表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/17

第三章「気づき、揺れる放課後」

四月の終わり、桜はすっかり散って、校舎の窓から見える木々が若葉に覆われる頃。生徒たちも新しい学年に少しずつ慣れ、放課後の時間にそれぞれの居場所を見つけるようになっていた。

琴葉ことはは、図書委員の活動が終わると、校舎裏のベンチに向かうのが日課になっていた。そこには、いつも待っていてくれる人がいた。

「……また来てくれたね、琴葉ちゃん」

やわらかく微笑むのは、三年生の咲良さくら。制服のスカートを丁寧に整えながら腰かけて、手には二本のペットボトル。琴葉の好きなミルクティーを、当然のように差し出してくる。

「ありがとうございます、咲良先輩。……今日も暑かったですね」

「うん、でも琴葉ちゃんに会えると、心がスーッとするから、不思議」

咲良は、そう言って細く微笑む。風に揺れる前髪の隙間から覗くその瞳が、ほんの少しだけ潤んで見えるのは、夕陽のせいか、それとも――

琴葉の胸がキュッと締めつけられる。

最初はただ、図書室で本の配置を手伝ってくれた先輩。その笑顔に安心して、少しずつ話すようになって、今では放課後を一緒に過ごすことが「当たり前」になってしまっている。

でも、――こんな感情って、普通なの?

友達でも、先輩後輩でも、こんなにドキドキしてしまうものなんだろうか?

「……咲良先輩って、ほんとに綺麗で……優しくて……」

琴葉が無意識に口にすると、咲良は少し驚いたように、そして恥ずかしそうに頬を染めた。

「えっ、そんなこと……言われると、嬉しいけど……困っちゃうな」

「え、困りますか……?」

「ううん。……困るけど、嫌じゃない。琴葉ちゃんが言うと、すごくドキドキしちゃうの」

その言葉に、琴葉の胸が跳ねた。

ドキドキしているのは、自分だけじゃなかった。

嬉しさと怖さが入り混じった感情に揺れながら、琴葉は手にしたミルクティーをぎゅっと握った。


二人の距離は、確かに少しずつ近づいている――けれど、まだ「先輩と後輩」の枠を越えられない。

咲良の周りには、たくさんの人がいる。男子からも女子からも人気があって、休み時間にはいつも誰かに囲まれている。

その中に、自分は……入っていけるんだろうか?

───

その日の夜、琴葉はスマホを見つめながら布団の中で悶々としていた。

咲良先輩と一緒にいると、心があたたかくて、でも同時に不安にもなる。今日、少しだけ触れた咲良先輩の手の感触が、まだ指先に残っていて、それだけで心臓がバクバクしていた。

そんなとき、咲良からメッセージが届いた。

咲良先輩:今日もありがとう。琴葉ちゃんと話す時間、すごく楽しかったよ。

咲良先輩:また明日も、会えるよね?

琴葉は、小さく息を呑んで、返事を打つ。

琴葉:はい、私も楽しかったです。また明日、校舎裏で。

咲良先輩:うん、楽しみにしてるね。

そのやりとりだけで、今日の不安は少しだけ溶けていった。

――でも、胸の奥に、少しずつ芽吹いているこの感情を、咲良先輩に伝える日は、もう少し先になるかもしれない。

けれど。

それでも。

明日も、会いたいと思ってしまう。

きっとそれが、「恋」の始まりだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ