第十一章「当たり前に、そばにいるということ」
桜が咲きはじめた通学路を、ふたりは並んで歩いていた。
制服の袖がかすかに触れるたびに、琴葉は心の中でちいさく笑う。
横を歩く咲良先輩――その存在が、もう「特別」じゃなくて、「日常」になりつつあることが、うれしくて仕方なかった。
校内では、もう誰も咲良と琴葉を「不思議そうな目」で見たりしなかった。
最初こそざわめきもあったけれど、咲良の真っ直ぐな態度と琴葉の誠実さが、まわりを少しずつ変えていった。
「そういやさ、昨日廊下でまたキスしてたでしょ~」
咲良の女友達、陽菜が笑いながら肩をつついてくる。
「別にいいじゃん、付き合ってるんだから」
「見てるこっちが照れるわ。ほんとラブラブだよね、あんたら」
「……ごめんね?」
「ううん。逆に安心する。咲良がちゃんと誰かを好きになって、好きになられてるの、初めて見たからさ」
そう言って陽菜は少しだけさびしそうに笑った。
咲良はそれを見て、ふっと目を細める。
「……心配してた?」
「まぁ、ちょっとね。琴葉ちゃんが咲良に夢中になってくれたから、安心してるってとこかな?」
放課後。ふたりは中庭のベンチに並んで座っていた。
咲良は琴葉の髪を優しく撫でながら、小さく囁く。
「好きだよ」
「……知ってます。でも、もっと言ってください」
「わがまま」
「先輩の前では、わがままでいたいんです」
そう言って琴葉は、そっとキスをねだった。
人目を避けたはずの場所だったけれど、窓越しに誰かの視線があったかもしれない。
でももう、ふたりは怯えない。
咲良は、琴葉の額にキスを落としたあと、小さく耳元で囁いた。
「明日も、あさっても、来年も……全部、そばにいるからね」
琴葉は黙って、ぎゅっと咲良の腕にしがみついた。
春風がそっとふたりの髪を撫でて、淡い恋の色を空に舞わせた。