第十三章「夢と現実と、揺れる学園祭」
新学期が始まってすぐ、生徒会と各クラスでは**学園祭の企画会議**が始まった。
今年は例年よりも少し早く開催することになり、準備期間は短い。
咲良は三年生として、クラスの中心的な役割を任されていた。
演劇クラス劇の脚本リーダーに抜擢され、放課後の時間を費やす日々。
一方、琴葉は二年生で「カフェ企画班」の副代表になり、クラス全体を盛り上げる立場に。
放課後のふたりの時間は、またしても減ってしまった。
「私たち、すれ違ってばかりですね」
放課後の図書室。ようやく時間が重なったふたりは、机を挟んで向かい合っていた。
咲良の手元には脚本の下書き、琴葉はメニュー案のファイルを開いたまま。
「でも……」と咲良が言った。「こんなふうに、同じ時間に努力してるって思えるのも、悪くない」
琴葉ははにかんで笑う。
「先輩の演劇、すごく楽しみにしてます。……私、当日、こっそり見に行きますから」
「いや、こっそりじゃなくて堂々と来てよ。最前列、予約しとくから」
「えっ、それは恥ずかしいです……!」
ふたりの笑い声が、小さく図書室に響いた。
ある夜。咲良は父親と夕食の席で進路の話になった。
「進学はどうするんだ?」
「……まだ決めきれてない」
「早めに決めておいたほうがいい。家を継ぐならその準備もある」
「わたし……まだ、誰かと未来を過ごす方法を考えたいの」
父は眉をひそめた。
「"誰か"とは、琴葉さんか?」
咲良は頷いた。
「……気持ちは分からなくもないが、現実は甘くない。女同士で未来を築くには、壁が多い」
「分かってる。でも、現実に抗わなきゃ、夢なんて叶わないよ」
その晩、咲良は机に向かって脚本を書いた。
それは、夢を諦めかけた少女が、もう一人の少女に救われる物語。
そこに重ねたのは、未来を信じる自分と、琴葉の姿だった。
学園祭当日
晴天の土曜日。校舎中に飾りつけと笑い声があふれていた。
琴葉のクラスのカフェは大盛況で、エプロン姿の彼女は学年中の男子女子問わず人気者に。
けれど、彼女の視線の先には、常にあの人の姿があった。
一方、咲良のクラス劇も大成功だった。
物語が終わり、観客がスタンディングオベーションを送る中――
「咲良先輩ー!」
声をかけたのは、制服姿の琴葉。客席のど真ん中で拍手を送る彼女の姿を見て、咲良は一瞬だけ目を潤ませた。
カーテンコールの後、舞台裏で再会したふたりは、誰にも見られないように、静かに手を取り合った。
「先輩、すごく綺麗でした……」
「琴葉の方こそ、めちゃくちゃ可愛かった」
「……好きです」
「わたしも、好き」
軽く、唇が触れた。
その瞬間、学園の喧騒も、未来の不安も、何もかもが霞んでいった。