第十二章「すれ違いの春、ふたりの距離」
春休みが終わり、新しい学年が始まった。
咲良は高校二年から三年へ、琴葉は一年から二年へと進級した。
クラス替え。新しい教室。新しい担任。新しい顔ぶれ。
そのどれもが新鮮で、少しだけ落ち着かない。
ふたりは学年が違うため、クラスはもちろん別々。
休み時間や放課後の時間も、以前のようには自然に過ごせなくなっていた。
咲良は三年生として、進路について考えはじめる時期。
大学進学、就職、あるいは家業を継ぐという選択肢――周囲の空気も、少しずつ変わっていた。
放課後。屋上に呼び出した琴葉は、いつもより少し不安げだった。
「最近、先輩……ちょっとだけ、遠くなった気がします」
「そう見える?」
咲良は、風になびく髪を押さえながら笑った。
「ううん。見える、じゃなくて、感じるんです。私のこと、ちゃんと見てくれてるのに……でも、どこか心ここにあらずというか」
琴葉の言葉に、咲良は息を飲んだ。
図星だった。彼女自身、自分の将来に対して少し焦り始めていた。
「……怖いんだよ、少し」
「何がですか?」
「私たちがこれからも一緒にいられるのか、自信がないの。大学に行って、別々の場所に行ったらって考えると、平気なふりできなくなる」
琴葉は数秒の沈黙のあと、まっすぐに咲良の目を見た。
「それでも、私は……先輩といたいです。どんな未来になっても、先輩と一緒にいる方法を考えたい。だから、勝手に怖がって、遠ざけないで」
その言葉に、咲良の胸がきゅっと締めつけられる。
「……ごめん」
「謝らないでください。……抱きしめてください」
咲良は、そっと琴葉を抱きしめた。
春の風がふたりの間を優しく通り抜けて、あたたかい沈黙を運んでいった。
「約束する。未来のこと、ちゃんと考える。だけど、今のあなたを、ないがしろにはしない」
琴葉は微笑んで、そっと唇を重ねた。
屋上の扉の向こうでは、誰かの足音が通り過ぎていく。
でも、ふたりの時間は揺らがなかった。
それは、ふたりが「恋人」としてだけでなく、「未来を語り合うパートナー」になりつつある証だった。