をして、手が触れたり、視線が重なったり。それだけで、胸がきゅうっと鳴る。
「……ねぇ、咲良。最近さ、放課後どこ行ってるの?」
ふいに隣から声をかけたのは、咲良の親友・東條遥。長い黒髪に、クールな表情がトレードマークの美少女で、咲良と同じく三年生。
「……え? あ、ちょっと図書室とか……」
「図書室? ふーん……。あの子と?」
「……見てた?」
「そりゃ、ね。最近、ずっと一緒にいるよね。一年生の……琴葉ちゃん、だっけ?」
咲良は少しだけ目を伏せた。
「うん。……琴葉ちゃん、いい子なの。私、あの子といると安心するっていうか……」
遥は少しだけ黙ったあと、静かに問いかけた。
「……好きなの?」
その言葉に、咲良の心臓が跳ねる。返事をしようと口を開いたが、声が出ない。
「ねぇ、咲良。あの子といるときのあんた……ちょっと、嬉しそうすぎる。私には見せない顔してる」
「遥……?」
「別に怒ってるわけじゃない。……でも、なんかモヤモヤするの。……ごめんね、勝手に」
遥の言葉は、淡々としているようで、どこか寂しげだった。
一方、琴葉にも変化が起きていた。
ある日の放課後、琴葉はクラスメイトの**望月瑠海**に呼び止められた。明るく元気な女の子で、誰とでも仲良くなれるタイプだが、今日は少し真剣な顔だった。
「ねぇ琴葉、最近よく二年生の先輩と一緒にいるよね?」
「えっ、あ……その、はい……」
「もしかして……付き合ってる、とか?」
「ち、ちがっ……ちがいます! そういうのじゃ、なくて……!」
動揺する琴葉の様子に、瑠海は首をかしげる。
「ふーん。でも、ちょっと羨ましいな。だって咲良先輩って、めっちゃ綺麗で優しいし、憧れの人って感じじゃん」
「……っ」
「なんかさ……琴葉って、最近ずっと嬉しそうだし、先輩といるとき、ちょっと雰囲気違うよ」
琴葉はうまく言葉を返せず、そのまま黙り込んだ。
――でも、図星だった。
咲良先輩と過ごす時間は、どこか夢のようで、ふたりだけの世界に浸ってしまいそうになる。でも、それが「知られている」という事実が、こんなにも胸を締めつけるなんて。
その日の放課後、いつもの場所で向き合ったふたりは、どこかぎこちなかった。
「……琴葉ちゃん、今日、何かあった?」
「咲良先輩は……?」
ふたり同時に口を開き、目が合う。
しばし沈黙したあと、咲良が静かに言った。
「……ねえ、琴葉ちゃん。私たち、周りから見て、どう思われてるんだろうね」
「……わたし、瑠海ちゃんに言われちゃいました。“付き合ってるの?”って」
「私も遥に、“好きなの?”って聞かれたの」
少しだけ、お互いの表情が緩む。
「……ばれちゃってる、のかな」
「うん、たぶん……」
ふたりは、同時にふっと微笑んだ。
「でも、隠さなきゃいけないこと、なのかな……?」
咲良のその一言に、琴葉の胸が強く鳴る。
「わたしは……咲良先輩のこと、好きです。……すごく」
咲良は、そっと琴葉の手を取って、自分の膝の上に乗せた。
「私も。琴葉ちゃんが好き。……好きすぎて、怖くなるくらい」
その言葉に、琴葉の頬が赤く染まり、咲良はそっと目を閉じて、触れるようなキスを落とす。
――誰にどう見られても、この気持ちに嘘はつけない。
ふたりの心は、確かに同じ方向を向いていた。